第二章:紫眼の目的

 依然、廊下は暗く静かで張り詰めた空気が漂っていたが、目の前にいる男に、すでに奇妙さはなかった。
 アディンは、もじ、と両手の指を擦り合わせて唾を飲む。

「シャル、だよね?」

 訳のわからない質問だと、内心で混乱しつつも上目で伺うと、シャルヘヴェットはバツが悪そうに、目を逸らした。

「俺は……はい。間違いなくシャルヘヴェット・フラムマで合ってます」と、シャルヘヴェットはよれた服の裾をはたいてから、もう一度アディンを目す。

「先ほどのあれ・・は、別の紫眼クリファです」
「……」
「アディンに対して、はぐらかす気はないのですが、説明が厄介でして……」

 やはり、というのは変な言い方だが、感覚的に感じた別の誰かの気配は、正しかったらしい。
 イマイチはてなを浮かべたまま固まるアディンに、シャルヘヴェットは短い息を吐いて、乱れた髪を耳にかけ直すと尋ねた。

「目が覚めてしまいましたか?」

 ここが廊下なのを思い出し、立ち話をしている状況に、アディンも反射的に苦笑いを浮かべた。

「う、うん。寝付けそうになくて……よかったらベッド使う?」

 アディンの提案をやんわりと遠慮してから、シャルヘヴェットは廊下の先を指さす。

「今夜は月が明るいですし、少し外を散歩しませんか?」

 よく見ると廊下の先に、ぽつんと控えめな窓がある。
 指先の月は煌々と輝いていた。

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 湿度の高い空気が肌にぺたりと纏りつき、気温の割に、あまり寒さは感じられない。まだ灯りのついた店ばかりで、都心の夜の明るさを実感する。
 昼間にテフィラーが、夜は散歩でもして過ごすと言った意味がわかった。

 シャルヘヴェットは手頃な店を見つけると、両手にカップを持って戻ってきて、アディンにホットミルクかホットジンジャーかを選ばせてくれた。
 ミルクを受け取ってひと口すすると、鼻の先がつんと熱くなる。

「夜中に外で飲むあたたかい飲み物は、格別ですよね」
「ん……風も気持ちくて、すごくおいしい。昼とはまた違った賑わい方で、面白いね」

 味わってはいながらも、何度もちょっぴり口をつけては離し、忙しないアディンの仕草を横目に、シャルヘヴェットは先に「すみません」と謝った。

「驚かせてしまったでしょう、さっきの」

 どこまでどう聞いていいのかわからず、気になっているのを隠していたつもりだったが……バレバレだったらしい。

「びっくり……したけど、その、変なこと言ってもいい?」

 また少しミルクをすすると、コップを指先で擦る。

「僕、その人と会ったの、初めてだよね?」
「……?初めてだと思いますが……」
「シャルと会ったのも今回が初めて?」

 シャルヘヴェットも、右手でつまんでいるカップを一口流し込む。

「初めてですよ。強いて言うなら、赤ん坊のアディンになら会ったことはありますけれど」
「そうだよね……ご、ごめん変な事聞いて」

 変な話は終わりに、とアディンは残りのミルクを飲み干した。しかし、シャルヘヴェットはまだ不思議そうにしている。

「どこでそう感じたんです?あれ・・を見抜いたところを見ると、アディンには鋭い勘があるんじゃないかと思いますが」

 どこでだったかな。
 いざ聞かれるといつ何を見てそう感じたか忘れてしまったが、さっき感じた違和感と、どこかで感じた会ったことのある感覚が、意識の中で不意に紐づいたのだ。

「ごめん。思い出せない」

 この数日の目まぐるしい出来事を辿り始めると、なんだか目眩がしてしまう。
 またシャルヘヴェットに謝らせてしまいそうな気を感じたので、アディンは先に「思い出したら言うね」と、にこりとして見せた。
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