第三章:魔導兵器と禁忌

「私たちは司教の奴が、シャルへヴェット様をどこかに連れて行った犯人だと、思っているんです」

 一応、司教『様』な、とテヴァが横槍を入れる。へいへいと嫌そうな返事をするカナフ。

「連れて行った?シャルがどこかに自分で行っちゃったとかじゃなくて?」

 ふと脳裏に日の王が現れた時のシャルへヴェットのことがよぎり、アディンはついそんな質問を投げかける。が、テヴァに一喝されてしまう。

「シャルへヴェット様は、そんな無責任なことしねぇ」
「その司教様っていうのは、普段関わりがある方なの?」

 テフィラーの問いかけに、テヴァが頷いた。

「業務的にはあんまり関わることないんすけど、シャルへヴェット様がイェソド教会に所属したきっかけが、司教様に声をかけられたかららしくって。未だに俺が見つけてやったみたいな感じで、上から目線で突っかかってくるんすよねぇ」
「そです!いえ、実際、教会の中では立場が上の人なので逆らえないんですけど、ちょっとわかりやすく嫌味言ってきたりとかして、ムカつくんですよね〜」
「そ、それじゃあなんでその人が犯人だと思ったの?」

 アディンが本筋に戻すと、カナフは外に声が漏れないように、また手で押さえながら小声で答えた。

「聞き回ったら何人か、司教様がシャルへヴェット様のことについて何か話している姿を見た、という教会員がいました。で、教会の中で唯一、司教様の取り巻きだけが出入りできる場所があるんです」

 そう言うと、カナフは窓の外の低い建物を指差す。

「魔導兵器室。イェソド都にのみ許されている、生物の『複製の魔導兵器』を扱っている場所です」

 元になる生物を装置に置くと、全く同じ生物が複製される魔導兵器。
 今や本物の馬が操縦されて走る姿は、貴族の馬車などでしか、見ることができなくなってしまった。

 深く考えてしまうと不気味な話だが、自分たちでは解読不可能な複製の技術に、この世界の人々の生活は助けられて来たのだ。

「そこに入ってしまえば外野から口出しされることはなくなるので、恐らくそこで何かしらの話をされていると思います。司教様は大事な話は、いつもそこでしているみたいなので」

 私たちも入ったことはありませんと、カナフは眉を八の字にする。
 テヴァも元より険しい顔に、尚更シワを寄せて言った。

「司教様はとにかく、紫の眼ってのに差別的っつうか威圧的っつうか、怖いものほど恐れてるみてえなとこがあんだよ。
 立場が上なんだっつーことを分からせるようなことをしてくるから、今回もそれ系で拗れてるんじゃねぇかと思う」
「あら、今回もってことは、以前にも似たようなことが?」
「うす、ちょいちょい揉めてるっすよ……。いや、一方的に難癖つけられて、面倒なこと強いられるみてぇな。ただ、今までこんなに戻ってこねぇことはなかったんで、さすがに厄介な気配がするっつうか……」

 従者二人の予感は、似たものを感じているらしい。

 前髪をくしゃりとして額をしばらく押さえつけていたカナフが、突然目と口を大きく開けて「そうだ!」と叫んだ。

「アディンさんにご協力いただければ、教皇様と直接お話ができるかも!」
「え」

 カナフの発言に、テヴァもそれだと手を打つ。アディンはそれにもまた「え」と、力ない声を発した。

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 カナフは、アディンの前で両手を合わせてぎゅっと目を閉じた。

「アディンさん!来ていただいたところ突然で申し訳ないのですがっ、協力してくれませんか」
「協力って」
「私たち従者だけじゃ、いくら事情があってもイェソド教会トップの教皇様とは、お話しする場を設けてもらえません。……できたとしても、申請受理から承諾まで、とんでもなく時間がかかります」

 指で日数を数えて見せて、カナフは迫る。

「教皇様なら強制的に、司教様の管理している魔導兵器室を開けることができます。開けてもらうように、紫の眼であるアディンさんから頼み込んでいただければ、きっとすぐに話が通るはず」
「えっ、いくらなんでも紫の眼にそんな力は……」
「教皇様は、シャルへヴェット様が『紫の眼であるアディンさんを探している』ということを、ご存知なんですっ。
 そしてそのことに、協力的でもあります!その本人自ら教皇様に話があると現れたら、恐らく、直接話せる場をすぐに設けてくださるはず……!」

 カナフの説明にテヴァも補足する。

「あとは、仮に俺らがなんとか話をつけて教皇様に暴いてもらった場合、もし何も問題なかった時に終わるかんな。
 俺らのことはともかく、部下が司教様を疑って教皇様まで呼んだなんて無礼だとか言われて、シャルへヴェット様が処分を受けかねねぇ」
「あ、あくまでこれは私たちの事情ですのでっ……そこまでご協力していただかなくてもいいのですが。ただ、わからないんですが、その……」

 カナフは両方の人差し指を擦り合わせたり目線をきょろきょろさせたりして、唾を飲んだ。

「気持ちの悪い予感がするんです。いつものいびりなんかとは比じゃないくらい、嫌なことが起こっていそうな……」

 予感というものは、実に不明確であるが、不思議と的中してしまうものでもある。深刻な表情が、一段と杞憂ではないことを示してくるようだった。

 どのみち、話をしてくれるシャルへヴェットがいないとなれば、アディン自身も困る。
 協力して事が解決すれば、本来の目的も果たせるというものだ。

「わかったよ、僕が話してみる。受付の人に教皇様と話したいって、言ってみたらいいのかな?」
「は、はいっ!アディンさん……本当にありがとうございます」

 またころりと引き受けてしまうと、テフィラーに信用しすぎだとか言われそうだと一目したが、彼女は別に何も言ってはこなかった。
 上手く話せる自信はないのだが、事情を伝えるだけだ、なんとかなるだろう。

 決心を固めた時、ノックもなくドアが静かに開いた。
 四人共が、思わず身構える。


「従者は、どこまで無能をさらけ出せば気が済むのかしらぁ」


 甲高い声に、真っ黒な服。
 顔をすっぽりとフードで覆っていて、表情が見えない。
 アディンは思わず「あっ」と立ち上がった。

「ツェル!」
「えっ、嬉し〜!アディンくん、覚えててくれたんだぁ」

 間違いない。診療所で銃で魔法を発動させた女だ。

「知り合いですか?」と、カナフが尋ねたのと同時に、隣のテフィラーが護身用のナイフ型魔導兵器を構えた。カナフはひえ、と腰を抜かす。

「ちょっと、お姉さんまだいたの〜?もしかして良からぬ理由で、アディンくんに付きまとってるんじゃなあい?」
「それはこっちのセリフだわ」

 一触即発の現場で、ツェルはにこりと口角を釣り上げた。

「でももう、アディンくんにも急ぎの用は無くなっちゃったかも」

 そう言って、くるんと、ツェルは指先で何かを回す。

「事は既に起こっちゃった可能性があるわ。無能従者たちがダラダラしてるせいで」
「はぁ⁉おい、さっきから無能、無能言ってんの俺らのことじゃねぇだろな!」
「それ以外、誰がいるわけ?」

 ツェルは吐き捨てると、騒がしいテヴァの顔に向かって、指先のものを投げつける。

「痛って!なんだよこれ」

 鍵だ。
 ツェルはわざとらしく大きなため息をつくと、指差した。

「魔導兵器室の鍵。ほら、さっさと動きを決めるわよ」
「は……」

 彼女の口元は、もう笑ってはいなかった。
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