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第一話

次にハルキが目を覚ますと、隣にはナオ一人だけがいた。
「あ、起きた?」
「…ナオさん…」
「なに?」
「…ナオ…さん…」
「あ、起き上がる?水とか持ってこようか。それとも、何か食べる?」
やはり心配そうなナオ。その不安を打ち消そうと、ハルキはなるべく明るい声で返事した。
「いえ…おはようございます」
「おはよう。今、夜だけど。どう、ちょっとは元気でた?」
「はい、もう大丈夫…」
起き上がって、しかし、また頭痛がハルキの言葉を邪魔するのであった。
「おっと。無理しない」
「はい、ありがとうございます。…そうだ。前薬飲んで、どれくらい経ってますか…?」
ナオは腕時計を見て、
「午前10時頃に飲んで、今は夜の8時。10時間くらいかな。もうすぐご飯だよ」
「ご飯、ですか」
「食べられる?というか…食べたほうがいいよな。ここ、ユーヒの家だけど、皆が集まってご飯とかよくやってるの。起きられそう?」
「…ちょっと頑張ってみます」
ハルキはベッドから足を下ろし、立ち上がる。少し頭痛と立ちくらみを感じたが、ナオが少し支えてくれた。
「大丈夫?」
「はい」
ハルキは微笑んだ。
ナオも微笑み返し、扉の方に促した。


ハルキが連れて来られたのは、ざわつく大きめの部屋だった。広間といえるその室内には、眠る前に見たユーヒやジュン、コウやリュウの姿もある。
「お、ハルキ」
ビール片手に少し赤らんだ顔で声をかけてくるのはリュウである。
「リュウ先生…飲んでるんですか」
「んー、うまいよ?」
「いや、自分はいいです」
「ハルキー!こっち来て」
大きめの声で奥に呼ぶのはユーヒ。
「こっちに飲み物あるから。ほら、いまいくつ?」
「え、15…」
ユーヒは冷蔵庫を開けてゴソゴソと探った後、オレンジジュースの缶を出してハルキに手渡した。
「じゃ、これだ」
「ありがとうございます」
「そこら辺にあるの適当に食べて。今日は皆いるし、宴会っていうか、身内でパーティーみたいな感じで。まぁ、余計なことは何も気にしなくていいから」
ハルキを適当な席に座らせると、ユーヒはどこかへ行ってしまった為オレンジジュースの缶を開けて飲んでいると、隣に誰かが座った。
「あ…コウさん」
「コウでも構わないよ。ハルキくん、体調はどう」
「まぁまぁです。料理見たらお腹もすいてきたし」
「それはいい。食欲がないのはよくないし、食べないまま薬を飲むのはあまり良くないからね」
コウはそう言いながら適当に料理を取り分けてハルキの前に置いた。
「苦手なものってある?」
「特に…無さそうです。火が通っていれば大体大丈夫ですから。刺身とか生の魚介類は苦手なんですけど…」
「ここは海から結構離れてて、あまり魚介類は出回ってないから安心して。お金も少し高めでね…」
コウは苦笑いを浮べて、ハルキに料理を進める。
「大丈夫、美味しいから」
箸を手にし、出されたものを一口。
「…美味しい。…食べたことない味だけど…」
「良かった。ここ特有の料理だから、異国の人たちは賛否両論あるんだよね。気に入ってくれた?」
「はい、とても」
ハルキは至福そうな笑みを浮べている。
「だって、ナオくん」
「おー、そりゃ良かった」
「ナオさんが…作ったんですか?」
「まぁね!」
「ナオくんも上手だけどリュウさんもね。何でも出来るよ」
「そうだなぁ、医者に、料理に、あぁ、あと銃も出来るし」
「へぇ…凄い」
ドクターリュウはほとんどのことに長けているらしかった。


その後もドクターリュウの素晴らしさをユーヒやジュンが語り続け、気づかないうちに本人は眠ってしまって、コウとナオは節度を保ちつつハルキの傍でほろ酔い気分を味わっていた。
ナオはハルキにいろいろな話をした。この国の話、砂漠の話…その中で、ユーヒもハルキが倒れていた時のことを話した。
「…自分は…そんな記憶は無い…ただ、砂漠で、死ぬだろうなと考えたことだけは覚えていて…」
「それで、起きた時にはここだった?」
「…その前に、夢を…」
「夢?」
「何かの神が…僕は神に示されし者だと言ってきた…それに、仲間を探せとも」
「なるほど…」
「…神話かな?」
ナオがふとなにか思いついたらしかった。
「世界の神話の関連で、そのような文献があった」
しかし、考えたナオはしょんぼりとして、
「でも神話は、俺のトコにはあんまり無いんだよなぁ…」
と、つぶやくように言った。
「でも、できるだけ集めてみるよ」
「あ…はい、ありがとうございます」
「それで、これからどうするの?」
ふとナオが尋ねた。ハルキは、宴会を楽しみながらもずっとそれを考えていた。記憶がなく、自分がどこから来て、どこを目指していたかわからない。それなのにどうすればいいのだろう、と。
「僕の家に暫く住んだらどう?」
ユーヒはそう言って酒をあおった。
「え、でも…」
「迷惑じゃないよ。ここにいるみんなだって、もう泊まる気だし。勝手に来て寝泊まりしてく人多いし、今更一人増えても何も思わないから。あ、もちろんハルキのことは心配してるよ」
「ハルキだけ?」
「酷いなー」
ジュンとナオが茶化す。
「記憶無いとか相当キツイだろうから心配せざるを得ない」
ハルキは取り敢えず苦笑いで返しておいた。
「今寝てる部屋、今日からハルキの部屋ってことで」
「本当に良いんですか?」
「いいんだよ。まぁ、ゆっくりしてってください」
そう言って頭を撫でると、ユーヒはまた冷蔵庫へ向かった。
「うわ、まだ飲むのかユーヒ」
「リュウ先生みたいになっちゃうよ」
「いいだろ別に」
「もう、ユーヒくんはすぐ悪酔いするから」
「さ、ハルキくんは、ユーヒくんに絡まれると良くないから部屋戻ろうか」
「何だよ、良くないってコウさん!」
「さ、行って」
小さくコウに囁かれ、ハルキはそっと広間を抜けだした。


部屋に戻ったのはいいものの、すぐに寝る気にもならず時間をもてあましていた。机の上にある例のサファイアを眺め、光にかざしてみたりするくらいで、それもすぐに飽きてしまう。よく見ると机には引き出しがついていたので、少し気は引けたが、開けてみた。中に入っていたのは、メモ帳と、鉛筆や色鉛筆、鋏に糊、スケッチブックに折り紙、ペン…沢山の文房具だった。しっかりと見てみると、それぞれに”ユキ”と記名されている。
「ユキ…?」
と、その時、背にしていた扉が開いた。
「あれ、君は?」
小柄な少女が立っている。慌てて引き出しを閉め、「ハルキです」と早口に言った。
「あぁ、君がハルキくん…いいよ、写生用具取りに来ただけなの」
「写生用具…?」
「まぁ、芸術家というか。そういう仕事してるユキです」
「芸術家…!」
「芸術に興味がある?」
「絵を…描くのが好きで……え?」
”絵を描くのが好き”と、確かにそう言った。瞬間、ズキン、と強い頭痛に襲われる。
「う…」
「大丈夫?」
さっとユキが支えてくれる。
「大丈夫です、すぐ治りますから…」
掠れる声でそう言った。
「ベッドに、横になろうね」
ユキに促され、ハルキは顔を歪ませながらベッドに体を横たえた。

……”絵を描くのが好き”……

「絵が好きなら、今度描いてみたら?画材、何でも使っていいから」
「…はい…」
ユキは引き出しを開け、スケッチブックと鉛筆や画材を取り出して、部屋を出ていった。暫く横になっていると、痛みは和らいできた。
そんな時、丁度、コウが入ってきた。少し頬が赤く、饒舌で、
「ハルキくん、薬飲もうねー」
と笑う。
(酔ってる…)
覚束ない手で薬を取り出し、傍にあるコップに水を注いでいる。
「…コウさんのが、休んだほうが良さそうなのに…」
「え?」
「何でもないです」
そう言って、用意してもらった薬を飲んだ。
「また暫くすると、眠くなってくるかもしれないね。副作用があるから」
「あの眠気は…副作用だったのか…」
「さぁ、また横になって」
再び体をベッドに横たえ、ハルキは力を抜いた。
「もしかして、ユキさんに会った?」
「会いました…」
「なにか話を?」
「自分は…絵を描くのが好きだった…みたいで」
「本当?それは、思い出せたのかな?…良かった、一歩前進だ!」
「はい」
「リュウ先生が起きたらまた言っておくねー、ユーヒたちにも、もちろん」
コウは会ってから今までで一番やさしい笑顔を見せたのだった。


「コウ、ハルキは?」
悪酔いし過ぎて眠ってしまったユーヒの隣でナオが尋ねた。
「薬を飲ませて、そのまま寝ちゃったよ」
「そっか、良かった」
「もっといいことがあってね」
「え、何それー、聞きたい」
少し離れた所にいたジュンも寄ってくる。
「ハルキは、ちょっと自分のことを思い出したみたい」
「マジ!?どんなこと?」
「絵を描くのが好きだった…そう自分で言ったみたい。ユキに会って思い出したのかな」
「絵かぁ」ジュンは快活そうに笑った。「ちょっとでも思い出せたならいいや」
コウもいつもより機嫌がいいらしく、酒の力もあってか何か歌を口ずさんでいる。ナオもユーヒを介抱しながらコウの歌に入る。
この国の、国歌。
時にはジュンも加わって、男三人の明るい歌声が部屋中に響く。ハルキは、少し遠くに、心地よくそれを感じながら、段々と眠りに落ちていった。
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