第一話
翌朝、ハルキはいつもより少し早めに起きていたが、シュウが起こしに来るまでベッドの中にいた。
「おはようございます」
シュウが傍に来て挨拶するが、少し顔をしかめて、「うぅ」と小さく呟く。
「大丈夫?」
シュウの声が心配そうなものに変わったのをいいことに、ハルキは更に呟く。
「頭が痛い…」
「頭が痛い?大丈夫?他には?」
「…少し腹が、変な感じがして…気持ちが悪い」
「起き上がれる?」
シュウに手伝ってもらい、起き上がる、が。
「ッ…」
ふらりと身体が揺れ、ベッドに肘をついた。
「熱でもあるんじゃ…。しっかり」
「う…」
「大丈夫だからね、すぐエタンさんを呼ぶから」
シュウはハルキを再びベッドに寝かせ、しっかりと言い聞かせるように言った。
暫くしてエタンとシュウが慌てたように部屋に入ってきた。
「体調が悪いらしいが、どうしたんだ」
「う…あ、頭が痛くて…腹痛も…さっきは目眩もしたし、吐き気が…」
「医者を呼ぶ」
本当に焦った顔をして言うエタンの姿を見ていると笑ってしまいそうになるが、必死に堪え更に続けた。
「あ…なら、あんたの権力で名医を呼んでくれ…。こんなに体調が悪いのは初めてだ…苦しい」
「わかった。シュウ元帥、この辺りで一番腕のいい医者を連れてこい!」
シュウは急いで部屋を飛び出していった。エタンはエタンですぐにまた部屋を出て行き、数人の使用人を引き連れて戻ってきた。看病をさせるらしかった。
数時間後、シュウが戻ってきた。ハルキはずっと、あの彼でありますようにと願い続けていたが、その願いは叶ったようであった。シュウとともに入ってきたのは、白衣姿で医者カバンを持ったリュウだ。久しぶりに会えたことに歓喜しそうになるが、抑えた。
「元帥…この人が名医か…?」
ハルキがそう言った瞬間、リュウの表情が苦々しくなった。少しつらかったが、ハルキは知らない振りをした。
「ああ、ドクターリュウだ」
「…早速診察を始めましょうか」
今まで敬語で話す所なんて殆ど見たことがなかった。リュウは少し落胆した表情を浮かべている。
「…お、お願いします」
初めて診察してもらった時のように、ベッドの縁に座らせて、その正面、つまりハルキが隠れて見えない位置に自分も座る。聴診器を耳にかけ、「冷たいかもしれませんが」と、声をかける。その時、ハルキはこっそりポケットから小さく折ったスケッチブックのページを取り出した。リュウは最初はよく分からない表情をしていたが、それをそっと胸ポケットに入れて一瞬微笑むと、全てを理解したようだった。リュウは笑みをを浮べて目を合わせ、診察を続ける。
「あぁ…ちょっと苦しそうですね」
「どういうことだ」
「いえ、ああ、でも、心配ですので、毎日往診して経過を観察、というのがよろしいかと」
「そんなにひどいのか」
「死ぬような病気ではありませんが、風邪にしては少し…ああいえ。薬処方しておきますね」
心配にさせるように所々言葉を濁すリュウの話術にハルキは感心していた。
「ああ、頼む。死なれては困るんだ、死なれてはな…。毎日往診して様子を見ろ。金はやる。いくらがいい」
「そうですね、十万ほどいただければ」
ハルキは内心叫びそうになった。十万は自分たちに取っては高額だ。
「毎日二十万やる、だから毎日来て診るんだ。治るまでな」
「はい、勿論」
ハルキはもうなにも言えなかった。
その夜は使用人を付けて寝ろとうるさかったが、「一人じゃないとよく眠れない」と弱々しい声を上げると言うことを聞いた。作戦をするときは緊張していて、そのせいかとても疲れている気がしていた。しかし、リュウの声を聞いて安心したのも確かだ。優しくて心が休まるあの声を聞けて本当に良かったと少し泣きそうになったが我慢した。これからの作戦が大切なのだ。目を閉じて、頭のなかで少しずつ考えていくと、段々と眠気が襲い、眠ってしまった。
時は少し前に遡る。リュウはハルキの診察を終え、ユーヒの家に寄った。突然のエタンからの呼び出しで、ユーヒたちは驚いていた。そして、リュウが姿を見せると、無事だったか、ハルキはいたか、とその場の全員がまくし立てる。
「ちょっと、静かにして…。ハルキから手紙を預かってきたから」
ざわつきが一瞬で静かになった。リュウは胸ポケットから折り畳まれたスケッチブックの一ページを取り出す。それをゆっくり開くと、鉛筆で書かれた文字があった。
皆へ
心配をかけてごめんなさい。今は何とか生きているし、本当は体調は悪くないからそこは安心してください。知らないふりをしたのも作戦だからで、リュウ先生は驚いたかもしれません。すみません。連絡を取るために考えた方法で、突然のことだから戸惑っていると思います。自分のいる屋敷から逃げるために、連絡をとって色々と準備をしてもらいたくてこの方法にしました。
気付いていると思うけれど、エタンは僕をそっちに帰す気はさらさら無いみたいです。僕を人質に国を脅すつもりらしい。しかし、殆ど記憶については変わりはないので、どうしようもないのですが。
それと少年趣味もあるらしく、何故か気に入られています。でも、家族を人質に取っていうことを聞かせたりするらしいので、そうなることがあるかは分かりませんが、その時は気をつけてください。
取り敢えず僕は、エタンのもとから逃げ出したいと思っています。そのために協力して貰いたいのです。今日はそれだけ伝えられれば…。はやく帰って、皆の声を聞きたいです。
ハルキ
リュウはその手書きの文章をゆっくりと読み上げた。
「…とりあえず…無事なんだ…。リュウさんも、会ったんでしょう?」
「ああ。体調の悪いふりをしていたが、俺を見て微笑んできた」
ユーヒやジュンは安堵した様子で胸を撫で下ろした。
「連絡が取れて本当に良かった…。作戦には勿論協力する。だが…少年趣味って何てことだ!」
「おはようございます」
シュウが傍に来て挨拶するが、少し顔をしかめて、「うぅ」と小さく呟く。
「大丈夫?」
シュウの声が心配そうなものに変わったのをいいことに、ハルキは更に呟く。
「頭が痛い…」
「頭が痛い?大丈夫?他には?」
「…少し腹が、変な感じがして…気持ちが悪い」
「起き上がれる?」
シュウに手伝ってもらい、起き上がる、が。
「ッ…」
ふらりと身体が揺れ、ベッドに肘をついた。
「熱でもあるんじゃ…。しっかり」
「う…」
「大丈夫だからね、すぐエタンさんを呼ぶから」
シュウはハルキを再びベッドに寝かせ、しっかりと言い聞かせるように言った。
暫くしてエタンとシュウが慌てたように部屋に入ってきた。
「体調が悪いらしいが、どうしたんだ」
「う…あ、頭が痛くて…腹痛も…さっきは目眩もしたし、吐き気が…」
「医者を呼ぶ」
本当に焦った顔をして言うエタンの姿を見ていると笑ってしまいそうになるが、必死に堪え更に続けた。
「あ…なら、あんたの権力で名医を呼んでくれ…。こんなに体調が悪いのは初めてだ…苦しい」
「わかった。シュウ元帥、この辺りで一番腕のいい医者を連れてこい!」
シュウは急いで部屋を飛び出していった。エタンはエタンですぐにまた部屋を出て行き、数人の使用人を引き連れて戻ってきた。看病をさせるらしかった。
数時間後、シュウが戻ってきた。ハルキはずっと、あの彼でありますようにと願い続けていたが、その願いは叶ったようであった。シュウとともに入ってきたのは、白衣姿で医者カバンを持ったリュウだ。久しぶりに会えたことに歓喜しそうになるが、抑えた。
「元帥…この人が名医か…?」
ハルキがそう言った瞬間、リュウの表情が苦々しくなった。少しつらかったが、ハルキは知らない振りをした。
「ああ、ドクターリュウだ」
「…早速診察を始めましょうか」
今まで敬語で話す所なんて殆ど見たことがなかった。リュウは少し落胆した表情を浮かべている。
「…お、お願いします」
初めて診察してもらった時のように、ベッドの縁に座らせて、その正面、つまりハルキが隠れて見えない位置に自分も座る。聴診器を耳にかけ、「冷たいかもしれませんが」と、声をかける。その時、ハルキはこっそりポケットから小さく折ったスケッチブックのページを取り出した。リュウは最初はよく分からない表情をしていたが、それをそっと胸ポケットに入れて一瞬微笑むと、全てを理解したようだった。リュウは笑みをを浮べて目を合わせ、診察を続ける。
「あぁ…ちょっと苦しそうですね」
「どういうことだ」
「いえ、ああ、でも、心配ですので、毎日往診して経過を観察、というのがよろしいかと」
「そんなにひどいのか」
「死ぬような病気ではありませんが、風邪にしては少し…ああいえ。薬処方しておきますね」
心配にさせるように所々言葉を濁すリュウの話術にハルキは感心していた。
「ああ、頼む。死なれては困るんだ、死なれてはな…。毎日往診して様子を見ろ。金はやる。いくらがいい」
「そうですね、十万ほどいただければ」
ハルキは内心叫びそうになった。十万は自分たちに取っては高額だ。
「毎日二十万やる、だから毎日来て診るんだ。治るまでな」
「はい、勿論」
ハルキはもうなにも言えなかった。
その夜は使用人を付けて寝ろとうるさかったが、「一人じゃないとよく眠れない」と弱々しい声を上げると言うことを聞いた。作戦をするときは緊張していて、そのせいかとても疲れている気がしていた。しかし、リュウの声を聞いて安心したのも確かだ。優しくて心が休まるあの声を聞けて本当に良かったと少し泣きそうになったが我慢した。これからの作戦が大切なのだ。目を閉じて、頭のなかで少しずつ考えていくと、段々と眠気が襲い、眠ってしまった。
時は少し前に遡る。リュウはハルキの診察を終え、ユーヒの家に寄った。突然のエタンからの呼び出しで、ユーヒたちは驚いていた。そして、リュウが姿を見せると、無事だったか、ハルキはいたか、とその場の全員がまくし立てる。
「ちょっと、静かにして…。ハルキから手紙を預かってきたから」
ざわつきが一瞬で静かになった。リュウは胸ポケットから折り畳まれたスケッチブックの一ページを取り出す。それをゆっくり開くと、鉛筆で書かれた文字があった。
皆へ
心配をかけてごめんなさい。今は何とか生きているし、本当は体調は悪くないからそこは安心してください。知らないふりをしたのも作戦だからで、リュウ先生は驚いたかもしれません。すみません。連絡を取るために考えた方法で、突然のことだから戸惑っていると思います。自分のいる屋敷から逃げるために、連絡をとって色々と準備をしてもらいたくてこの方法にしました。
気付いていると思うけれど、エタンは僕をそっちに帰す気はさらさら無いみたいです。僕を人質に国を脅すつもりらしい。しかし、殆ど記憶については変わりはないので、どうしようもないのですが。
それと少年趣味もあるらしく、何故か気に入られています。でも、家族を人質に取っていうことを聞かせたりするらしいので、そうなることがあるかは分かりませんが、その時は気をつけてください。
取り敢えず僕は、エタンのもとから逃げ出したいと思っています。そのために協力して貰いたいのです。今日はそれだけ伝えられれば…。はやく帰って、皆の声を聞きたいです。
ハルキ
リュウはその手書きの文章をゆっくりと読み上げた。
「…とりあえず…無事なんだ…。リュウさんも、会ったんでしょう?」
「ああ。体調の悪いふりをしていたが、俺を見て微笑んできた」
ユーヒやジュンは安堵した様子で胸を撫で下ろした。
「連絡が取れて本当に良かった…。作戦には勿論協力する。だが…少年趣味って何てことだ!」