第二章:紫眼の目的
この事件があってから、村の皆はテヴァにあまり隠し事をしないようになった。
しっかりと村が復興してきた頃には、テヴァは隣のおばさんの家に世話になりながら、ようやく現実を飲み込めるようになっていた。
おばさんは村一番の物知りで、昔は首都で勤めていたんだと、たまに自慢をしてきた。
おばさんにあの教会の男の話を聞くと、彼は有名人なのか、おばさんは常識のように教えてくれた。
「フラムマ様は救世主よ。魔物化の病気を治せるのは彼のような『祓い師』って職の人にしかできない。その中でも一番力のあるフラムマ様は、要請があった土地にすぐに駆けつけてくれるんだよ。
こんな田舎にあの短期間で来れたのは、途中歩いてでもここを目指してきてくれたからなんだろうね」
テヴァはふうん、とだけ返したが、おばさんが目を輝かせるくらいの偉大さは、いまいち感じられなかった。
それから何年経とうと、雨の降る日には、あの父が切られた瞬間を思い出してしまうのだ。
どうにかして払拭するため、テヴァはおばさんに頼み込み――借金をする形で――十三歳でケセド都心の学校に行かせてもらった。
そこでイェソド教会のことや、魔物化現象のこと、赤眼のこと、それから日々使っている魔導兵器のことを勉強した。
魔物化のことを、適当な知識で受け流して生活することができなかったのだ。
自分の知らない世界がこんなにもあったなんてと、知れば知るほど育った村の小ささを思い知ったのであった。
そしてようやく痛感した。
その小さな村を治しに来てくれた救世主は、あの雨に打たれても走り続け、自分を庇って血を流した聖人だったのだ。
「なんてこった……」
自分はなんて酷い言葉を、彼に放ってしまったのだろうか。
一緒にいた金髪の少女が、自分を怒鳴りつけたことを今になって納得できた。
悲しい記憶だったはずの彼への思いは、調べれば調べるほど尊敬に変わり、テヴァはあの人に近づきたいと、一層勉学に励むようになった。
どうにかして彼に一言、謝りたいと思った。
イェソド都に行ったところで、多忙な彼には簡単に会わせてもらえないだろう。
手紙で謝罪をとも思ったが、いざ書いてみると、自分の文章の拙さも相まって、伝わりきらなかった。
「祓い師に会いたいなら、祓い師になればいいのか」
教会職を調べていた時、テヴァはふとそんなことを思いついた。単純な話だ。なぜ今まで気づかなかったのだろう。
テヴァは学校を卒業した十五歳で、真っ先にイェソド都に向かった。教会で働きながら、おばさんにお金を返す。計画はばっちりだった。
ただ一つ、根本的な問題が欠けていたのを除けば。
「君は魔力が足りないな。祓い師にはなれない」
試験官にそう言い放たれて、テヴァはその場に呆然と立ちつくした。
「他の教会職は」と尋ねたが、テヴァの学と魔力量では、どの試験も受けることができなかった。
「地方の教会に勤めるなら……」
「そ、それだと意味が無いんす!」
門前払い状態のテヴァは、何もできないのだけは避けなくてはいけないと、毎日受付の相手が変わるたびに押しかけて交渉した。
そんなことを一週間近くした頃だろうか。そろそろ変な子がいると噂になってきた頃。
その日も同じように受付が替わるタイミングを見計らっていた時、テヴァの横を『彼』が通った。
青い髪、紫の瞳、すらりとした立ち姿。目に映った瞬間、間違いないとわかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「あのっ……!」
声をかけるか判断する前に、体が飛び出していた。
「フラムマ様!」
いきなり押しかけた少年の呼びかけに、彼は驚きながらも立ち止まってくれた。
「あなたは……」
「お、俺!ケセド6−2地区のテヴァ・ナートゥーラって言います。フラムマ様に一言謝りたいと……」
「ケセド6−2――」
口元に手を当て、彼はなにか思い出したような顔をした。
よく見ると、彼の後ろにはあの時の金髪の少女もいた。
彼女は怪しいテヴァに怪訝そうな顔をしていたが、シャルへヴェットに先に戻っているように言われて、その場を去っていった。
さて、と彼に連れられて近くの人気 の少ない椅子まで移動したテヴァは、改めてそこから立ち上がると片膝をつき、深々とシャルへヴェットに頭を下げた。
「先に謝らせてください。俺、村を助けてくれたあなたに、酷いことを言いました。本当に申し訳ございませんでした……!」
あの時の自分は、この片膝を折り頭を下げる姿勢が、最敬礼だということすら知らなかったのだ。
シャルへヴェットはテヴァに座るようになだめた。それから真正面に向き直して言った。
「あの時の少年ですよね、覚えています。テヴァという名前だったんですね」
覚えているという予想外の言葉に、テヴァはうろたえてしまう。
「ちゃんと生きていてくれてよかった……。私はあの時、あんな状況に置かれたあなたを、支えることまでできなかったから」
「……!俺、あの後、ちゃんと勉強したんす!フラムマ様がいかに大変なことをこなしているか、あの時の俺は無知でした。
あなたは一人でも多く生存者を残そうとしてた。あなたが謝る必要なんて一つもなかったのに!」
テヴァは拳を握りしめ、何度も申し訳ございませんでした、と謝罪した。
「あなたも謝る必要なんてない」
シャルへヴェットは頬笑みかけると、また真剣な眼差しに戻って続ける。
「私だってもっとやり方がありました。子供の目の前で、父親を切るようなことは絶対にすべきじゃなかった。力も余裕もなくて、周りが見えていなかった……」
「フラムマ様!」
卑下するシャルへヴェットを、テヴァは遮るようにして告げる。
「俺はあの時も今までも、ずっと他人のために命をかけられるあなたに憧れて、ここに来たんす!色んな勉強をすればするほどフラムマ様、すげぇって……。こんなすごい人にはなれないだろうけど、俺も誰かを助けられる存在になりたいって!」
「テヴァ……。ありがとうございます」
そう言ったあと、しばらく顔をそらしていたのは、きっと彼が他人に見せたくない顔をしていたからなのだろう。
彼の綺麗な横顔を見ながら、テヴァは言葉も忘れ、ぼんやりとそんなことを考えていたのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「そのあと俺が祓い師になれなくて困ってるっつー話をしたら、シャルへヴェット様がどうにかして従者の職に就かしてくれて……」
五人が囲むベッドで、テヴァは話し切った達成感で、持っていたアイスティーを飲み干した。
「本当にどうにかしたんですから。かなりいろいろなところに無理言って、二人目の従者をつけていただいたんですよ……」
シャルへヴェットがそう言うと、テヴァは手を合わせてすんません!と謝る。
「ただ、そんな気持ちでイェソドまで来てくれたことに、俺は感謝してもし切れませんでした。俺自身も、彼のことをどうにかしたいと思ってしまうくらい、テヴァは正直で、一生懸命なところが魅力的ですので」
「シャルへヴェット様ぁ」
彼の壮絶な過去に、テフィラーは今の状況を重ねて、ほっと強ばっていた表情をゆるめる。
「辛い出来事だったけど……愛ある素敵な関係に落ち着いたのは素晴らしいわね」
「そうっすよね!懐の深さが半端ねーつうか!」
「あなたもあなたで、仇だと思っていた相手を尊敬するまでに、見方を百八十度変えられたのもすごいわよ」
テフィラーの言葉にアディンも頷いた。
彼は感染地の被害者だったのに、ほかの感染地を尊敬する人ともに治しに回ることを選んだのだ。きっと自分なら、恐ろしくて、感染地の噂ですら怖がってしまうことだろう。
バノットの街を思い出し、震える足を押さえつける。もう赤い目なんて見たくない。
カナフもこの話には突っ込まず、聞き入っていたようだ。
「話したら眠くなってきたんで、俺は一抜けするっす」
テヴァは目の前の干肉をもう一片だけかじって、眠たげに目を擦りながら布団に潜り出した。テフィラーが、おやすみの代わりに声をかける。
「貴重な話をありがとう、テヴァ」
「テ、テフィラー様にお礼なんて言われたら、光栄すぎて目が覚めちまうっすよ!」
「早く寝ろ」
やっといつもの調子でカナフが突っ込むと、テヴァは「うっせ!」と吐いて再び布団の中に戻っていった。
このあとはアディンの知っていた雪国の豆知識や、テフィラーの営業の話なんかをだらだらとする会となった。
手元のつまみがなくなったところで、一行は眠りについたのだった。
しっかりと村が復興してきた頃には、テヴァは隣のおばさんの家に世話になりながら、ようやく現実を飲み込めるようになっていた。
おばさんは村一番の物知りで、昔は首都で勤めていたんだと、たまに自慢をしてきた。
おばさんにあの教会の男の話を聞くと、彼は有名人なのか、おばさんは常識のように教えてくれた。
「フラムマ様は救世主よ。魔物化の病気を治せるのは彼のような『祓い師』って職の人にしかできない。その中でも一番力のあるフラムマ様は、要請があった土地にすぐに駆けつけてくれるんだよ。
こんな田舎にあの短期間で来れたのは、途中歩いてでもここを目指してきてくれたからなんだろうね」
テヴァはふうん、とだけ返したが、おばさんが目を輝かせるくらいの偉大さは、いまいち感じられなかった。
それから何年経とうと、雨の降る日には、あの父が切られた瞬間を思い出してしまうのだ。
どうにかして払拭するため、テヴァはおばさんに頼み込み――借金をする形で――十三歳でケセド都心の学校に行かせてもらった。
そこでイェソド教会のことや、魔物化現象のこと、赤眼のこと、それから日々使っている魔導兵器のことを勉強した。
魔物化のことを、適当な知識で受け流して生活することができなかったのだ。
自分の知らない世界がこんなにもあったなんてと、知れば知るほど育った村の小ささを思い知ったのであった。
そしてようやく痛感した。
その小さな村を治しに来てくれた救世主は、あの雨に打たれても走り続け、自分を庇って血を流した聖人だったのだ。
「なんてこった……」
自分はなんて酷い言葉を、彼に放ってしまったのだろうか。
一緒にいた金髪の少女が、自分を怒鳴りつけたことを今になって納得できた。
悲しい記憶だったはずの彼への思いは、調べれば調べるほど尊敬に変わり、テヴァはあの人に近づきたいと、一層勉学に励むようになった。
どうにかして彼に一言、謝りたいと思った。
イェソド都に行ったところで、多忙な彼には簡単に会わせてもらえないだろう。
手紙で謝罪をとも思ったが、いざ書いてみると、自分の文章の拙さも相まって、伝わりきらなかった。
「祓い師に会いたいなら、祓い師になればいいのか」
教会職を調べていた時、テヴァはふとそんなことを思いついた。単純な話だ。なぜ今まで気づかなかったのだろう。
テヴァは学校を卒業した十五歳で、真っ先にイェソド都に向かった。教会で働きながら、おばさんにお金を返す。計画はばっちりだった。
ただ一つ、根本的な問題が欠けていたのを除けば。
「君は魔力が足りないな。祓い師にはなれない」
試験官にそう言い放たれて、テヴァはその場に呆然と立ちつくした。
「他の教会職は」と尋ねたが、テヴァの学と魔力量では、どの試験も受けることができなかった。
「地方の教会に勤めるなら……」
「そ、それだと意味が無いんす!」
門前払い状態のテヴァは、何もできないのだけは避けなくてはいけないと、毎日受付の相手が変わるたびに押しかけて交渉した。
そんなことを一週間近くした頃だろうか。そろそろ変な子がいると噂になってきた頃。
その日も同じように受付が替わるタイミングを見計らっていた時、テヴァの横を『彼』が通った。
青い髪、紫の瞳、すらりとした立ち姿。目に映った瞬間、間違いないとわかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「あのっ……!」
声をかけるか判断する前に、体が飛び出していた。
「フラムマ様!」
いきなり押しかけた少年の呼びかけに、彼は驚きながらも立ち止まってくれた。
「あなたは……」
「お、俺!ケセド6−2地区のテヴァ・ナートゥーラって言います。フラムマ様に一言謝りたいと……」
「ケセド6−2――」
口元に手を当て、彼はなにか思い出したような顔をした。
よく見ると、彼の後ろにはあの時の金髪の少女もいた。
彼女は怪しいテヴァに怪訝そうな顔をしていたが、シャルへヴェットに先に戻っているように言われて、その場を去っていった。
さて、と彼に連れられて近くの
「先に謝らせてください。俺、村を助けてくれたあなたに、酷いことを言いました。本当に申し訳ございませんでした……!」
あの時の自分は、この片膝を折り頭を下げる姿勢が、最敬礼だということすら知らなかったのだ。
シャルへヴェットはテヴァに座るようになだめた。それから真正面に向き直して言った。
「あの時の少年ですよね、覚えています。テヴァという名前だったんですね」
覚えているという予想外の言葉に、テヴァはうろたえてしまう。
「ちゃんと生きていてくれてよかった……。私はあの時、あんな状況に置かれたあなたを、支えることまでできなかったから」
「……!俺、あの後、ちゃんと勉強したんす!フラムマ様がいかに大変なことをこなしているか、あの時の俺は無知でした。
あなたは一人でも多く生存者を残そうとしてた。あなたが謝る必要なんて一つもなかったのに!」
テヴァは拳を握りしめ、何度も申し訳ございませんでした、と謝罪した。
「あなたも謝る必要なんてない」
シャルへヴェットは頬笑みかけると、また真剣な眼差しに戻って続ける。
「私だってもっとやり方がありました。子供の目の前で、父親を切るようなことは絶対にすべきじゃなかった。力も余裕もなくて、周りが見えていなかった……」
「フラムマ様!」
卑下するシャルへヴェットを、テヴァは遮るようにして告げる。
「俺はあの時も今までも、ずっと他人のために命をかけられるあなたに憧れて、ここに来たんす!色んな勉強をすればするほどフラムマ様、すげぇって……。こんなすごい人にはなれないだろうけど、俺も誰かを助けられる存在になりたいって!」
「テヴァ……。ありがとうございます」
そう言ったあと、しばらく顔をそらしていたのは、きっと彼が他人に見せたくない顔をしていたからなのだろう。
彼の綺麗な横顔を見ながら、テヴァは言葉も忘れ、ぼんやりとそんなことを考えていたのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「そのあと俺が祓い師になれなくて困ってるっつー話をしたら、シャルへヴェット様がどうにかして従者の職に就かしてくれて……」
五人が囲むベッドで、テヴァは話し切った達成感で、持っていたアイスティーを飲み干した。
「本当にどうにかしたんですから。かなりいろいろなところに無理言って、二人目の従者をつけていただいたんですよ……」
シャルへヴェットがそう言うと、テヴァは手を合わせてすんません!と謝る。
「ただ、そんな気持ちでイェソドまで来てくれたことに、俺は感謝してもし切れませんでした。俺自身も、彼のことをどうにかしたいと思ってしまうくらい、テヴァは正直で、一生懸命なところが魅力的ですので」
「シャルへヴェット様ぁ」
彼の壮絶な過去に、テフィラーは今の状況を重ねて、ほっと強ばっていた表情をゆるめる。
「辛い出来事だったけど……愛ある素敵な関係に落ち着いたのは素晴らしいわね」
「そうっすよね!懐の深さが半端ねーつうか!」
「あなたもあなたで、仇だと思っていた相手を尊敬するまでに、見方を百八十度変えられたのもすごいわよ」
テフィラーの言葉にアディンも頷いた。
彼は感染地の被害者だったのに、ほかの感染地を尊敬する人ともに治しに回ることを選んだのだ。きっと自分なら、恐ろしくて、感染地の噂ですら怖がってしまうことだろう。
バノットの街を思い出し、震える足を押さえつける。もう赤い目なんて見たくない。
カナフもこの話には突っ込まず、聞き入っていたようだ。
「話したら眠くなってきたんで、俺は一抜けするっす」
テヴァは目の前の干肉をもう一片だけかじって、眠たげに目を擦りながら布団に潜り出した。テフィラーが、おやすみの代わりに声をかける。
「貴重な話をありがとう、テヴァ」
「テ、テフィラー様にお礼なんて言われたら、光栄すぎて目が覚めちまうっすよ!」
「早く寝ろ」
やっといつもの調子でカナフが突っ込むと、テヴァは「うっせ!」と吐いて再び布団の中に戻っていった。
このあとはアディンの知っていた雪国の豆知識や、テフィラーの営業の話なんかをだらだらとする会となった。
手元のつまみがなくなったところで、一行は眠りについたのだった。