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真選組に潜入して早二ヶ月。本日は非番のため、グレーの着流しに身を包み、のんびりと屯所内で過ごすことにした。道場で稽古を眺め、「見せもんじゃねーぞ!」なんていう同僚たちに茶々を入れたり、食堂でせっせとご飯の準備をしてくれている可愛らしい女中さんたちに「いつもご飯美味しいです」とお礼を言ったり、自由に過ごさせてもらっている。
庭で陽の光を浴びながらうーん、と大きく伸びをする。そしてここに来ることとなった日のことを思い出す。
松平公から依頼を聞いたとき、大きすぎるリスクになかなか首を縦に振ることができなかった。
「長くて半年くらいでいい。テロリストが潜伏している可能性があると情報が入った。このリストの奴らを見張ってほしい」
「いやいや、リスクでかすぎません?無理です」
真選組に潜入捜査。性別もあってバレたときのことを考えるといくらなんでも怖すぎる。鬼の副長とかいるんだよ?折檻されちゃうよ?悪いことばかり考えてしまい、寒気でぶるりと震えた。
「女であるお前さんに頼んだのは、おじさんなりのあえてのカモフラージュだ。あのむさっ苦しい真選組に、まさか女が潜入してるとは思うまい。日常に戻るときも、性別から偽っちまえば身元も割れづらい」
それっぽい理由を並べて来るけれど、いくらフリーランスとはいえ、仕事を選ぶ権利はある。何でもかんでも請け負っていたら身が持たない。さっさと断ってお偉いさん方に普通の護衛や密偵の仕事がないか聞き込みにいこう。もう一度しっかりとお断りするために、リストから視線を外し、目の前の依頼人を見つめた。すると、先に先方が口を開いた。
「おっと、断るのは報酬を聞いてからにしたほうがいい」
煙草の煙をふーっと吐き出し、にやりと口の端を上げた。
過去最高額だった。断れないよ!
そんなこんなで私はまんまと報酬に釣られてしまったのだ。とはいえ、不安ばかりだった真選組への男装潜入だが、割と上手くやれていた。気のいい連中ばかりだし、不便があることは松平公が上手いことフォローを入れてくれる。なんだか拍子抜けするくらい馴染めてしまっていた。
池の鯉が気持ちよさそうに泳いでいるのを見ていると、何やら騒がしい。通りすがった隊士たちの会話が聞こえてきた。
「なんで万事屋が来てんだ?」
「ゴリラのストーキングをやめさせないとあの女のストレスで俺が殺されちまうー!ってさ。局長逮捕するの嫌だよ俺」
確かにな、なんて笑う隊士たち。
万事屋……来てるんだ。思い浮かぶのは銀髪の侍。実は以前一度顔を合わせている。依頼人に依頼料を比較したいと私と万事屋の両方を呼び出され、万事屋にまんまと持ってかれた。同時に提示した料金が私のが高かったのだ……。しかもかなり。あの時の万事屋のニヤついた顔と言ったら……だめだ。思い出したらまた腹が立ってきた。まさか真選組と交流があるとは思っていなかったので、潜入してから直接会った時は驚いた。沖田隊長に「一応挨拶しとけィ」なんて言われて内心冷や汗ダラダラながらも、できるだけ声を低くし、俯きがちに偽名を名乗ると、訝しげに首を傾げながら「どぉーも。万事屋でーす」と返ってきた。真選組に潜るために髪はバッサリ切ったし、化粧をしていた顔も、さっぱりすっぴんである。流石に一度会っただけの女の顔なんてそこまで見ていないだろう。ましてや、真選組に男装して潜入しているとは思うまい。
そう自分に強く言い聞かせてその時は場どうにか切り抜けた。
あいつがまた来ている?なるべく本当の姿を見ている人間とは会いたくない。騒がしい方向から離れようと歩き出した。
「へっ?」
その時、なんだか嫌な感覚がして背筋に冷たい感覚が走った。少しだけ身体をひねると、予感は的中、胸元に開放感。さっと身体の温度が下がる。非番だからって気が緩みすぎている。しっかり巻いたつもりだった晒しに緩みが出ていた。自室に戻って巻き直そうと早歩きをするとさらに解放されていく胸元の感覚。このままだとまずい。どこか近場で巻き直さなければ……。私は近くの物置がわりに使われている部屋へと滑り込んだ。
「ぎゃっ!」
途端に顔に蜘蛛の巣がかかり、手で大袈裟に払う。もう最悪だ。晒しが緩むは蜘蛛の巣に引っかかるは散々。
「なにしてんだろ……。次から気をつけなくちゃ……」
ぶつぶつ独り言を言いながら帯を外し、着流しごと床に落とす。晒しに手をかけ、くるくると外していくと、それも下に落とし、大きく息を吸った。やはり何も締め付けるものがないと息がしやすい。
開放感に浸る私は、蜘蛛の巣に気を取られたせいで鍵を掛け忘れていることに気づいていなかった。
次の瞬間ガラガラッと勢いよく戸が開き、反射的に縮こまった身体ごと振り返る。黒い革靴、流水紋が描かれた着物、腰に刺した木刀、黒の洋装のインナー。そいつはその紅い目で私の姿を下から上へと視線を動かすと、滝のように汗を流す。
「わ、悪リィ……、厠……だと……思って……てか、お前やっぱりあの時のおん——」
最後まで言わすまいと、手が伸びる。自分の格好も顧みずに万事屋の口を手で塞ぎそのまま部屋の中に引きずり込み、後ろ手でしっかりと鍵をかけたのだった。
雑に着流しを羽織り、これまた適当に帯を締め、気まずそうに正座で頭を垂れる万事屋に向き直り、膝を突き合わせる。もうどうしてこう抜けてるんだろう。晒しは緩まるは鍵を締め忘れるわ。とにかくこいつにはなんとかして黙っててもらわないと……。
「あの、ほんと、悪かったわ。そんなつもりはなかったの!ほんとに!厠行ってから帰ろうと思って、ここらへんっぽくね?と思っただけなの!だからほんと!まさかそこでお前があんな格好してるとか!狙ってやったわけじゃねえからぁ!」
「ちょちょちょっ!万事屋!しー!静かにしてよ!」
赤くなったり青くなったり忙しく顔色を変えながら己の無罪を主張するのだが力が入りすぎて途中から声が大きくなる万事屋。ほんと勘弁して……。
「それはもう私も悪いから、何も言わないから!だからほんと、あの、事情は聞かないで。あと、誰にも言わないで。お願い!」
パンっと両手を合わせてお願いすると、ぱちぱちと瞬いた万事屋が途端ににやぁと嫌な笑みを浮かべる。
「えー?それとこれとは別じゃなぁい?ていうか黙ってる義理ないしー?」
「……なっ!?」
「だって黙ってても俺に得ねえもん!」
にやにやしながらこちらの反応を伺っている。こいつ性格悪っ!いらいらしつつもなるべくしおらしくお願いを続ける。
「そこを、なんとか……ほんとに困るの……」
「……ほぉ〜?でも、ただってわけにはいかねえよな?」
こいつ口止め料寄越せってこと!?金なんて絶対渡したくない!第一私そんなにお金今ないし!今回の潜入捜査が終わってからお金いっぱいもらって楽しむつもりなんだから一円たりとも渡したくない!!だからといって私に他に差し出せるものなんて何も——。……ん?
ふと、思考を止めて万事屋を観察する。そして視線が何度も向かう場所に気づく。万事屋の視線の先を、追ってみればそこにあったのは、適当に着た着流しからちらちらと見える私の……胸元。……ああ、さっき見ちゃったしね。男の性だよね。仕方な……待てよ……。こいつは男で私は女。口止め料としては金以外ならこれが最適解なのかもしれない。というか、今の私にはこれしか、ない——。
いまだ私のそこにちらちらと視線を投げかける万事屋に私はこう言った。
「胸、触っていいから」
庭で陽の光を浴びながらうーん、と大きく伸びをする。そしてここに来ることとなった日のことを思い出す。
松平公から依頼を聞いたとき、大きすぎるリスクになかなか首を縦に振ることができなかった。
「長くて半年くらいでいい。テロリストが潜伏している可能性があると情報が入った。このリストの奴らを見張ってほしい」
「いやいや、リスクでかすぎません?無理です」
真選組に潜入捜査。性別もあってバレたときのことを考えるといくらなんでも怖すぎる。鬼の副長とかいるんだよ?折檻されちゃうよ?悪いことばかり考えてしまい、寒気でぶるりと震えた。
「女であるお前さんに頼んだのは、おじさんなりのあえてのカモフラージュだ。あのむさっ苦しい真選組に、まさか女が潜入してるとは思うまい。日常に戻るときも、性別から偽っちまえば身元も割れづらい」
それっぽい理由を並べて来るけれど、いくらフリーランスとはいえ、仕事を選ぶ権利はある。何でもかんでも請け負っていたら身が持たない。さっさと断ってお偉いさん方に普通の護衛や密偵の仕事がないか聞き込みにいこう。もう一度しっかりとお断りするために、リストから視線を外し、目の前の依頼人を見つめた。すると、先に先方が口を開いた。
「おっと、断るのは報酬を聞いてからにしたほうがいい」
煙草の煙をふーっと吐き出し、にやりと口の端を上げた。
過去最高額だった。断れないよ!
そんなこんなで私はまんまと報酬に釣られてしまったのだ。とはいえ、不安ばかりだった真選組への男装潜入だが、割と上手くやれていた。気のいい連中ばかりだし、不便があることは松平公が上手いことフォローを入れてくれる。なんだか拍子抜けするくらい馴染めてしまっていた。
池の鯉が気持ちよさそうに泳いでいるのを見ていると、何やら騒がしい。通りすがった隊士たちの会話が聞こえてきた。
「なんで万事屋が来てんだ?」
「ゴリラのストーキングをやめさせないとあの女のストレスで俺が殺されちまうー!ってさ。局長逮捕するの嫌だよ俺」
確かにな、なんて笑う隊士たち。
万事屋……来てるんだ。思い浮かぶのは銀髪の侍。実は以前一度顔を合わせている。依頼人に依頼料を比較したいと私と万事屋の両方を呼び出され、万事屋にまんまと持ってかれた。同時に提示した料金が私のが高かったのだ……。しかもかなり。あの時の万事屋のニヤついた顔と言ったら……だめだ。思い出したらまた腹が立ってきた。まさか真選組と交流があるとは思っていなかったので、潜入してから直接会った時は驚いた。沖田隊長に「一応挨拶しとけィ」なんて言われて内心冷や汗ダラダラながらも、できるだけ声を低くし、俯きがちに偽名を名乗ると、訝しげに首を傾げながら「どぉーも。万事屋でーす」と返ってきた。真選組に潜るために髪はバッサリ切ったし、化粧をしていた顔も、さっぱりすっぴんである。流石に一度会っただけの女の顔なんてそこまで見ていないだろう。ましてや、真選組に男装して潜入しているとは思うまい。
そう自分に強く言い聞かせてその時は場どうにか切り抜けた。
あいつがまた来ている?なるべく本当の姿を見ている人間とは会いたくない。騒がしい方向から離れようと歩き出した。
「へっ?」
その時、なんだか嫌な感覚がして背筋に冷たい感覚が走った。少しだけ身体をひねると、予感は的中、胸元に開放感。さっと身体の温度が下がる。非番だからって気が緩みすぎている。しっかり巻いたつもりだった晒しに緩みが出ていた。自室に戻って巻き直そうと早歩きをするとさらに解放されていく胸元の感覚。このままだとまずい。どこか近場で巻き直さなければ……。私は近くの物置がわりに使われている部屋へと滑り込んだ。
「ぎゃっ!」
途端に顔に蜘蛛の巣がかかり、手で大袈裟に払う。もう最悪だ。晒しが緩むは蜘蛛の巣に引っかかるは散々。
「なにしてんだろ……。次から気をつけなくちゃ……」
ぶつぶつ独り言を言いながら帯を外し、着流しごと床に落とす。晒しに手をかけ、くるくると外していくと、それも下に落とし、大きく息を吸った。やはり何も締め付けるものがないと息がしやすい。
開放感に浸る私は、蜘蛛の巣に気を取られたせいで鍵を掛け忘れていることに気づいていなかった。
次の瞬間ガラガラッと勢いよく戸が開き、反射的に縮こまった身体ごと振り返る。黒い革靴、流水紋が描かれた着物、腰に刺した木刀、黒の洋装のインナー。そいつはその紅い目で私の姿を下から上へと視線を動かすと、滝のように汗を流す。
「わ、悪リィ……、厠……だと……思って……てか、お前やっぱりあの時のおん——」
最後まで言わすまいと、手が伸びる。自分の格好も顧みずに万事屋の口を手で塞ぎそのまま部屋の中に引きずり込み、後ろ手でしっかりと鍵をかけたのだった。
雑に着流しを羽織り、これまた適当に帯を締め、気まずそうに正座で頭を垂れる万事屋に向き直り、膝を突き合わせる。もうどうしてこう抜けてるんだろう。晒しは緩まるは鍵を締め忘れるわ。とにかくこいつにはなんとかして黙っててもらわないと……。
「あの、ほんと、悪かったわ。そんなつもりはなかったの!ほんとに!厠行ってから帰ろうと思って、ここらへんっぽくね?と思っただけなの!だからほんと!まさかそこでお前があんな格好してるとか!狙ってやったわけじゃねえからぁ!」
「ちょちょちょっ!万事屋!しー!静かにしてよ!」
赤くなったり青くなったり忙しく顔色を変えながら己の無罪を主張するのだが力が入りすぎて途中から声が大きくなる万事屋。ほんと勘弁して……。
「それはもう私も悪いから、何も言わないから!だからほんと、あの、事情は聞かないで。あと、誰にも言わないで。お願い!」
パンっと両手を合わせてお願いすると、ぱちぱちと瞬いた万事屋が途端ににやぁと嫌な笑みを浮かべる。
「えー?それとこれとは別じゃなぁい?ていうか黙ってる義理ないしー?」
「……なっ!?」
「だって黙ってても俺に得ねえもん!」
にやにやしながらこちらの反応を伺っている。こいつ性格悪っ!いらいらしつつもなるべくしおらしくお願いを続ける。
「そこを、なんとか……ほんとに困るの……」
「……ほぉ〜?でも、ただってわけにはいかねえよな?」
こいつ口止め料寄越せってこと!?金なんて絶対渡したくない!第一私そんなにお金今ないし!今回の潜入捜査が終わってからお金いっぱいもらって楽しむつもりなんだから一円たりとも渡したくない!!だからといって私に他に差し出せるものなんて何も——。……ん?
ふと、思考を止めて万事屋を観察する。そして視線が何度も向かう場所に気づく。万事屋の視線の先を、追ってみればそこにあったのは、適当に着た着流しからちらちらと見える私の……胸元。……ああ、さっき見ちゃったしね。男の性だよね。仕方な……待てよ……。こいつは男で私は女。口止め料としては金以外ならこれが最適解なのかもしれない。というか、今の私にはこれしか、ない——。
いまだ私のそこにちらちらと視線を投げかける万事屋に私はこう言った。
「胸、触っていいから」
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