第二章:紫眼の目的
久々の再会がどこか少し照れ臭くて、アディンはレフアーの背負っていた籠を、代わりに持ってやる。
お、とレフアーは籠を任せて、隣にいたテフィラーをちらちら見た。
「もしかして手紙のテフィラーって子は、この美人な嬢ちゃんか?どうも。アディンの保護者のレフアーです」
「はじめまして、アディンにはお世話になってます。テフィラー・オーラーティオーといいます」
「あらぁ、声まで綺麗だわ〜」
レフアーが鼻の下を伸ばしているので、アディンは彼の腕を引っ張る。
「変なこと言うのやめてよ!」
「なんだよ〜?違うってのか」
「そ、それは美人だし声も綺麗だけど……!」
誘導尋問にかけられて顔を真っ赤にしているアディンの背を、レフアーはばしばしと叩いて笑う。テフィラーも困ったように肩をすくませた。
「テフィラーちゃん、せっかくだから少し話聞かせてくれない?診療所でご飯もご馳走するよ。何より疲れてるだろうから、嫌じゃなきゃ遠慮なく休んでって」
「いいんですか?ならぜひ。ありがとうございます」
その後もちょくちょく飛んでくるレフアーの茶化しを流しながら、アディンたちは診療所に戻った。
手紙が来てから帰宅のタイミングを計っていたのか、レフアーはアディンが喜んで食べるシチューを、大量に仕込んでくれていた。
口で直接は言ってこないが、相当心配していたのかもしれない。人手不足もあるだろうが、いつもなら終わらせている仕事が、まだ散らかりっ放しだ。
卓を囲んでシチューにパンを浸しながら、アディンはテフィラーと共に、これまでのことを身振り手振りを交えながら一通り話した。
「うーん。転移魔法を使ってきたよくわからん子は怖いが」
レフアーは、診察で良くない容態がわかった時のような、苦い表情を浮かべる。
「……アディン、祓い師に会ったんだな」
「うん……」
尋ねにくそうにしているアディンをわかってか、レフアーはすぐに「ごめんな。隠してて」と、パンを取る手を止め、大きく息を吐いた。
「お前のことを外に漏らしたら、何があるか分からんかったからよ。祓い師が味方とも限らんし。……紫の目の話はなんか聞いたか?」
「シャルに色々聞いたよ。頭がパンクしそうだけど」
「ん、おお……そうか。俺も紫の目については詳しく知らないが、当人に聞けたならよかったよ」
やはり意図的に隠されていたのか。
しかし触れないようにしていたくせに、紫の目について一度話してきたあれは何だったのか。
「え。俺、紫の目のこと話したっけ?」尋ねられたレフアーはそれはもうキョトンとしていた。
「話したよ!お前の目は特別だとかなんとか……」
「いやぁ、覚えてないな……」
これぞレフアーだ!と、数日ぶりのレフアー節に、アディンはくらりとした頭を抱えた。
どうせ酔ってでもいたんだろう。あの時、また変なことを言っているなどと思わず、もっと問いつめてやればよかった。
呆れながら、アディンは聞きたいことを整理する。
「いくら紫の目が珍しいからといって、イコール危険とは限らないよね。どうして隠そうなんて思ったの?」
「んんー……」
レフアーも頭の中を整理しながら、順繰りに教えてくれた。
「俺が詳しいってか、この診療所が少し紫の目と縁があってだな」
「えっ」
「ここ何代も続いてるの知ってるか?……俺が途絶えさせそうなんだけどさ、はは。とにかく昔、紫の目の人間がさまよってた時に、当時の院長が親しくしてたんだと。
そんでここは人里離れて目立たないだろ?魔導兵器の布教活動の間、生活させてたらしいんだよ」
「えっ、レフアーさんは、魔導兵器が紫眼 によって伝えられたことを知ってたんだ……」
「クリ……?よくわからんけど、診療所のことだし、まあな」
初めて聞く情報に驚きと好奇心が止まらず、ぐっと身を乗り出す。
「だから多分、紫の目の連中にも、ここは安全な場所って認識が残ってたのかな。お前の両親が、雪の中お前を抱えて訪ねて来たんだよ」
アディンは、自分が今まで大きな勘違いをしていたことに驚愕した。
「えっ……。両親に会ってるの!?」
「ああ。そんでお前を託された。安全に育ててもらえたら他は何も望まないからって。だから、極力危険かもしれないことは避けてただけだ。ま、安全に育てるのが難しいんだって話よな!」
「……」
ははは、とレフアーは真面目な顔とは打って変わって軽快に笑う。アディンの心は依然、ざわざわとしていた。
両親は追放を受けた息子を、少しでも安全な場所に連れてきていた。その事実が、アディンを一層、複雑な気持ちにさせる。
紫眼 のやり方は間違っている。
シャルヘヴェットの言葉が脳裏をよぎった。
同じ過ちとは、紫眼 たちは一体なにを企んでいるのだろう。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「そんでその祓い師には、具体的に何を提案されたって?」
レフアーに尋ねられ、今度はアディンが喋るターンになる。
「紫の目の人たち……紫眼 の企みを一緒に止めて欲しいって。僕が協力すれば紫眼 の長と話ができるらしいんだ。そこで説得するんだって」
「企みぃ?口でどうこうできるもんなのか、そりゃ」
「わ、わからないけど……」
そこはシャルへヴェットなりの切り抜け方があるとは思っているが、協力する前に細かいことを聞いて無さすぎた。痛いところを突かれて口籠もる。
「大体、お前は魔法すら使えんだろ」
「そうなの?」
驚いた拍子に、つい会話に入り込んできたテフィラー。二人に視線を向けられ、そっと手を口にやる。
アディンは彼女の反応も重なって、レフアーの発言に眉をひそめる。
「でも、それとこれとは関係ないんじゃないかな」
「いやぁ……魔法を得意としてる一族なんだろ?万が一魔法で攻撃されたら太刀打ちできんだろ。それか魔導兵器の武器でも使えるように練習すんのか?」
「そもそも紫の目なんだから、アディンだってすぐに使えるようになるんじゃないかしら?ほら、紫の目は体内魔力量が多いとか、シャルへヴェットも言ってたじゃない」
テフィラーはそう言って、アディンに問いかける。
「唱えてみたことないの?」
「あ、ああいうのって感覚なんでしょ……?なんか火を出せそうなイメージができたら、出せるみたいな。いくらイメージしてみても、全くできる気がしないんだ」
もちろん小さい頃から、ちょこちょこ物語の主人公に憧れてはチャレンジしている。アディンはため息をついた。
才能がないのかもしれない。今なら門前払いされたテヴァの気持ちがわかるというか、なんというか。なんだか悲しくなってきてしまった。
「こんな感じよね」
ふふ、と微笑みながらテフィラーは両手で皿を作ると、グッと力を込めて手のひらに氷の小柱を創り出した。
魔法だ――!?
ふっと息を吹きかけると、それは一気に蒸発して消えてしまう。
「見事だなぁ」
「えっ……!テ、テフィラーも魔法使えた の!?」
感心するレフアーの隣で、今までになく狼狽えるアディンに、テフィラーはつい声を出して笑ってしまった。
「んふふ、ごめんなさい、隠してたわけじゃなかったのだけど。ちょっとだけよ」
「いや〜。たまーに魔法使える人がいるって、聞きはするけども。俺も四十数年生きてきて、生の魔法を見んのは初めてだわ」
レフアーがアディンそっちのけで食いついているので、テフィラーは「こういうこともできますよ」と、霜を右手の上で発生させると、そっと左手で蓋をする。
それが再び開かれると、そこには花びらの形になった結晶が、キラキラと輝いていた。
「うお!テフィラーちゃん、すごいな」
「うん、すごい……」
「アディンの言った通り、イメージしてできそうだって思い描けるものはできるのよ。逆に具体的に想像できない風の動きとか、火の熱さとか、そういったものは私にとっては難しいの」
魔法には得意な属性というのがあるらしい。
説明を受けて、アディンも火くらい起こしてみようと目を閉じて念じたが、いくら経っても煙一つ出てこなかった。
レフアーが大笑いしているので諦めると、アディンはまたパンを手に取り、シチューに浸してぶすくれた。
「ところでテフィラーちゃんは、休んだらすぐ仕事に戻る予定かな?診療所には好きなだけいてくれて構わないが、出るなら声かけてくれ。アディンが世話になった礼に、体にもいい香水セットでも用意しよう」
「そんな、お気遣いなさらず……。それに、私もいつ帰れるかわからないから、この間、手紙屋で休暇申請出したの。一ヶ月くらい休めってすぐに返信が来たから、返って暇なのよね」
「え!そうだったの?」
心なしか嬉しそうなアディンに、テフィラーもつられて柔らかな表情になる。
「近くの街で宿でも取ろうかしら、と思っていたところよ」
「それならここに泊まってもらって構わないぞ!ベッドなら山のようにあるしな〜」
レフアーの返しに、診察用のベッドでしょ、とアディンがパンを口に含みながら呟く。
それでもせっかくの休暇なら、もう少したわいもない話をしていたい。ふかふかの布をたっぷり敷いて、ワンランク上の診察ベッドを使ってもらおうか。
「よかったら近くの街とか、山の景色のいい場所とか紹介するよ。薬草を取りに行く途中に、開けたところがたくさんあるんだ」
「いいわね、ぜひ案内してくれるかしら」
行ってもいいか伺うアディンに、レフアーは手の甲でしっしと払って見せる。
「なんだ、一丁前にデートのお誘いか?」
「変なこと言わないでってば!」
レフアーに対する慣れ親しんだアディンの反応を眺めて、彼は大切に守られてきたのだと、テフィラーは腕をさすりながら静かに目をそらすのであった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
慣れた山のコースを歩きながら、時々薬草を摘んで、アディンは後から来るテフィラーを振り返った。
「大丈夫?歩きにくいよね」
なぜ踵の高い靴のまま、雪山を登らせてしまっているのだろう。
雪道に合う靴を貸せればよかったとしおれるアディンに、励ますように大丈夫だと、テフィラーは答える。
気づけば背負った籠の半分くらいが、薬草になっていた。
「さすが慣れてるのね。足取りが見るからに軽そう」
「動きやすい靴履いてるからだよ。テフィラーはあんまり雪国は来たことない?」
目元を差してくる太陽の光を手で遮って、テフィラーは頷く仕草をして見せた。
「そうね。私、出身がティファレト都なの。暑くも寒くもない気候だったから、あんまり天候に苦労したことないのよね」
海は荒れるけど、と彼女は加える。
「ティファレト都って魚車を乗り換えた都市だよね。食べ物が腐りにくいから、貿易港として発展したみたいな……」
「そうそう、詳しいわね。仕事は、首都に本……会社があるから、もうティファレト都に帰ることはなくなってしまったけれど」
各地を回っていると言っていたが、首都・マルクト勤めだったとは。きっとエリートだ。アディンは息を呑む。
そうこう話しているうちに目的地が現れた。
雪でしなった枝をかき分けると、草木の一切生えていない、一面の白が目に飛び込んできた。雪原に太陽の光が反射して、キラキラと輝いている。
「わ……!」テフィラーから思いがけず出た声に、アディンは満足気に、にやりとする。
「じ、実はね、ここレフアーさんにも秘密の場所なんだ。喧嘩した時とか、一人で考え事したい時にここに篭もりたいから、言ってなくて」
「ふふ、考えごとに向いてそうな綺麗なところね。何もないのが綺麗……。生まれたての世界に飛び込んだみたい」
彼女の表現がとても素敵だと思い、アディンも「ほんとに生まれたての世界だね」と復唱した。
「内緒にしてる場所に案内してくれてありがとう、アディン」
「こちらこそ、紹介できて嬉しいよ。独り占めしたい特別な場所なんだけど、本当はずっと誰かに見て欲しかったんだ」
風が吹き抜けると真っ白な世界に吸い込まれそうになるが、背後の木々がさわさわと音を立てて、現実に引き止めてくれている。
「アディン」
テフィラーは雪原を見つめたまま、名を呼んだ。
「あなたが診療所で今まで通りの暮らしを望むなら、シャルへヴェットの話は受けるべきではないわ。
外野の私が口を挟むのはおこがましいけれど、あなたが紫眼 だからという理由だけで行動したら、きっと心が追いつかない」
突然そんな話をされて、アディンは咄嗟に返す言葉が出てこなかった。
協力するかは早く決めないといけないと思いつつも、少し落ち着いて考えたいと思っていたからだ。
テフィラーは、まだ白の景色に目を向けたままだ。
雪原をまっすぐ捉えている彼女の目を仰いで、アディンは白い息を吐いて言った。
「うん。僕もずっと、協力するのにこのままの気持ちじゃ失礼だって思うし、迷ってる……」
つんと冷えて赤くなった鼻を撫で、アディンも雪原を見やる。
「でも、さっきレフアーさんの話を聞いて思ったんだ。両親がいるなら会ってみたいって。シャルは紫眼 のやり方に反対してたけど、両親はどう考えてるのかなって」
「……ご両親。そう」
彼女の声が少し低くて、どきりとする。間違ったことを言ってしまった気がした。
「ごめんなさい、私には関係のないことなのに首を突っ込んでしまって。ちゃんと悩んで決める気なら、もう何も言うことはないわ」
「ううん!テフィラーが心配になるくらい、知らないことだらけなのは、事実だし……」
ここまで、彼女には色々なことを教えてもらった。
世間知らずが過ぎる自分に対して、初対面なのに、本当に気を遣ってくれたのだ。
それ以上、テフィラーはこの話を続ける気はなさそうだった。
もう一度見上げた彼女の顔は、風で舞った美しい髪で隠されてしまい、はっきり見ることができなかった――。
お、とレフアーは籠を任せて、隣にいたテフィラーをちらちら見た。
「もしかして手紙のテフィラーって子は、この美人な嬢ちゃんか?どうも。アディンの保護者のレフアーです」
「はじめまして、アディンにはお世話になってます。テフィラー・オーラーティオーといいます」
「あらぁ、声まで綺麗だわ〜」
レフアーが鼻の下を伸ばしているので、アディンは彼の腕を引っ張る。
「変なこと言うのやめてよ!」
「なんだよ〜?違うってのか」
「そ、それは美人だし声も綺麗だけど……!」
誘導尋問にかけられて顔を真っ赤にしているアディンの背を、レフアーはばしばしと叩いて笑う。テフィラーも困ったように肩をすくませた。
「テフィラーちゃん、せっかくだから少し話聞かせてくれない?診療所でご飯もご馳走するよ。何より疲れてるだろうから、嫌じゃなきゃ遠慮なく休んでって」
「いいんですか?ならぜひ。ありがとうございます」
その後もちょくちょく飛んでくるレフアーの茶化しを流しながら、アディンたちは診療所に戻った。
手紙が来てから帰宅のタイミングを計っていたのか、レフアーはアディンが喜んで食べるシチューを、大量に仕込んでくれていた。
口で直接は言ってこないが、相当心配していたのかもしれない。人手不足もあるだろうが、いつもなら終わらせている仕事が、まだ散らかりっ放しだ。
卓を囲んでシチューにパンを浸しながら、アディンはテフィラーと共に、これまでのことを身振り手振りを交えながら一通り話した。
「うーん。転移魔法を使ってきたよくわからん子は怖いが」
レフアーは、診察で良くない容態がわかった時のような、苦い表情を浮かべる。
「……アディン、祓い師に会ったんだな」
「うん……」
尋ねにくそうにしているアディンをわかってか、レフアーはすぐに「ごめんな。隠してて」と、パンを取る手を止め、大きく息を吐いた。
「お前のことを外に漏らしたら、何があるか分からんかったからよ。祓い師が味方とも限らんし。……紫の目の話はなんか聞いたか?」
「シャルに色々聞いたよ。頭がパンクしそうだけど」
「ん、おお……そうか。俺も紫の目については詳しく知らないが、当人に聞けたならよかったよ」
やはり意図的に隠されていたのか。
しかし触れないようにしていたくせに、紫の目について一度話してきたあれは何だったのか。
「え。俺、紫の目のこと話したっけ?」尋ねられたレフアーはそれはもうキョトンとしていた。
「話したよ!お前の目は特別だとかなんとか……」
「いやぁ、覚えてないな……」
これぞレフアーだ!と、数日ぶりのレフアー節に、アディンはくらりとした頭を抱えた。
どうせ酔ってでもいたんだろう。あの時、また変なことを言っているなどと思わず、もっと問いつめてやればよかった。
呆れながら、アディンは聞きたいことを整理する。
「いくら紫の目が珍しいからといって、イコール危険とは限らないよね。どうして隠そうなんて思ったの?」
「んんー……」
レフアーも頭の中を整理しながら、順繰りに教えてくれた。
「俺が詳しいってか、この診療所が少し紫の目と縁があってだな」
「えっ」
「ここ何代も続いてるの知ってるか?……俺が途絶えさせそうなんだけどさ、はは。とにかく昔、紫の目の人間がさまよってた時に、当時の院長が親しくしてたんだと。
そんでここは人里離れて目立たないだろ?魔導兵器の布教活動の間、生活させてたらしいんだよ」
「えっ、レフアーさんは、魔導兵器が
「クリ……?よくわからんけど、診療所のことだし、まあな」
初めて聞く情報に驚きと好奇心が止まらず、ぐっと身を乗り出す。
「だから多分、紫の目の連中にも、ここは安全な場所って認識が残ってたのかな。お前の両親が、雪の中お前を抱えて訪ねて来たんだよ」
アディンは、自分が今まで大きな勘違いをしていたことに驚愕した。
「えっ……。両親に会ってるの!?」
「ああ。そんでお前を託された。安全に育ててもらえたら他は何も望まないからって。だから、極力危険かもしれないことは避けてただけだ。ま、安全に育てるのが難しいんだって話よな!」
「……」
ははは、とレフアーは真面目な顔とは打って変わって軽快に笑う。アディンの心は依然、ざわざわとしていた。
両親は追放を受けた息子を、少しでも安全な場所に連れてきていた。その事実が、アディンを一層、複雑な気持ちにさせる。
シャルヘヴェットの言葉が脳裏をよぎった。
同じ過ちとは、
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「そんでその祓い師には、具体的に何を提案されたって?」
レフアーに尋ねられ、今度はアディンが喋るターンになる。
「紫の目の人たち……
「企みぃ?口でどうこうできるもんなのか、そりゃ」
「わ、わからないけど……」
そこはシャルへヴェットなりの切り抜け方があるとは思っているが、協力する前に細かいことを聞いて無さすぎた。痛いところを突かれて口籠もる。
「大体、お前は魔法すら使えんだろ」
「そうなの?」
驚いた拍子に、つい会話に入り込んできたテフィラー。二人に視線を向けられ、そっと手を口にやる。
アディンは彼女の反応も重なって、レフアーの発言に眉をひそめる。
「でも、それとこれとは関係ないんじゃないかな」
「いやぁ……魔法を得意としてる一族なんだろ?万が一魔法で攻撃されたら太刀打ちできんだろ。それか魔導兵器の武器でも使えるように練習すんのか?」
「そもそも紫の目なんだから、アディンだってすぐに使えるようになるんじゃないかしら?ほら、紫の目は体内魔力量が多いとか、シャルへヴェットも言ってたじゃない」
テフィラーはそう言って、アディンに問いかける。
「唱えてみたことないの?」
「あ、ああいうのって感覚なんでしょ……?なんか火を出せそうなイメージができたら、出せるみたいな。いくらイメージしてみても、全くできる気がしないんだ」
もちろん小さい頃から、ちょこちょこ物語の主人公に憧れてはチャレンジしている。アディンはため息をついた。
才能がないのかもしれない。今なら門前払いされたテヴァの気持ちがわかるというか、なんというか。なんだか悲しくなってきてしまった。
「こんな感じよね」
ふふ、と微笑みながらテフィラーは両手で皿を作ると、グッと力を込めて手のひらに氷の小柱を創り出した。
魔法だ――!?
ふっと息を吹きかけると、それは一気に蒸発して消えてしまう。
「見事だなぁ」
「えっ……!テ、テフィラーも
感心するレフアーの隣で、今までになく狼狽えるアディンに、テフィラーはつい声を出して笑ってしまった。
「んふふ、ごめんなさい、隠してたわけじゃなかったのだけど。ちょっとだけよ」
「いや〜。たまーに魔法使える人がいるって、聞きはするけども。俺も四十数年生きてきて、生の魔法を見んのは初めてだわ」
レフアーがアディンそっちのけで食いついているので、テフィラーは「こういうこともできますよ」と、霜を右手の上で発生させると、そっと左手で蓋をする。
それが再び開かれると、そこには花びらの形になった結晶が、キラキラと輝いていた。
「うお!テフィラーちゃん、すごいな」
「うん、すごい……」
「アディンの言った通り、イメージしてできそうだって思い描けるものはできるのよ。逆に具体的に想像できない風の動きとか、火の熱さとか、そういったものは私にとっては難しいの」
魔法には得意な属性というのがあるらしい。
説明を受けて、アディンも火くらい起こしてみようと目を閉じて念じたが、いくら経っても煙一つ出てこなかった。
レフアーが大笑いしているので諦めると、アディンはまたパンを手に取り、シチューに浸してぶすくれた。
「ところでテフィラーちゃんは、休んだらすぐ仕事に戻る予定かな?診療所には好きなだけいてくれて構わないが、出るなら声かけてくれ。アディンが世話になった礼に、体にもいい香水セットでも用意しよう」
「そんな、お気遣いなさらず……。それに、私もいつ帰れるかわからないから、この間、手紙屋で休暇申請出したの。一ヶ月くらい休めってすぐに返信が来たから、返って暇なのよね」
「え!そうだったの?」
心なしか嬉しそうなアディンに、テフィラーもつられて柔らかな表情になる。
「近くの街で宿でも取ろうかしら、と思っていたところよ」
「それならここに泊まってもらって構わないぞ!ベッドなら山のようにあるしな〜」
レフアーの返しに、診察用のベッドでしょ、とアディンがパンを口に含みながら呟く。
それでもせっかくの休暇なら、もう少したわいもない話をしていたい。ふかふかの布をたっぷり敷いて、ワンランク上の診察ベッドを使ってもらおうか。
「よかったら近くの街とか、山の景色のいい場所とか紹介するよ。薬草を取りに行く途中に、開けたところがたくさんあるんだ」
「いいわね、ぜひ案内してくれるかしら」
行ってもいいか伺うアディンに、レフアーは手の甲でしっしと払って見せる。
「なんだ、一丁前にデートのお誘いか?」
「変なこと言わないでってば!」
レフアーに対する慣れ親しんだアディンの反応を眺めて、彼は大切に守られてきたのだと、テフィラーは腕をさすりながら静かに目をそらすのであった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
慣れた山のコースを歩きながら、時々薬草を摘んで、アディンは後から来るテフィラーを振り返った。
「大丈夫?歩きにくいよね」
なぜ踵の高い靴のまま、雪山を登らせてしまっているのだろう。
雪道に合う靴を貸せればよかったとしおれるアディンに、励ますように大丈夫だと、テフィラーは答える。
気づけば背負った籠の半分くらいが、薬草になっていた。
「さすが慣れてるのね。足取りが見るからに軽そう」
「動きやすい靴履いてるからだよ。テフィラーはあんまり雪国は来たことない?」
目元を差してくる太陽の光を手で遮って、テフィラーは頷く仕草をして見せた。
「そうね。私、出身がティファレト都なの。暑くも寒くもない気候だったから、あんまり天候に苦労したことないのよね」
海は荒れるけど、と彼女は加える。
「ティファレト都って魚車を乗り換えた都市だよね。食べ物が腐りにくいから、貿易港として発展したみたいな……」
「そうそう、詳しいわね。仕事は、首都に本……会社があるから、もうティファレト都に帰ることはなくなってしまったけれど」
各地を回っていると言っていたが、首都・マルクト勤めだったとは。きっとエリートだ。アディンは息を呑む。
そうこう話しているうちに目的地が現れた。
雪でしなった枝をかき分けると、草木の一切生えていない、一面の白が目に飛び込んできた。雪原に太陽の光が反射して、キラキラと輝いている。
「わ……!」テフィラーから思いがけず出た声に、アディンは満足気に、にやりとする。
「じ、実はね、ここレフアーさんにも秘密の場所なんだ。喧嘩した時とか、一人で考え事したい時にここに篭もりたいから、言ってなくて」
「ふふ、考えごとに向いてそうな綺麗なところね。何もないのが綺麗……。生まれたての世界に飛び込んだみたい」
彼女の表現がとても素敵だと思い、アディンも「ほんとに生まれたての世界だね」と復唱した。
「内緒にしてる場所に案内してくれてありがとう、アディン」
「こちらこそ、紹介できて嬉しいよ。独り占めしたい特別な場所なんだけど、本当はずっと誰かに見て欲しかったんだ」
風が吹き抜けると真っ白な世界に吸い込まれそうになるが、背後の木々がさわさわと音を立てて、現実に引き止めてくれている。
「アディン」
テフィラーは雪原を見つめたまま、名を呼んだ。
「あなたが診療所で今まで通りの暮らしを望むなら、シャルへヴェットの話は受けるべきではないわ。
外野の私が口を挟むのはおこがましいけれど、あなたが
突然そんな話をされて、アディンは咄嗟に返す言葉が出てこなかった。
協力するかは早く決めないといけないと思いつつも、少し落ち着いて考えたいと思っていたからだ。
テフィラーは、まだ白の景色に目を向けたままだ。
雪原をまっすぐ捉えている彼女の目を仰いで、アディンは白い息を吐いて言った。
「うん。僕もずっと、協力するのにこのままの気持ちじゃ失礼だって思うし、迷ってる……」
つんと冷えて赤くなった鼻を撫で、アディンも雪原を見やる。
「でも、さっきレフアーさんの話を聞いて思ったんだ。両親がいるなら会ってみたいって。シャルは
「……ご両親。そう」
彼女の声が少し低くて、どきりとする。間違ったことを言ってしまった気がした。
「ごめんなさい、私には関係のないことなのに首を突っ込んでしまって。ちゃんと悩んで決める気なら、もう何も言うことはないわ」
「ううん!テフィラーが心配になるくらい、知らないことだらけなのは、事実だし……」
ここまで、彼女には色々なことを教えてもらった。
世間知らずが過ぎる自分に対して、初対面なのに、本当に気を遣ってくれたのだ。
それ以上、テフィラーはこの話を続ける気はなさそうだった。
もう一度見上げた彼女の顔は、風で舞った美しい髪で隠されてしまい、はっきり見ることができなかった――。