第一章:魔物化現象
「初対面だというのに、なんでもかんでもいっぺんに話しすぎましたね……。ダメだな、はあ」
「おやすみなさい」と女性陣に挨拶を交わし部屋に入ると、シャルへヴェットが発した第一声がそれだった。
大人相手に失礼かと思いつつ、大丈夫だよとアディンは笑顔をつくる。
こんな動き回るのは近くの街に薬を届けにいく時くらいで、ベッドに腰を下ろすと、もうすぐにでも寝に入れそうだった。
ここ数日の疲労が一気に押し寄せてくる。
全身を包む教会の制服をきつそうに引き剥がしながら、シャルへヴェットは背を向けたまま、また尋ねた。
「お腹空きませんか、何か食べ物買って来ましょうか」
「ぼ、僕も見に行こうかな」
閉じかけていた目を慌てて擦って、アディンもハンガーにコートをぶら下げて身軽になると、靴紐を締め直す。
振り返ってシャルヘヴェットと目が合った時、アディンは何か違和感を覚えた。
なんか。
なんか会ったことがあるような。
いや、ちがうな。
「アディン?」
シャルヘヴェットに声をかけられ、アディンはハッとして立ち上がる。
もう動けないと思っていたのに、案外体は空腹の言うことを聞いてしまうのだった。
この人は自分が診療所で育った十六年間、どのように過ごし、今の地位まで辿り着いたのだろうか。
聞いていいものか、しかし聞いてしまったらもう彼の言う「協力」の道から後戻りできない気がして、上手く聞き出せない。
そんなアディンのもやもやを察したのか、シャルへヴェットは同じ紫の瞳を、静かにこちらに合わせてきた。
「大変な思いをした後だったのに、お願いごとをするなんて、配慮に欠けていましたね。ごめんなさい」
「う、ううん!僕が理解が追いつくのに時間がかかってるだけで……」
軽食屋で買った野菜サンドに、シャルへヴェットが肉とチーズも足してくれたので、ずいぶんと豪華な食事になってしまった。落とさないよう、しっかり抱えて歩く。
「ずっと会いたいと思っていたんです。単純に、同じ紫眼 の人に」
それが本当に嬉しそうな表情だとわかって、アディンもほっとした気持ちになる。
「実はレフアーさん……あ、診療所の医師に一度だけ、お前の目は特別だって言われたことがあったんだけど。いつも適当な人だし酔ってたから、変なこと言ってるなって、あまり深く考えなかったんだ」
「その方が、アディンを育ててくれたんですか?」
「うん、そう!レフアーさんていうんだけど、昔は王都で働いてたんだって。ちょっと人使いは荒いけど、頭はいいんだ」
「そうでしたか。いい人に巡り会えていたようで良かった。本当に……」
シャルヘヴェットは、手に持っているサンドをぎゅっと握りしめる。
「そのレフアーさんという方は、あなたのことが知れ渡ることで、あなたに悪い誘いが来ることを避けたのかもしれませんね。隠されていたら、会えないわけです」
隠されていた。そういうことなのかもしれない。
同じ紫の眼のシャルヘヴェットの存在を教えなかったのも、レフアーなりの対策だったのだろう。
自分は彼に拾ってもらえて、恐らく、かなり幸運だったのだ。
部屋に戻ると早速、分厚いサンドを頬張った。
「おいしい、すごくおいしい!」と、口をいっぱいにして感激しているのが可笑しかったのか、シャルへヴェットにふふっと笑われてしまった。
「ゲブラー都は、チーズが好評なんですよ」
彼はそういった知識をさっと入れてから、各地へ向かうそうだ。体を支えてくれるのは食だからと。
確かに、美味しいものは心が満足しているのを感じられて、良い。
「そうそう。アディンのくれた薬草のおかげで、だいぶ体調も楽になってきましたよ。ありがとうございます」
「本当!?良かった!触れると気にしちゃうかなと思って黙ってたんだけど、心配だったんだ」
「アディンはいい医師になれると思います」
シャルへヴェットも美味しそうに同じ内容のサンドを食しながら言う。
アディンは照れ隠しに残りの一口を押し込むと、
「ありがとう……!お、お風呂行ってくるね」
と、いそいそ部屋を飛び出した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
宿の風呂場に行くと、衣類乾燥機――という高速で衣類を乾かすことのできる魔導兵器――が設置されており、アディンは助かった!と脱いだ服を洗い、乾燥機に突っ込んだ。
「あれ、ボタンがいっぱいある」
タオル一枚でおろおろしていると、後ろから筋肉質な腕が伸びてきて、ここと、ここだ、とボタンを押してくれた。
乾燥機は動き出し、手で絞っただけの衣服を十秒も経たないうちにふんわりと乾かした。
「あ、ありがとうございます」
振り返った先の男は、体のあちこちに傷跡をつけたガタイの良い若者だった。
「おお。宿慣れしてねーとわかりづれぇよな、これ」
そう言いながら、彼は空いた乾燥機に自身の衣服をぽんぽんと投げ込む。その服に、アディンは見覚えがあった。
「あれ、イェソド教会の……」
「あん?」
男にじろりと睨まれた気がして、萎縮するアディン。
しっかりと目が合った途端、男はその目をかっ開くと、大きな声でああ!?と叫んだ。
「お前、紫の眼か――!?」
男の大声に圧倒されて、アディンはひくひくと表情筋を強ばらせながらも、なんとか頷く仕草をする。
男は真っ裸のまま、えっ、とか、はぁ!?とか、戸惑った様子でアディンの両肩を持つと、ガクガク揺らした。
「きっ、急に現れんじゃねえよ!」
「ご、ごめんなさい!?」
乾かしていたイェソド教会の制服がばさりと機械から吐き出され、男はせっせとそれを回収してかごに押し込む。
「ま、なんだ……!浴びながら話そうじゃねーか」
こ、怖い。
ぐいぐいとかけられた圧に、アディンは首を縦に振らざるを得なかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
宿の利用客は少ないのか、シャワー室は二人の貸切状態だった。壁で隣とは仕切られてこそいるが、顔が見えない状況に、アディンは余計に緊張してしまう。
隣のシャワー室から水の流れ落ちる音と共に、男の声がした。
「俺はイェソド教会に務めてる、テヴァだ。テヴァ・ナートゥーラ。二度は言わねえ」
既に二回言っているが、テヴァという男は気にせず続ける。
「お前、宿使ってるってことは、ここの住人じゃねーんだよな。ここには仕事で来たのか?」
「い、いや、急にゲブラー都に飛ばされて道に迷ってて……ネツァク都に戻る最中というか……!」
シャワーにかき消されないよう、アディンは少し声を張って返す。
「なんかよくわかんねー状況だけど、つまりここにはたまたま立ち寄ったっつーことだな」
「そ、そうです!」
「単刀直入に聞くけど、お前、アディン……なんだっけ?ピースだっけピアスだっけ?」
「ピウスです」
「そうだ!アディン・ピウスだ!そうなんだな!?」
いくら聞こえづらい状況と言っても、声のでかさには限度というものがある。テヴァはその響き渡る声のまま、さらに叫んだ。
「わけわからねーかもしれねぇが、俺はお前を探していてだな!」
「もしかして、シャルの仲間の人?」
アディンが尋ねた途端、テヴァは突然シャワーを止めると隣のアディンのシャワー室の扉を勢いよく開けた。
反射的にアディンは両手で体を隠す。
「うわぁ!?」
「お前っ……シャルってまさか、シャルヘヴェット様の事か!?」
なにか不味いことを言ってしまったのか。ものすごい形相でこちらを睨むテヴァに、アディンはなんと返したらいいのかわからない。
「お前……くそ、お前な!シャルヘヴェット様のことを、馴れ馴れしくそんな呼び方すんじゃねぇ!」
先程まで整髪料で持ち上がっていたテヴァの髪はぺたりと落ち着いていたが、その間から鋭い眼光がぎろりとこちらを捕らえている。
アディンが必死に何度も頷くと、テヴァは舌打ちと共に隣のシャワー室に戻った。
「ともかくだ。どこで会った?今シャルヘヴェット様はどこにいんだ」
「どこって……ええと、会ったのは3-2街ですけど、今は二階の部屋に……」
再び、アディンのシャワー室の扉が乱暴に開かれる。
「それを早く言え!風呂上がったら俺も連れてけ、いいな!」
「は、はい!」
なんだか怖い人に絡まれてしまった。アディンは心の中で悲鳴をあげながら、できるだけ急いで体を流した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
久々の洗いたての服で、とても気持ちがいい。
しかし、そんな気分に浸らせる隙を与えないテヴァの圧が、アディンの背中を襲っている。
部屋に戻ると、アディンは先にテヴァを通した。
「シャルヘヴェット様!」
扉が開かれて、ベッドの上で体を伸ばしていたシャルヘヴェットの動きがぴたりと止まる。
「おや、テヴァ」
「おや、じゃないすよ!」
どすどすと部屋に上がり込むと、テヴァは彼に寂しそうな顔で訴えた。
「ひどいじゃないすか!俺だけ置いて二人で現場行くなんて」
シャルヘヴェットはまた、おやおや、とすました返しをする。
「出発時刻になってあなたがいなかったので、やむを得ずです。一刻を争っているんですよ。当然でしょう」
「それは……そうっす。はい。す、すみませんっした」
騒がしいテヴァを瞬時に黙らせる様子を見て、シャルヘヴェットが偉い人なのだと、実感する。
そのアディンが後ろの方にいるのを見つけて、シャルヘヴェットはおかえりなさいと、笑顔で迎えた。
「た、ただいま」
「うちのテヴァがうるさくしましたね」
「ううん、親切に乾燥機の使い方教えてもらったし……」
「シャルヘヴェット様、ご報告っす」
テヴァは呼びかけて、シャルヘヴェットに向き直った。
「感染地の拡がりは、あの離れた3-2街だけで済んでたみたいす。普段外からあの街に行く人が少なかったんで、発見が遅れたそうで」
「町長は見つかりましたか?」
「いや、町長どころか……。完全に3-2街を捨ててどっかに逃げてるっすね、あれは。もう戻って来ねーでしょう」
唐突に人が変わったように仕事モードになったテヴァに、アディンは戸惑いを見せるが、同時にその切り替わりの様を、かっこいいとも思った。
「現場に残された町人たちは、町長が我々を呼んだと思っていたようですが……。いいでしょう、そこは明かす必要のないことです」
さらさらと取り出した手帳にメモを取ると、シャルヘヴェットは立ち上がった。
「さて、俺も風呂に行ってきますね」
「あっ、いってらっしゃいシャル……ヘヴェット」
アディンの言葉にシャルヘヴェットはぴくりと反応する。
「アディン……テヴァに変なこと言われました?」
「えっ」
「シャルでいいですからね」
そう囁かれながらぽんと軽く背を叩かれ、アディンは慣れないスキンシップに「ひゃい」と変な返事をしてしまう。
「テヴァ、くれぐれも喧嘩をふっかけたりしないように。二人とも、歳も近いんですから。仲良くしてくださいね」
ばたりと扉が閉まった部屋は、一層静かに思えた。
行かないで……という心の中の声は、シャルヘヴェットには届かなかったようだ。
アディンに一瞥をくれると、テヴァはけっと苦い顔をした。
「あの……テ、テヴァさんって呼んでいいですか」
アディンの怯え気味の質問に、テヴァは心底嫌そうに激しく首を横に振る。
「いーわけねーだろ!なんでシャルヘヴェット様にはシャルで、俺にはテヴァ『さん』なんだよ、気持ちわりぃ!敬語もやめろ!」
「はい!う、うん!」
涙目になりながら、アディンは早くこの状況を抜け出したいと、本気で考えていた。
「おやすみなさい」と女性陣に挨拶を交わし部屋に入ると、シャルへヴェットが発した第一声がそれだった。
大人相手に失礼かと思いつつ、大丈夫だよとアディンは笑顔をつくる。
こんな動き回るのは近くの街に薬を届けにいく時くらいで、ベッドに腰を下ろすと、もうすぐにでも寝に入れそうだった。
ここ数日の疲労が一気に押し寄せてくる。
全身を包む教会の制服をきつそうに引き剥がしながら、シャルへヴェットは背を向けたまま、また尋ねた。
「お腹空きませんか、何か食べ物買って来ましょうか」
「ぼ、僕も見に行こうかな」
閉じかけていた目を慌てて擦って、アディンもハンガーにコートをぶら下げて身軽になると、靴紐を締め直す。
振り返ってシャルヘヴェットと目が合った時、アディンは何か違和感を覚えた。
なんか。
なんか会ったことがあるような。
いや、ちがうな。
「アディン?」
シャルヘヴェットに声をかけられ、アディンはハッとして立ち上がる。
もう動けないと思っていたのに、案外体は空腹の言うことを聞いてしまうのだった。
この人は自分が診療所で育った十六年間、どのように過ごし、今の地位まで辿り着いたのだろうか。
聞いていいものか、しかし聞いてしまったらもう彼の言う「協力」の道から後戻りできない気がして、上手く聞き出せない。
そんなアディンのもやもやを察したのか、シャルへヴェットは同じ紫の瞳を、静かにこちらに合わせてきた。
「大変な思いをした後だったのに、お願いごとをするなんて、配慮に欠けていましたね。ごめんなさい」
「う、ううん!僕が理解が追いつくのに時間がかかってるだけで……」
軽食屋で買った野菜サンドに、シャルへヴェットが肉とチーズも足してくれたので、ずいぶんと豪華な食事になってしまった。落とさないよう、しっかり抱えて歩く。
「ずっと会いたいと思っていたんです。単純に、同じ
それが本当に嬉しそうな表情だとわかって、アディンもほっとした気持ちになる。
「実はレフアーさん……あ、診療所の医師に一度だけ、お前の目は特別だって言われたことがあったんだけど。いつも適当な人だし酔ってたから、変なこと言ってるなって、あまり深く考えなかったんだ」
「その方が、アディンを育ててくれたんですか?」
「うん、そう!レフアーさんていうんだけど、昔は王都で働いてたんだって。ちょっと人使いは荒いけど、頭はいいんだ」
「そうでしたか。いい人に巡り会えていたようで良かった。本当に……」
シャルヘヴェットは、手に持っているサンドをぎゅっと握りしめる。
「そのレフアーさんという方は、あなたのことが知れ渡ることで、あなたに悪い誘いが来ることを避けたのかもしれませんね。隠されていたら、会えないわけです」
隠されていた。そういうことなのかもしれない。
同じ紫の眼のシャルヘヴェットの存在を教えなかったのも、レフアーなりの対策だったのだろう。
自分は彼に拾ってもらえて、恐らく、かなり幸運だったのだ。
部屋に戻ると早速、分厚いサンドを頬張った。
「おいしい、すごくおいしい!」と、口をいっぱいにして感激しているのが可笑しかったのか、シャルへヴェットにふふっと笑われてしまった。
「ゲブラー都は、チーズが好評なんですよ」
彼はそういった知識をさっと入れてから、各地へ向かうそうだ。体を支えてくれるのは食だからと。
確かに、美味しいものは心が満足しているのを感じられて、良い。
「そうそう。アディンのくれた薬草のおかげで、だいぶ体調も楽になってきましたよ。ありがとうございます」
「本当!?良かった!触れると気にしちゃうかなと思って黙ってたんだけど、心配だったんだ」
「アディンはいい医師になれると思います」
シャルへヴェットも美味しそうに同じ内容のサンドを食しながら言う。
アディンは照れ隠しに残りの一口を押し込むと、
「ありがとう……!お、お風呂行ってくるね」
と、いそいそ部屋を飛び出した。
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宿の風呂場に行くと、衣類乾燥機――という高速で衣類を乾かすことのできる魔導兵器――が設置されており、アディンは助かった!と脱いだ服を洗い、乾燥機に突っ込んだ。
「あれ、ボタンがいっぱいある」
タオル一枚でおろおろしていると、後ろから筋肉質な腕が伸びてきて、ここと、ここだ、とボタンを押してくれた。
乾燥機は動き出し、手で絞っただけの衣服を十秒も経たないうちにふんわりと乾かした。
「あ、ありがとうございます」
振り返った先の男は、体のあちこちに傷跡をつけたガタイの良い若者だった。
「おお。宿慣れしてねーとわかりづれぇよな、これ」
そう言いながら、彼は空いた乾燥機に自身の衣服をぽんぽんと投げ込む。その服に、アディンは見覚えがあった。
「あれ、イェソド教会の……」
「あん?」
男にじろりと睨まれた気がして、萎縮するアディン。
しっかりと目が合った途端、男はその目をかっ開くと、大きな声でああ!?と叫んだ。
「お前、紫の眼か――!?」
男の大声に圧倒されて、アディンはひくひくと表情筋を強ばらせながらも、なんとか頷く仕草をする。
男は真っ裸のまま、えっ、とか、はぁ!?とか、戸惑った様子でアディンの両肩を持つと、ガクガク揺らした。
「きっ、急に現れんじゃねえよ!」
「ご、ごめんなさい!?」
乾かしていたイェソド教会の制服がばさりと機械から吐き出され、男はせっせとそれを回収してかごに押し込む。
「ま、なんだ……!浴びながら話そうじゃねーか」
こ、怖い。
ぐいぐいとかけられた圧に、アディンは首を縦に振らざるを得なかった。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
宿の利用客は少ないのか、シャワー室は二人の貸切状態だった。壁で隣とは仕切られてこそいるが、顔が見えない状況に、アディンは余計に緊張してしまう。
隣のシャワー室から水の流れ落ちる音と共に、男の声がした。
「俺はイェソド教会に務めてる、テヴァだ。テヴァ・ナートゥーラ。二度は言わねえ」
既に二回言っているが、テヴァという男は気にせず続ける。
「お前、宿使ってるってことは、ここの住人じゃねーんだよな。ここには仕事で来たのか?」
「い、いや、急にゲブラー都に飛ばされて道に迷ってて……ネツァク都に戻る最中というか……!」
シャワーにかき消されないよう、アディンは少し声を張って返す。
「なんかよくわかんねー状況だけど、つまりここにはたまたま立ち寄ったっつーことだな」
「そ、そうです!」
「単刀直入に聞くけど、お前、アディン……なんだっけ?ピースだっけピアスだっけ?」
「ピウスです」
「そうだ!アディン・ピウスだ!そうなんだな!?」
いくら聞こえづらい状況と言っても、声のでかさには限度というものがある。テヴァはその響き渡る声のまま、さらに叫んだ。
「わけわからねーかもしれねぇが、俺はお前を探していてだな!」
「もしかして、シャルの仲間の人?」
アディンが尋ねた途端、テヴァは突然シャワーを止めると隣のアディンのシャワー室の扉を勢いよく開けた。
反射的にアディンは両手で体を隠す。
「うわぁ!?」
「お前っ……シャルってまさか、シャルヘヴェット様の事か!?」
なにか不味いことを言ってしまったのか。ものすごい形相でこちらを睨むテヴァに、アディンはなんと返したらいいのかわからない。
「お前……くそ、お前な!シャルヘヴェット様のことを、馴れ馴れしくそんな呼び方すんじゃねぇ!」
先程まで整髪料で持ち上がっていたテヴァの髪はぺたりと落ち着いていたが、その間から鋭い眼光がぎろりとこちらを捕らえている。
アディンが必死に何度も頷くと、テヴァは舌打ちと共に隣のシャワー室に戻った。
「ともかくだ。どこで会った?今シャルヘヴェット様はどこにいんだ」
「どこって……ええと、会ったのは3-2街ですけど、今は二階の部屋に……」
再び、アディンのシャワー室の扉が乱暴に開かれる。
「それを早く言え!風呂上がったら俺も連れてけ、いいな!」
「は、はい!」
なんだか怖い人に絡まれてしまった。アディンは心の中で悲鳴をあげながら、できるだけ急いで体を流した。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
久々の洗いたての服で、とても気持ちがいい。
しかし、そんな気分に浸らせる隙を与えないテヴァの圧が、アディンの背中を襲っている。
部屋に戻ると、アディンは先にテヴァを通した。
「シャルヘヴェット様!」
扉が開かれて、ベッドの上で体を伸ばしていたシャルヘヴェットの動きがぴたりと止まる。
「おや、テヴァ」
「おや、じゃないすよ!」
どすどすと部屋に上がり込むと、テヴァは彼に寂しそうな顔で訴えた。
「ひどいじゃないすか!俺だけ置いて二人で現場行くなんて」
シャルヘヴェットはまた、おやおや、とすました返しをする。
「出発時刻になってあなたがいなかったので、やむを得ずです。一刻を争っているんですよ。当然でしょう」
「それは……そうっす。はい。す、すみませんっした」
騒がしいテヴァを瞬時に黙らせる様子を見て、シャルヘヴェットが偉い人なのだと、実感する。
そのアディンが後ろの方にいるのを見つけて、シャルヘヴェットはおかえりなさいと、笑顔で迎えた。
「た、ただいま」
「うちのテヴァがうるさくしましたね」
「ううん、親切に乾燥機の使い方教えてもらったし……」
「シャルヘヴェット様、ご報告っす」
テヴァは呼びかけて、シャルヘヴェットに向き直った。
「感染地の拡がりは、あの離れた3-2街だけで済んでたみたいす。普段外からあの街に行く人が少なかったんで、発見が遅れたそうで」
「町長は見つかりましたか?」
「いや、町長どころか……。完全に3-2街を捨ててどっかに逃げてるっすね、あれは。もう戻って来ねーでしょう」
唐突に人が変わったように仕事モードになったテヴァに、アディンは戸惑いを見せるが、同時にその切り替わりの様を、かっこいいとも思った。
「現場に残された町人たちは、町長が我々を呼んだと思っていたようですが……。いいでしょう、そこは明かす必要のないことです」
さらさらと取り出した手帳にメモを取ると、シャルヘヴェットは立ち上がった。
「さて、俺も風呂に行ってきますね」
「あっ、いってらっしゃいシャル……ヘヴェット」
アディンの言葉にシャルヘヴェットはぴくりと反応する。
「アディン……テヴァに変なこと言われました?」
「えっ」
「シャルでいいですからね」
そう囁かれながらぽんと軽く背を叩かれ、アディンは慣れないスキンシップに「ひゃい」と変な返事をしてしまう。
「テヴァ、くれぐれも喧嘩をふっかけたりしないように。二人とも、歳も近いんですから。仲良くしてくださいね」
ばたりと扉が閉まった部屋は、一層静かに思えた。
行かないで……という心の中の声は、シャルヘヴェットには届かなかったようだ。
アディンに一瞥をくれると、テヴァはけっと苦い顔をした。
「あの……テ、テヴァさんって呼んでいいですか」
アディンの怯え気味の質問に、テヴァは心底嫌そうに激しく首を横に振る。
「いーわけねーだろ!なんでシャルヘヴェット様にはシャルで、俺にはテヴァ『さん』なんだよ、気持ちわりぃ!敬語もやめろ!」
「はい!う、うん!」
涙目になりながら、アディンは早くこの状況を抜け出したいと、本気で考えていた。