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第一話

数週間後

「ハルキ、ご飯だよ」
ハルキの部屋の扉をノックして声をかけるが返事がない。
「ハルキー?体調悪いの?…入るぞ」
ジュンが入ってみると、ハルキは机に向かっていた。
「ハルキ、何してんの?」
後ろから鋭めに声をかけると、やっとハルキはぴくっと反応して振り返った。
「あぁ、ジュンさん…気が付かなくて」
「最近それ多いね。で、今何してたの?」
「絵を…」
「え、見せてよ」
「まっ、まだ完成してないので。完成したら見せるから…」
ハルキは慌ててスケッチブックを閉じる。
「そうか、じゃあ」ジュンは部屋の外へと促す。「出来てからのお楽しみ、ってこと?」
「そんな期待される程の画力じゃ…」


いつもの広間に入ると、いつものメンバーが集まっていた。
鍛冶師、医者、医者助手、情報屋、芸術家…。様々な職業、様々な格好で、広間は賑やかだ。
「おっ、ハルキ来たな!ジュースやるからこっちおいで」
「だって、呼んでるよ、ハルキ」
「行ってきます」


「うーん、ハルキ、髪、伸びたなぁ。そろそろ切ったらいいんじゃない?」
「いえ、気にならないし…前髪は長くないと落ち着かなくて」
「そう。体調はどう?」
「体調は…、元気」
「そっか、ならいいや。今は、絵を描いてるんだって?進んでる?」
「まあ…。完成したら見せます」
「おー、楽しみ」
その時、ジュンが手紙をもってハルキの元へとやってきた。
「ジュンさん、そんな顔で、どうしたんですか?」
ハルキが不思議そうな顔で尋ねると、ジュンは手にしていた手紙をハルキに渡した。
「お前宛だぞこれ…しかも、署名がエタン…」
「エタン!?」
その場にいた者たちは一気に酔いが覚め、ユーヒはハルキに手紙を開けるよう指示した。

案内状

突然のお手紙申し訳ありません。
この国で長のような役目をしております、エタンと申します。
この町には慣れてこられた頃でしょうか。
楽しく過ごされていれば幸いと存じます。
さて、我々は毎月二十七日にパーティを開催しているのですが、今月につきましては、ハルキ様をお招きして開くことと致しました。
パーティは、今月二十七日の午後六時頃からを予定しております。
私どもで豪勢な料理などをご用意いたしますので、お気軽になくお越しください。
貴方様と楽しい時間を過ごせることを願っておりますので、お時間をいただけますよう、お願い致します。

ハルキ様
                                  エタン

「…パーティへの招待状…」
ハルキが呟くようにそう言うと、全員が絶句する。そして、コウが何とか言葉をつむぎだした。
「彼のパーティは、身分の高いというか…セレブのような人しか、呼ばれないはずじゃあ…そもそもね、エタンはこの地域の統治をしてる人で…」
ハルキも困った表情を浮かべる。
「そんなパーティなんか、僕が出られるわけない」
「…招待状を貰ったからには、行った方がいいよ」
冷静になったリュウが言った。
「来たばかりだし…記憶も無い。今のところユーヒさんたちと同じような身分なのに自分が…無理だ…人がたくさんいるのなんて。それに、国の長のような役目の方と、もしかして話さないといけないなんて…緊張する…」
ユーヒはハルキの肩に手を置いた。
「がんばれ」
ハルキの中で絶望の鐘が鳴り響いた瞬間だった。


「赤は嫌です」
「じゃあこっちにする?」
「白は似合わないですよ」
「じゃあこれは?」
「黄色って…死にそう」
「じゃあ何がいいんだよ」
ゴソゴソとクローゼットを漁るユーヒたち。ユーヒの十代の頃…つまりハルキくらいの身長だった頃の服ならいくつかあると言うことで、パーティ用に合うものを探しているのだった。しかし、ハルキはユーヒと違い、真っ赤や真っ黄色や白、ましてや桃色などの目立つような派手な色は好まないため、中々気に入らない。
「もっと地味な色は無いのか…?」
「地味な色ねぇ……お、こんなのは?臙脂色と紺があるけど」
「着てみたい、紺色の方」
やっとハルキが興味を示したのは、紺色のきっちりとした、まるで軍服に近いようなものだった。
「こんなんでいいんですか?」
ユーヒたちはそう言っていたものの、ハルキがそれを身につけると態度は一変した。
「おー、紺がよく映える」
「髪の色と近いからな、よく似合ってる」
「なんだ、大人みたいな顔して」
「してないです、リュウ先生」
ユーヒにも許可をもらい、パーティにはそれを着用して出かけることとなった。
「さてと、服も見つかったし、ちょっと休憩しよう。ハルキ、クローゼットにかけておいて」
「わかっりました」
ハルキはさっと元の服装に戻り、部屋に向かっていった。


「ハルキ、何飲む」
「あぁ…じゃあ、ホットコーヒー…ブラックを」
そう言ってリュウの隣に座ると、頭をわしわしと撫でられて、
「ブラックなんて、大人みたいなこと言って」
「別にそんなつもりじゃ…髪が乱れるから…それに、まだホットじゃないとブラックは無理です」
「おー、そうか。やっぱりそんなもんか」
背中を叩かれるのにも、慣れてきた。
「はい、ハルキ。ホットコーヒーのブラック」
「ありがとう、ユーヒ」
一口飲んで、息をつく。
「ハルキは地味な方が好みみたいですね。予想はしてたけど…」
「…赤や黄色なんて似合わない。黒や紺のがきっといいんです」
「いやいや、ジュンさんみたいにもっとやんちゃしたっていいくらいでしょう」
「15だ、そんな年齢じゃないし」
「そんなこと言わずに、20までは遊んでたらいいよ」
ユーヒとリュウは快活そうに笑った。つられてナオやコウも笑う。
「今の同年代の人たちみたいな趣味が無いから…」
「絵だって立派です」
「ユキさんみたいな絵はまだ自分には描けないので」
「いいんだよ、何か描いてればさ。完成したら見せてくれるんでしょ?」
「…う。だから、期待はしないでください」
「何描いてるんだろー興味あるなー」
「いつくらいに出来る?」
「分からないです…完成は、できたら、させる」
「そうか。欲しいもんあったら言えよ」
「大体ユキさんが貸してくれるから…でもありがとう、必要なときは言う」
ハルキは微笑んだ。


パーティ当日

「失礼、招待状を」
大きな屋敷の入口で、警備員らしい男に声をかけられる。
「あ…はい」
招待状を差し出すと、警備員はそれを確認し、
「ハルキ様ですね。どうぞ」
と、促した。
会場には着飾った男女が集まっていた。しかし、見覚えのない青年が気になるのだろう。ハルキをちらちらと見ては、何か囁き合っている。居心地が悪くなって、しかし、抜け出すことも出来ずにふらふらとしていた。
「あの、少しいいかしら?」
若めの、桃色のドレスの女性に声をかけられ、戸惑いつつも返事をする。
「な…何でしょうか」
「どちらの方?」
「あぁ…私、ハルキと申します。お声かけ感謝いたします。しかし、私は鍛冶屋に世話になっていて、身分が下であります故…」
「まあ、ご冗談を」
「そうでしたら…良かったのですが。砂漠で倒れていたのを、拾われまして」
「まあ」
「このような話など面白く無いでしょう。自分は身分は低いですし、貴女もそのように思われてはいけませんから…失礼」
女性に一礼して、ハルキは足早にその場を去った。人ごみの少ない所に出て、やっと一息つく。
(びっくりした…。まさか女性に声をかけられるとはな…。しかし、しっかりとマナーを覚えていて良かった)
そう思った時、すぐ正面に、人の気配を感じた。背は低めだが、歳はハルキの三倍程度であろう男だった。
「君が、ハルキくんかな」
その男は、優しげに微笑んだ。ハルキはその男がエタンだとすぐに確信した。
「はい」
「僕が、主催のエタンです。来てくれてありがとう」
「はい、お招きありがとうございます」
「そう固くならなくていいですよ。ああ、君」エタンはドリンクを持ったボーイを呼び止め、ジュースと酒を受け取る。「さぁ、どうぞ」
「お気遣いありがとうございます」
ハルキは、今までで一番の、愛想の笑顔を浮べてジュースを受け取った。
その際に、エタンが何か入れたのに、ハルキは気付かない。
「この町はどうですか」
「お陰様で、楽しく過ごさせていただいております」
「そう、それは良かった。パーティ、楽しんでいますか?」
「ええ、賑やかで。とても楽しいです」
「では、最後まで楽しんで行ってくださいね。何かあれば、ボーイや警備員に言ってくれればいい」
「はい、ありがとうございます」
「鍛冶屋に今は住んでいるんでしたね」
「ええ、町の人達は皆優しくて…」
「そうでしょう」
「しかし、自分のような者がこのような高貴なパーティにお招きされるとは思っておりませんでしたから、十分な服もなくて…」
「おや、それは申し訳なかった。そちらの服は?」
「友人から借用させていただいております」
「なるほど、そうでしたか。髪や瞳の色とよく似合っていますね」
「ありがとうございます」
「しかし、美しい色の髪ですね」
「ありがとうございます。しかし、このような場所では少し目立ってしまいますね」
「このように綺麗な髪は珍しいから、みなさんも興味があるのですよ。気にすることはないです」
「はい……」
ハルキは突然、目眩を感じた。ふと壁に手をついて体を支えるが、悪寒がする。
「どうされたんですか?」
エタンの声も、段々聞き取りづらくなってくる。
「体が…すみ、ません」
その場に座り込むが、意識が離れていく。ハルキが最後に見たのは、エタンの冷酷な笑みだった。

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