第二章:紫眼の目的

「僕、診療所に戻ったら、一度レフアーさんに色んなこと詳しく聞いてみるよ」

 無言の空気が苦しかったので「カナフとも、ちゃんと考えるって話したばっかで」などと話を続ける。 

「ありがとうございます。変な話を信じてくれて」

 シャルへヴェットは目を細めた。

「正直、こんな話をしても『月の王』に心当たりがなければ、真剣に聞いてくれないんじゃないかと思ってました」

 それはまあ……たしかに。と心の中で同意してしまったが、自分が世間知らずだったのが変にラッキーだったというか。
 まんまと知らない話は全て、素直に聞き入れてしまった。

「信じてはいるけど、まだちょっと実感ないな……」
「そうですよね。無理に俺の希望に沿う必要はありません。その時はその時で、別の方法を考えます」


 ほとんど灯りもなくなった波止場まで差し掛かり、「戻りましょうか」とシャルヘヴェットは踵を返す。
 いつのまにか荒々しかった海面は、夜の静けさに包まれるかのごとく、落ち着いてきていた。
 どのくらいの時間を歩いたか定かでは無いが、とてつもなく長い間、話を聞いていた気分だった。

「また日を改めて、アディンが協力してもいいとなったら、細かい話をさせてください」
「う、うん!」構えるような返事をするアディンに、シャルヘヴェットは「強制ではありませんからね」と念を押す。

 アディンも彼に続いて歩き出そうとした時、曲がり角から小走りで現れたテヴァと鉢合わせした。

「わ!」とアディンが思いがけず、大きな声を上げる。

「うお、シャルへヴェット様!……と、アディン」
「おや、テヴァ。こんな時間に走り込んでたんですか?」
「ッス」

 汗ばんだ額を拭って、テヴァは二の腕の真ん中あたりまで袖を捲り上げる。
 長く息を吐きながら腿を伸ばすと、彼は呆れた顔でアディンに言った。

「お前のデケェ声が廊下から聞こえてきて、皆起きちまったんだよ。部屋の男女比がいたたまれねーから軽く走ってた」
「えっうそ!ご、ごめん……!」
「まあ……慣れない土地で目ぇ覚めると、なかなか寝付けねーもんだよな」

 はあ、と何度かため息を混ぜながらそう言うテヴァに、シャルへヴェットが一つ提案した。

「皆眠れないなら、せっかくの同室ですし、長い夜を楽しみましょうか!」
「え、なんすか?」

 テヴァもアディンもよくわからないまま、シャルへヴェットの買いものにつきあい、荷物を引き下げ宿に戻った。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「なんですかぁ!その美味しそうな匂いたち!」

 部屋に戻ると、真っ先に鼻の効くカナフが持ち物に興味を示した。
 本当に皆を起こしてしまっていて、アディンはごめんと、改めて謝る。自分が五人部屋などと無茶なことを言った手前、非常に気まずい。

「ちょっとした夜食です。眠れない人はつまみながら、小声で話でもしましょう。夜はテンション上がりますからね」

「俺だけ?」と一瞬不安げに聞き返したシャルへヴェットに、テフィラーが同調する。

「私も昔はよく、眠れない時に細かいパズルを組み立てたわ。眠くなりそうだと思って始めるのに、どんどん楽しくなって冴えてきちゃうのよね。あれなんなのかしら……」
「へへへ、何買ってきたんですかぁ〜」

 カナフが隣でわくわくと袋を開け始める。小さなテーブルが中央に寄せられ、そこに芋やナッツ、魚や肉の干物が並んだ。

「おつまみじゃないですか!」
「でも酒は買ってねーんだぜ」と勿体なさげにテヴァはシャルヘヴェットを見るが、
「飲める人が限られてしまうでしょう?」との理由で断念したようだった。

 物色しながら並べるカナフに、夜中は脂っこいものは避けた方がいいかなと思って、と一緒に品を選んだアディン。変なところで気を遣った結果がおつまみだらけである。
 人数分の飲み物もテーブルに並べ、各々が好きなものを手に取った。

「ちなみに何すかこれ?雑談会っすか?」
「何の……会ですかね」
「そこ無計画なんすか!?」

 いざ話を始めようとして何も考えていなかったシャルへヴェットに、横に腰掛けるテヴァが突っ込む。
 それを聞いて、テフィラーが小さく手を挙げた。

「それなら質問してもいいかしら?」

 皆が目を向けると、再び彼女は口を開く。

「そもそも教会員の御三方は、どういう経緯で教会に勤めることに?なんとなく興味があって」

 三人はちらりと顔を見合わせ、初めにカナフが答えた。

「私は前にお話しした通り覚えてはないんですが、元の仕事を引き続きやらせていただけるなら、誠心誠意臨みますって感じですねっ!」
「カナフは古代語も知ってたし、頭いいよね」

 アディンが横から加えると、カナフは突然の割り込みに目をまん丸くしてから、恥ずかしそうに頭を掻く。そこにたたみかけるように、シャルへヴェットがカシスジュースを一口飲み込んでから加えた。

「カナフは古代語検定も、魔法学試験も、護身術の最高帯も、全て合格してイェソドに来てますからね……。大人でも滅多にそんな人いません」

 突如経歴を並べられて、それが詳しくなくてもわかるすごさにギョッとした一同なのだが、一番ギョッとしているのは本人のようだ。
 そんな様子をお構いなしに、シャルヘヴェットはさらにオマケをつける。

「しかも来たのは八歳の時。当時、飛び級して入っていた神学専攻の学校を辞めて、今の職に就任したんですよ。俺は初め、こんなに頭のいい相手にどう指示を出していいかわからなかったです」
「え、頭いいとかじゃなくて天才の域じゃない……。すごいを通り越して怖いわね」
「ひゃ〜っ、テフィラーさん若干引いてませんか!?ベ、ベタ褒め慣れない!恥ずかしい!ありがとうございますっ」

 これに至ってはテヴァも実力を認めているようで、けっ、と目を逸らすだけで、何も口を出して来なかった。

「シャルへヴェット様は、イェソドに来る前は街を転々としながら、赤眼を治して宿を借りてたって言ってましたよね!」

 カナフは顔を赤くしてオレンジソーダを煽ると、シャルへヴェットに話を投げる。

「そうです。イェソド教会が噂を聞いて声をかけてきたので、これはチャンスだと思って。信仰心もなくて罰当たりな感じがしますが」
「じゃあ、かなりイェソド教会との付き合いは長いのね」
「そうですね……十数年、身を置かせてもらえてるのでありがたい限りですよ。その分、色々腐った部分は知っているんですが、それでも教皇様が本当に慈悲深い方なんです」

 教会の闇も気になったが、そこは後で聞くとしよう。

「俺は田舎から祓い師になるために、上京して来たっすよ!」

 テヴァが胸を張ったところで、向かいのカナフが吹き出す。

「でも体内魔力量的に祓い師なんて論外で、かと言って勉強できるわけじゃない、ただの剣振れる脳筋だったけど……!」
「テメェ、頭で勝てるからって馬鹿にしてんじゃねぇぞ!」

 シャルヘヴェットに「静かに」とジェスチャーでなだめられ、二人はそっと声のボリュームを落とす。
 そういえば魔力を感知できるレアな人が、祓い師になれるとか言っていた気がする。
 テフィラーが単純な疑問でさらに棘を刺した。

「どうして魔法が得意ってわけでもないのに、祓い師を目指したの?」

 シンプルにダメージを受けながら、テヴァは口に含んでいた干し肉を飲みこんで、真剣な面持ちで返答した。

「俺はシャルへヴェット様リスペクトなんで!」

 ちゃんと興味があるか、テフィラーの様子を確かめてからテヴァは続けた。

「少し長くなっちまいますけど、よかったら俺の昔の話から聞いてほしいっす」
「ええ、ぜひ聞かせてほしいわ。夜は長いんだから」

 テフィラーの微笑みに胸を押さえながら、テヴァは語り出した――。
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