第二章:紫眼の目的
「アディン、『月の王』という単語に聞き覚えは?」
シャルヘヴェットは唐突に話題を切り替えた。切り替えたというより、戻した。
「実はさっきのあれと、関係があるんですが……」
「聞いたことないな」
素直なさらりとした返答に、うーんとシャルヘヴェットは顎を撫で、空を仰ぐ。ぽくぽくと石段をゆっくりブーツで下る音は、唸りと共にさらに間が空いた。
「では、変な声が聞こえたりとかは?」
おかしな問診を受けているみたいだ。そう思ったら笑えてきたが、どう見てもふざけた様子ではない。顔が緩まないように、ムッと口元に力を込める。
「聞いたことなさそうですね」そんなことをしていたら、先に言われてしまった。
シャルヘヴェットは残りの三段を足早に降りると、アディンを見上げる。
「アディンには、さっきの俺と同じような、紫眼 が取り憑いています。それが一族を追放された理由です」
「え」
はっきり言われたはずなのに、アディンは何がなんだかさっぱりだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
――かつて、この世界の下には、そっくりな地形をした別の世界があった。
太陽の国と、月の国という二つの国が協力し合って暮らしていたが、
ある時、相手国の力を利用しようと目論む者が現れ、国同士は争いを始めた。
魔法に長けたその世界は、次々に自国を守るための魔導兵器を生み出した。しかし過激になっていくそれは、空気中の魔力を蝕んだのだ。
自然は大きく影響を受け、次第に大地は崩れ、空は雷を下す。
そうしてやっとその世界の人々は、自らが世界を崩壊させる一手を担ったことに、気がついたのだった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「すでに崩壊した世界……!?」
いつしか人の少ない海沿いに歩を進めていたアディンは、その突拍子もない昔話に唖然とした。
「そんな場所のこと、初めて聞いた」
「紫眼 しか知らない話です」
耳に再びぽくぽくと、シャルヘヴェットのブーツの鈍い音が響き始める。それと同時に、海の方から打ちつける、荒々しい波の叫びが耳にしつこく残った。
「俺たちの祖先であり、この世界に魔導兵器を伝えた紫眼 は、戦時中に国を見放してこの世界に逃げた、いわば裏切り者の集団なんです」
御伽噺のようなそれが、現実に繋がっていく不気味な感覚に鳥肌が立つ。
「え……。ああ、じゃあ、本当に別の世界の人間なんだ」と、わかっているようで信じられない話に、アディンは頭を押さえる。
「はい。それぞれの国の王たちは、自分たちの国の民に処分を下しにこの世界に来た。民たちが、同じ過ちを繰り返さぬよう」
身体を失った彼らは、これもまた長けた魔法の力によって、意識だけを上の 世界に送ったらしい。
その長い長い時の流れの中で、彼らは己の名すら忘却し、民を止めるという使命だけの念となった。
「こちらの世界に来ても、彼らには体がない。そこで、自国の血の流れる極めて抵抗力の低い子どもに、取り憑いたそうです」
「それが僕たちってこと……?と、取り憑いたって、そんな悪霊みたいな……」
「実態もないですし。赤眼が悪霊に取り憑かれたと表現されるのと、同じようなものじゃないですか?」
王様を容赦なく悪霊呼ばわりだ。シャルヘヴェットは苦い顔をしていた。
たしかに、その滅んだ世界の王様が自分に入り込んできて、それによって住処を追い出されたなら……一方的に被害をこうむっていると、言えなくもない。悪霊と言われれば悪霊か。
「我々が裏切り者の末裔だということを、俺は『日の王』から聞きました。紫眼 のこの世界に対して行おうとしている、企みも」
「シャルが、紫眼 に間違ってるって訴えようとしてるのは、その王様のため?」
「……いえ。彼の制裁が紫眼 に下らないようにするためですよ」
「んんん?」
さすがにもう脳がパンクだ。
この先も聞きたいが、聞いても理解できる気がしない。目が冴えていたはずなのに頭はぼうっとするし、心なしか視界もしょぼしょぼとする。(後から思えば潮風のせいだった)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「と、とにかく!」一度アディンはわかっていることを確認する。
「僕が追放されたのは、僕の中にその……すでに滅んだ世界の、『月の王』が入り込んでるからで。その人は、裏切り者の末裔の紫眼 たちに制裁?を与えようとしてる」
身振り手振り、忙しくアディンは続ける。
「それから、シャルはそれとは別に、紫眼 に間違ってるって言いに行きたい」
「そうです」
「制裁の理由も、正そうとしてる間違いも、よく分からないけど、でも」
「もしかして月の王がいないと、紫眼 たちに会いに行けない、とか……?」
自分で話しながら、点と点が、ぴんと一本に繋がった。
「そういうことかぁ!」
推理小説ばりにひらめいた!と目を大きくして、アディンはシャルヘヴェットを仰いだ。
「シャルも日の王も、紫眼 に会いたいのは同じだもんね!?別に僕を探さなくても、会いに行けるなら会いに行ってるはずだよね」
急に饒舌に、かつ、ぶんぶん手を振り回しながら喋るアディンに圧倒されたのか、シャルヘヴェットは目をぱちくりとさせていた。
はっとして、アディンは口元を暴れていた手で覆う。一間おいて、シャルヘヴェットが、ぱっと笑顔になった。
「そうです!その通り」
その声色に、アディンはほっと胸を撫で下ろす。
「つまり、僕を探してたっていうより、『月の王を探してた』……だよね」
自分自身に重大な責任はなかったのだと安心したかったのだが、大きく頷きづらい聞き方をしてしまったらしい。
シャルヘヴェットは、うーんとだけ言って、にこりとしたまま少し首を傾けた。
アディンは慌てて次の言葉を投げかける。
「でも肝心の月の王っていう人を、僕は知らないよ」
「そのようですね……」
また、重苦しい空気が流れ始める。
せっかく潤した喉がまた乾いてきた。
シャルヘヴェットは唐突に話題を切り替えた。切り替えたというより、戻した。
「実はさっきのあれと、関係があるんですが……」
「聞いたことないな」
素直なさらりとした返答に、うーんとシャルヘヴェットは顎を撫で、空を仰ぐ。ぽくぽくと石段をゆっくりブーツで下る音は、唸りと共にさらに間が空いた。
「では、変な声が聞こえたりとかは?」
おかしな問診を受けているみたいだ。そう思ったら笑えてきたが、どう見てもふざけた様子ではない。顔が緩まないように、ムッと口元に力を込める。
「聞いたことなさそうですね」そんなことをしていたら、先に言われてしまった。
シャルヘヴェットは残りの三段を足早に降りると、アディンを見上げる。
「アディンには、さっきの俺と同じような、
「え」
はっきり言われたはずなのに、アディンは何がなんだかさっぱりだった。
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――かつて、この世界の下には、そっくりな地形をした別の世界があった。
太陽の国と、月の国という二つの国が協力し合って暮らしていたが、
ある時、相手国の力を利用しようと目論む者が現れ、国同士は争いを始めた。
魔法に長けたその世界は、次々に自国を守るための魔導兵器を生み出した。しかし過激になっていくそれは、空気中の魔力を蝕んだのだ。
自然は大きく影響を受け、次第に大地は崩れ、空は雷を下す。
そうしてやっとその世界の人々は、自らが世界を崩壊させる一手を担ったことに、気がついたのだった。
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「すでに崩壊した世界……!?」
いつしか人の少ない海沿いに歩を進めていたアディンは、その突拍子もない昔話に唖然とした。
「そんな場所のこと、初めて聞いた」
「
耳に再びぽくぽくと、シャルヘヴェットのブーツの鈍い音が響き始める。それと同時に、海の方から打ちつける、荒々しい波の叫びが耳にしつこく残った。
「俺たちの祖先であり、この世界に魔導兵器を伝えた
御伽噺のようなそれが、現実に繋がっていく不気味な感覚に鳥肌が立つ。
「え……。ああ、じゃあ、本当に別の世界の人間なんだ」と、わかっているようで信じられない話に、アディンは頭を押さえる。
「はい。それぞれの国の王たちは、自分たちの国の民に処分を下しにこの世界に来た。民たちが、同じ過ちを繰り返さぬよう」
身体を失った彼らは、これもまた長けた魔法の力によって、意識だけを
その長い長い時の流れの中で、彼らは己の名すら忘却し、民を止めるという使命だけの念となった。
「こちらの世界に来ても、彼らには体がない。そこで、自国の血の流れる極めて抵抗力の低い子どもに、取り憑いたそうです」
「それが僕たちってこと……?と、取り憑いたって、そんな悪霊みたいな……」
「実態もないですし。赤眼が悪霊に取り憑かれたと表現されるのと、同じようなものじゃないですか?」
王様を容赦なく悪霊呼ばわりだ。シャルヘヴェットは苦い顔をしていた。
たしかに、その滅んだ世界の王様が自分に入り込んできて、それによって住処を追い出されたなら……一方的に被害をこうむっていると、言えなくもない。悪霊と言われれば悪霊か。
「我々が裏切り者の末裔だということを、俺は『日の王』から聞きました。
「シャルが、
「……いえ。彼の制裁が
「んんん?」
さすがにもう脳がパンクだ。
この先も聞きたいが、聞いても理解できる気がしない。目が冴えていたはずなのに頭はぼうっとするし、心なしか視界もしょぼしょぼとする。(後から思えば潮風のせいだった)
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「と、とにかく!」一度アディンはわかっていることを確認する。
「僕が追放されたのは、僕の中にその……すでに滅んだ世界の、『月の王』が入り込んでるからで。その人は、裏切り者の末裔の
身振り手振り、忙しくアディンは続ける。
「それから、シャルはそれとは別に、
「そうです」
「制裁の理由も、正そうとしてる間違いも、よく分からないけど、でも」
「もしかして月の王がいないと、
自分で話しながら、点と点が、ぴんと一本に繋がった。
「そういうことかぁ!」
推理小説ばりにひらめいた!と目を大きくして、アディンはシャルヘヴェットを仰いだ。
「シャルも日の王も、
急に饒舌に、かつ、ぶんぶん手を振り回しながら喋るアディンに圧倒されたのか、シャルヘヴェットは目をぱちくりとさせていた。
はっとして、アディンは口元を暴れていた手で覆う。一間おいて、シャルヘヴェットが、ぱっと笑顔になった。
「そうです!その通り」
その声色に、アディンはほっと胸を撫で下ろす。
「つまり、僕を探してたっていうより、『月の王を探してた』……だよね」
自分自身に重大な責任はなかったのだと安心したかったのだが、大きく頷きづらい聞き方をしてしまったらしい。
シャルヘヴェットは、うーんとだけ言って、にこりとしたまま少し首を傾けた。
アディンは慌てて次の言葉を投げかける。
「でも肝心の月の王っていう人を、僕は知らないよ」
「そのようですね……」
また、重苦しい空気が流れ始める。
せっかく潤した喉がまた乾いてきた。