第二章:紫眼の目的

「そういやアディン、祓い師が病気ってのは本当なのか?」

 薬草の乾燥をテフィラーに任せ、今度は診療録を受け取りに来たアディンに、レフアーは思い出した様子で尋ねた。
 ついさっき彼の真偽について話をしたばかりなのもあり、変にどきどきしてしまう。

 病気というのは港で変な噂だと言っていた、あの嘘の話だろう。

「どこで聞いたの?」
「質問に質問で返すなよな。八百屋の婆さんだよ、お前が紫の眼だから、祓い師の動向も気にしてんだと」
「そうだったの?あ、いや、病気の噂は多分嘘だよ」

 ふうん、とレフアーは聞いてきた割には素っ気ない返事をした。

「なんで?」
「いや、病気で寝込んでんだって聞いたのに、お前と一緒にいたんじゃ、話がおかしいと思っただけだよ」

 レフアーも医師だ。警戒しつつも、アディンと同じ一族の彼が病気と聞いて、少し心配になったのかもしれない。
 噂が嘘でよかったとか、そういう言い方してくれればいいのになどと思いながら、アディンは診療録を棚に仕分け始める。

 シャルヘヴェットが病気なのを隠している素振りもなかったように思えるし、きっと本当に噂は嘘なのだろう。
 感染地で気にかかった熱も、別れる時にはすっかり引いていると、ちゃんとこの目で確かめている。

 何が本当で、何が嘘なのか。

 考えれば考えるほど、答えには到底たどり着けるものではないと、手元の情報を並べて唸る。

 やはり、はっきりさせるにはもう一度直接会って話がしたい。
 詳しい話はその気になったらと言っていたし、全容が謎のままなのだ。

「月の王……」

 自分の中に『いる』という、滅んだ国の長。

 それが答えを教えてくれたら、誰も疑わずに済むのだろうか。

 パタンと、最後の診療録を引き出しにしまって、アディンはぐるんとレフアーの方に振り向いた。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「レフアーさん!」
「うわ、びっくりした!なんだよ!」

 やっぱり、自分でちゃんと確かめたい。

「僕イェソド教会まで、話聞きに行ってもいいかな」

 ちょっぴり上ずった声も気にならないくらい、今までしてきたお願いの中でも、抜きん出て緊張していた。
 その証拠に、掌は汗を握っている。

「何をどうするのがいいのか……自分でしっかり話を聞いて考えたいんだ。勝手なお願いだって思うけど、行かせてほしい!」

 レフアーが今まで大事に自分を匿っていた事実は、わかったつもりだ。
 思い返せば、どこかへ行く時は細かいくらいに場所も時間も内容も確認し合ったし、患者に紫の眼についてつつかれたことがないのも、レフアーが神経を尖らせて来たからこその功績だろう。
 自分とはなんの接点もない、赤の他人が前触れなく預けてきた子供にも関わらず、だ。

 許しを得ようと頭を下げると、彼の持っていたペンが散乱するペンの山に放り投げられ、がちゃりと崩れた音が返ってきた。

「……多分、しばらく帰って来なくなるんじゃないかと、俺は思ってるよ」

 いつになく、小さな声だ。
 目をやると、レフアーが少し、小さくなったように見えた。

「いや、いつかは同じ目の仲間に会って、そいつらと一緒に過ごすようになるんだろうと思ってたさ。ようやく、くそ重たい肩の荷が下りそうだな」
「い、一緒に過ごすかはわからないよ……」

 レフアーは「例えばだっての!」と立ち上がる。

「別に好きなようにすりゃあいいよ。都心まで遊びに行っていいか聞いてるのとは、わけが違うしな」

 そういえば昔、何度か都心に憧れて同じように頭を下げてお願いしたっけ。

「その話ってのが信じられそうなら、協力したいんだろ。してこい、してこい。お前がいなくても、元々俺はひとりで診療所ここを回してたんだからさ」
「レフアーさん……」

 そうかもしれないが、数日空けただけでこんなに仕事が滞っているじゃないか。
 いろんな色のペンと書類だらけになっている机に、アディンは困った顔を浮かべる。
 ただ、シャルヘヴェットの話が信じられるものなら、もう協力する気でいるのを見抜かれて、つい口角が上がってしまった。

「……レフアーさんは、心を読める魔法でも使ってる?」

 アディンの言葉に、あっはっは!と彼は先程の小ぢんまりした雰囲気とは打って変わって、大きな声で笑う。

「何年育ててきたと思ってんだよ!」

 レフアーは立ち上がり歩み寄ると、アディンの背を力強く叩いた。

「ほら、医者はどんな時もしゃきっとしてろって教えたろ。何かあった時に医者がなよなよしてたら、皆不安じゃねえか」
「ど、どんな時もって、レフアーさんに言われたくないよ」

 普段は信じられないくらいだらしないのに、診察になると人が変わったように頼もしい姿になる。
 それがかっこよくて、アディン自身も医者になりたいと思ったのは内緒だ。

 背筋を整えて、ずれた帽子をつまむ。

 多分しばらく帰って来なくなるんじゃないかと思っている。レフアーの予想は果たして。
 いや、勘のいい人だ。
 それに僕も、きっとそうなる気がしてる。
 先は不明瞭だが、とにかくこのモヤモヤを晴らすには、今、動くしかない。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「私も着いていくわ」予期せぬ方向から声がして、二人はびくりと目を向けた。
 少し離れた廊下から、声をかけるテフィラーの姿があった。
 どうやら奥の部屋まで声が聞こえていたようだ。
 テフィラーは顔にかかる髪をかき上げて、真剣な面持ちでアディンを見やった。

「お節介かもしれないけれど、迷惑じゃなければ同行させて。心配なままお別れは、やっぱり後味悪くて」
「でもテフィラーのせっかくの休暇が……」
「私がそうしたいのだから、気にすることじゃないわ」

 一人旅の不安を思えば願ったり叶ったりだが……。
 また背中が丸くなったアディンを小突いて、レフアーは深く礼をする。

「正直こいつひとりじゃイェソド都まで行けるかもわからん!全く関係のないテフィラーちゃんに甘えるのは申し訳ないが、俺としてもその方が安心だ」
「レ、レフアーさん」

 アディンはきっぱりと言い放ったレフアーに少し訂正を入れようとしたが、「決まりね」とテフィラーに即座に目配せされてしまった。
 彼女はレフアーに頭を上げるように言い、アディンとは「任せて」と言わんばかりの、固い握手を交わす。

 自分の意志で向かう旅路のはずが、結局またお荷物のようになってしまいそうだ。
 今度こそはっきりと意志を伝えられるように、気を張っていかねばなるまい。

 早速――とテフィラーが、バス停の時刻表をメモしてきたのを確認し始める。
 アディンも出遅れないように、この後の雪の兆しを確認しに出た。今日はもう暗いが、大雪の気配はない。
 急げば明日にでも出発できそうだ。

 ちらほらとあった診療を終えたレフアーは、その日のうちに、アディンに持たせる荷物をまとめてくれた。
 やや、怪我した時の備えが手厚い内容になっていたが、袋にはそれなりの路銀も詰め込まれていた。
 アディンがこの今まで手にしたことのない額に驚愕するのは、馬車の中で代金を払おうと袋の紐を解いた時だが……。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

 翌朝になったらすぐに発つことに決まったその晩は、久々の自分のベットだったにも関わらず、そわそわと寝るに寝付けなかった。

 また見るかと期待していた例の夢はちっともで、そんなであっても朝には朝で、しっかりと目は冴えきっていた。
 冷たくなった鼻先を1度布団に埋めるとつんとして、ああ、この感覚とはまたしばらくお別れだなんて思いながら起き上がる。

 身支度を整えて待合室まで降りてくると、すでに支度を終えたテフィラーが、レフアーと談笑していた。

「お、お待たせ!昨日はベッド、大丈夫だった?」
「おかげさまで。ふかふかにしてもらったから心地よかったわ」

 ほっとして、最後に昨日レフアーがまとめてくれた荷物を背負うと、きゅっとネクタイを締め直し、帽子のつばを持ち上げる。

「それじゃあ……」
「気をつけろよ。テフィラーちゃんに迷惑かけないようにな」
「うん」

 イェソド都に着いたら手紙を書くね、と笑って、アディンは扉に手をかける。

 
「いってきます!」


 雪の敷かれた真っ白な道を、二人は再び歩み出した。
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