第三章:魔導兵器と禁忌

――二人がイェソド都に到着したのは、翌々日の明け方だった。
 なんとか魚車をスムーズに乗り継いだが、それでも出発した日と昨日丸々は、移動に使ってしまった。
 アディンは初めて船に酔うというものを体験して半ばげんなりとしていたが、最後の馬車の中からイェソド教会の荘厳な白塗りの高い壁と、そびえ立つ巨大な塔を捕らえた時には「わあ!」と声を漏らしたものだった。

「ここがイェソド教会……」

 遠くからでもわかる大きな塔の上の方には、ところどころに、教会の制服をまとった関係者が見受けられた。
 近づくにつれ他の場所とは少し違ったぴりっとした神聖な空気を感じながら、二人は他の来訪者の足取りに合わせ、本部棟と記された建物の受付を訪ねる。


「フラムマ様ですか。ええと、お約束はございますか?」

 来客者名簿をめくりながら、受付員はもう一度ちらりとアディンを伺う。
 さっそく困ったと、アディンは隣のテフィラーを見上げた。テフィラーもこれは予想していなかったのか、顎に手を置いて俯いている。

「手紙で一言送ってから来るべきだったわね」と目が合った彼女がそう肩をすくめた時、奥のドアから出てきた別の受付員が、たんと近くの椅子を跨いで割り込んできた。

「ね、もしかしてシャルるんのお客様!?」
「えっ!?えっと……」
「あ、ごほん、仕切り直し。君、シャルへヴェット・フラムマに用事がある感じかなぁ?」

 なんでわかったのか聞こうとして、ハッとする。
 この女性はアディンの紫のそれと目が合って、こちらに飛んできたのだと。
 おどおどと頷くアディンに、彼女は指で丸とサインを出すと、慌ただしくカウンターを離れようとする。先ほどの受付員に「ちょっと、マクシム!勝手なことをすると怒られるでしょうっ」と叫ばれていたが、お構いなしに廊下の奥へ消えていってしまった。

「……どうぞ、そちらの椅子でお待ちください」

 受付員のどこか怪訝そうな顔から逃げるように、アディンとテフィラーは広いエントランスのソファーで彼を待つこととした。

 ステンドグラスに覆われたその広い空間は、わずかな物音すら大きくこだまさせるくらいには静かだった。
 大人しく椅子に腰掛けるアディンの横で、テフィラーは教会内を面白そうに見渡すと、そのステンドグラス一枚一枚の美麗さを近くまで寄って、堪能していた。
 わざわざ受付員がお茶を持って来てくれたのでテフィラーと丁寧に啜りながら、アディンは何だか声を出してはいけない気がして縮こまる。
 その静けさをかき消すように、遠くから声がした。

「アーディンさーん!」

 びくっとして、危うくお茶をこぼしかけるアディン。
 金色の髪をぴょんぴょん跳ねさせて、両手を目一杯振って現れたのは、カナフだった。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「カナフ!」

 立ち上がったアディンに、走ってきた勢いでカナフが抱きつき、そのままぐるりと一回転する。
 恥ずかしげに距離をとるアディンに逆らうように、彼女は手を握って、潤んだ瞳をこちらに向けた。

「うう、来てくださってありがとうございます」

 それからぱっと横にいるテフィラーに気がつき、びっくりした顔で声を上げる。

「テフィラーさんまで!もうお会いできないかもと思っていたので、嬉しいぃ……」

 そう言って感激する彼女は、よく見ると疲れきった様子だった。
 感染地での一件後の方が、疲労に襲われてしまいそうだが、その時よりも一層疲れた顔だ。
 テフィラーが心配そうに、ソファーから腰を上げる。

「大丈夫?すごい隈よ。少し寝た方がいいわ」
「わ、あの……それなんですが……」

 はきはきと話す彼女が、珍しく口篭った。

「その、今、シャルへヴェット様が行方不明で……」
「……えっ!?」

 カナフが響かないように両手で口元を覆いながら言ったのを、アディンは大きな声を上げて台無しにしてしまった。テフィラーも、考えてもいなかった言葉に目を丸くする。

「今、テヴァと交代で仮眠取って探してます……。でもいざ寝ようとも不安というか、寝るに寝れないんですよう」

 大きなため息をついて、カナフは重たげな瞼を擦った。

「とりあえず、テヴァの部屋まで起こしに行っていいですか。詳しいお話はそこで」

 カナフはすれ違う教会員と挨拶を交わしながら、二人を施設の奥へと手招きした。
 なんだか妙なことになっているようだ。
 出鼻をくじかれたが、カナフの憔悴具合が放って置けない事態だということを物語っていた。


 来客用の建物を出て路地を進むと、また大きな建物があり、ここが教会員の宿舎のようだった。
 二階に上がりすぐの部屋の扉を、カナフがごんごんと乱暴に叩く。

「うっせぇ!まだ時間じゃねぇだろ!」

 こちらも疲れきった様子で中から現れたテヴァは、アディンを見ると「お?」とだけ言った。しかし後ろにテフィラーがいたのに気づくと、身を乗り出した。

「えあっ、テフィラー様!?」
「ごめんなさいね、休んでた時に」
「いやいや、え、マジで……?」

 カナフが事情を説明するため部屋に入れるように言ったが、テヴァは色々なプライベートな不都合を振り返り「足の踏み場ねぇから、カナフおまえの部屋でやろうぜ」ということとなった。


 カナフの部屋はきっちりと片付いていて、本棚にずらりと並んだ教本類が印象的だった。
 よく見ると取りやすい位置には、娯楽小説もかなりの数が並んでいる。知っているものも多かったが、タイトルからしてマニアックなものも多く揃っていた。
 それとなんだか甘い匂い――といってもホットケーキの砂糖とメープルのような――がほんのりしている。
「椅子は人数分ないんで、申し訳ありませんが……」と彼女はカーペットに、ベッドの上のクッションなんかを敷き詰めて座らせてくれた。
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