第二章:紫眼の目的

 朝はばらばらと起き、各々部屋を離れて好き勝手に過ごしていたアディンたちは、昼になって揃うと、時計に合わせて船着き場に向かった。
 天気は快晴。魚車も問題なく動いているようだ。

「ひとまずは〜、ティファレト都まで一緒の魚車ですね!」

 チケットをぴらぴらと海風になびかせ、カナフが笑顔で腕を組んできた。アディンはその弾みで、うっかり自身のチケットを落としそうになる。

 同じ魚車の乗客がぞろぞろと列をなしてきたので、皆もそこに並ぶと、前に立つ中年男性が話しかけてきた。

「ありゃ、あんたらもしかして祓い師様たちかい」

 テフィラーが、さっとアディンの帽子のつばを下に引っ張る。
 にこやかに握手を求めてくる男性に、シャルヘヴェットは慣れた様子で、穏やかに握り返した。

「オレの家内が昔、世話になったんだ!イェソド教会あそこはすごいな。医者にかかるにゃ大金が飛ぶが、赤眼を治すのだけはロハだ!はは」
「大事に至る前に快復されてなによりです」

 彼の声が大きかったので、誘導するようにシャルヘヴェットは声量を抑えてそう言ったが、男性は別の件を気にして謝った。

「おっと、悪いな。今調子が悪いんだっけか?病床に伏せてるって噂だったから、つい噂の本人と遭遇して嬉しくなっちまった」

 んん?とシャルヘヴェットら三人は顔を合わせた。
 カナフが眉をひそめて、シャルヘヴェットの後ろから顔を出す。

「それぇ、どこの情報です……?」
「イェソド教会だよ。お祓い依頼を出しても、今は体調不良で受けられないって話を聞いたもんでさ。もしかして、お忍び休暇中ってことだったんかい」
「あ、いえ……普通に任務後に帰ろうとしていたところでしたが、変な噂ですね」
「ありゃ〜?そうだったんか。そりゃ、お疲れさん。オレも又聞きだしな。聞き間違いだったかもしれねぇな!」

 男性はぼりぼり頭を搔くと、邪魔したな、と前に向き直った。カナフが不安げにシャルヘヴェットを伺う。

「なにやら怪しい空気じゃないですか……?なんでそんな、よく分からない噂が出てるんでしょう」
「わけはわかりませんけど、噂の出処で思い当たる人物は、まあ……」

「え、俺よく知らねぇんすけど」とテヴァが小声で詳細を尋ねる。

「いや、最近妙に司教……様に、目をつけられてる気がして。出際にも、いつもならしない、変な心配をされたんですよね」
「あ、あのくれぐれも怪我はするなよ、ニチャア……みたいなやつですか?」

 三人は顔を見合わせて、うーんと唸った。

 なにやらこれが前に言っていた、教会の闇的なやつだろうか?
 アディンには知る由もなかったが、この噂が事件の前触れであったことは、この時点では誰もが想像していなかった。

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 魚車は、アディンの想像していたものよりふた周りほど大きく、この硬い巨大な船を引っ張る魚がどんなものなのか、乗車中、気になって仕方がなかった。

 どこに座っても良いと聞き、初めての魚車なのでと、海を見渡せるデッキへ冷たい風を浴びに行く。
 皆は一緒に行くのを遠慮する空気を出していたが(テヴァには明確にバカにされてしまったが)、カナフだけは「いいですねぇ!」と付き添ってくれた。

 広大な海を駆け抜け、潮風が心地よく頬を撫でる。
 魚車がティファレト都に到着すると、一行は港であっさり別れを告げた。
「アディンのことをずっと探していました」なんて言っていたから、もしかしたら、もう逃すまいとされるかもと内心ドキドキしていたのだが。
 協力に関しては、本当に強制する気はなさそうだ。

「それでは、道中お気をつけて」
「うん、また!色々とありがとう」

 スムーズなお別れの理由は、次の魚車がすぐ来るためで、アディンはテフィラーと小走りにネツァク都行きに乗り換えた。
 ティファレト都は世界最大の貿易港であるため、とても大きな港だったのだが、ゆっくり眺める時間がないのが実に惜しい。

 ネツァク都行きの魚車のデッキは、航路が進むに連れてどんどん寒くなっていった。到着間際は風が冷たすぎて、さすがのアディンも壁のあるところへ避難する。
 ネツァク都行きはそこまで利用客がおらず、デッキはもちろん、車内も閑散としていた。

「ネツァクの都心から診療所までは、そんなに日数かからなかったわよね」

 両手を組んで前に伸びをしながら、テフィラーはアディンに投げかけた。アディンは自信がなさそうに小首を傾げながらも頷く。

「都心に行ったことあるの、記憶が正しければ一、二回なんだよね……雪さえ酷くなければ、道はちゃんとしてるから早いかも」

 近くの街ですら人が多いと感じていたアディンにとって、都心は滅多に行くことができない、遊びがたくさんの夢の場所であった。
 診療所を空けることもできない上に、特別な用事もないので、あまり連れて行ってもらったことがなかったのである。

 せっかくなら少し遊んでいきたいなという気持ちもあったが、心配をしているかもしれないレフアーのことを思うと憚られた。そんなことを思えるくらいには、外に慣れてきたことに自分でもびっくりだったが。

 ネツァク都に到着した頃には日が沈み、あたりはすっかり暗くなっていた。

「雪もそんなに酷くなさそうだし、深夜馬車で最寄りの街まで行きましょうか」

 いい時間の馬車を見つけて、テフィラーは時刻表を指さす。明け方の五時に着くようだ。

「寝過ごさないかな……?」
「あら、知らない?深夜馬車は降車駅を指定しておくと、椅子が振動して起こしてくれるのよ」
「えっ、なにそれすごい!」

 ちょっぴり興味が湧いてしまい、それの体験してみたさに、ふたりは積極的にそれに乗車することとなった。
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