#03 無自覚な恋
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ボディーガードをはじめて5日。
スバルのことが少しずつ分かってきた。
一つは、スバルは資産家の御曹司だということ。
ボディーガードに1ヵ月で1億も払える時点でボンボンだとは思っていたが。(俺も裕福な家庭で育ったがそれ以上に金持ちだ。)
なんでもスバルのじいさんが起業家で、たくさんの会社を持っている社長らしい。将来はじいさんの後を継ぐそうだ。
だがボンボンの割に金銭感覚はそこまで狂ってねえ。
必要だと思ったらいくらでも払うようだが、そもそも借りている家も一軒家だが二人で住むと少し狭いくらいだし、買ってもらった俺の布団も法外な値段のものではなくそこそこいいもの程度だったし、服も洒落たモン着てる割に何着かを着回しているだけのようだし、滅多に外で飯を食わねえし、贅沢もしねえ。
二つ目は、お坊ちゃんの割に家庭的だ。
毎日いろんなところをぶらぶらほっつき歩いているだけのようにも見えるが、1日3食しっかり作るし、しかもうまい。
俺が起きる前に花の水やりも洗濯も1階の掃除もしているようで、俺が起きてすぐに朝食ができるように時間配分までしている。
かなりきっちりした性格で、家のことも総じて隙がない。
三つ目は、蘊蓄が大好きだ。
それはもう事あるごとに本で調べた知識を喋りまくる。
道を歩いているだけで、100年前と比べて一日が短いのは引力の影響で青い星が縮んできていて自転周期と公転周期が早くなっているからだとか、八百屋に入ると、玉ねぎはアラバスタ語でバサルだとか、この間カフェに入った時なんかは、ドアベルが金属製だったのだが、金属のドアベルがあるのはノースブルーだけで他の海では動物の骨や木や貝殻なんだとか、なぜノースブルーのドアベルが金属なのか、歴史的背景から事細かく教えてくれた。
いつも落ち着いていて大人しいのかと思っていたら、意外とよく喋る。
ほとんど蘊蓄だが、喋るのが苦手で怖がられることが多い俺に対して楽しそうに喋ってくれるのは嬉しいし、なにより気を遣わなくていいから心地いい。
そう、知識をつけるのがたのしいのかなんなのか、こいつはなによりも本好きでものすごく勉強家だ。
よく朝から近所の書店『アンリ古書堂』に連れて行かれる。2日に1回は行っている。
店主のシャルル屋が言語学者で、スバルはシャルル屋に語学を学びに行っているのだ。
「ローさんも欲しい本があったら遠慮なく言ってくださいね」と言ってくれたので、ここぞとばかりに希少で高額な医学書を取り寄せてもらっているし、品揃えのいい書店だから俺も行くのは楽しみになっている。
今日もアンリ古書堂にやってきた。
木製のドアを開けると、カランコロンとドアベルが鳴り「いらっしゃいませ」と若い女性の声が聞こえた。
はじめて見る人だ。シャルル屋の娘だろうか。
18歳くらいの女の子だ。
赤色の髪を三つ編みにして、ふちのない眼鏡をかけて、えんじ色の少し丈の長いたっぷりしたワンピースの上にフリルのエプロンを着た、童話に出てきそうな格好のそばかすの女の子だ。
「あら、スバルさん!そろそろ来られるかとお待ちしていました」
「アンリさん、おはようございます」
スバルが爽やかに挨拶すると、彼女は頬を染めて嬉しそうに微笑む。
「罪な男だな」
「ローさんがですか?」
「ちげえよ馬鹿」
鬼哭で頭を小突くと、スバルはいてっと頭をおさえた。
「そちらの方は…?」
「ボディーガードのローさんです」
ボディーガードと言う言葉に『?』を浮かべながらも、アンリは俺に挨拶した。
「はじめまして、娘のアンリです」
「どうも…」
アンリって最近聞いた名前だな、と思っていたが、そうだ、ステラさんに本を貸した人の名前か、と思い出す。
「シャルル博士は」
「奥にいます…ちょっと待ってくださいね!お父さーん、スバルさん来られたわよー!」
奥から60歳前後の、瓶底眼鏡をかけ紺色の着物をワノ国の文豪風に着た背の低い白髪の男性が嬉しそうに顔を出す。
「おお、スバル、リュジンボール!」
「リュジンボール、サーシャルル」
店主のシャルルさんは言語学者で、どんな言語でも話せるらしいが、スバルも割となんでも話せるらしく、この二人はいつもいろんな言葉で楽しそうに話す。
今日は北海語。世界政府ができる前にノースブルーあたりの地域で使われていた言葉だ。
北海語は日曜学校で子供の頃習ったし、聖書やカルテで使われるのは北海語だし、いまでも年寄りは使う人も稀にいる。
俺も日常会話程度ならなんとなく分かるが、スバルはペラペラで、それがきっかけで仲良くなったそうだ。
「どうだスバル、読めるようになったか?」
「シャルルさん、これなんですけどね…」
スバルはシャルル博士に分厚い本の真ん中あたりのページを見せて指差すと、シャルルさんはまた違う言語で話しはじめた。
おかげで俺は分からないので本棚の本を見てまわることになるが、店内がアンティーク調でおしゃれなのと、品揃えがいいので全然飽きずに見て回れる。
「あの…」
後ろからアンリに声をかけられて振り向くと、なにやらもじもじしている。
「なんだ?」
「あの…スバルさんのボディガードってことは、スバルさんと一緒に住んでらっしゃるんですか?」
「そうだが」
「えっと、あの…少しお聞きしたいことがあるのですが…」
「なんだ?」
「その…ええっと…スバルさんって、何がお好きでしょうか…?」
「え」
アンリの顔が真っ赤だ。
「あ、あの、えっと、べ、べべ、べ別に変な意味じゃなくてですね…その…えっと…この間助けていただいたので、お礼に何かプレゼントをお渡ししたくて…」
「…コーヒーが好きだな」
「コーヒー…?へえ、コーヒーが好きなんですね、スバルさん…」
俺が少し考えて答えると、アンリの瞳の奥がキラキラした。
完全にスバルに惚れているな…。
「助けたというのは…?」
「私も父も地下室のカギの番号を忘れてしまって、代わりに開けてくださったんです…もうシャーロック=ホームズみたいだったんですよ!その後も地下室の掃除を手伝ってくださいましたし、私が落とした財布も見つけてくれたし、ほぼ毎日来てくださるし、ほんとお世話になりっぱなしで「ローさん、欲しい本はありましたか?」…!!」
アンリの後ろからスバルが俺に声をかけると、嬉々として話していたアンリが急にびくっと振り返る。
スバルの顔を見上げると、ぼんっとゆでだこみたいに真っ赤になるのを、スバルは不思議そうに見ていた。
「今日は特にない」
「そうですか、では、行きましょうか」
「ああ、スバル、ちょっと待ってくれ」
シャルル屋が声をかけて、カウンターからごそごそと分厚い本を2冊取り出した。
「これが取り寄せていた本だ」
一冊は俺が頼んでいた医学書だ。
「ありがとうございます!いくらですか?」
「2冊で50万1200ベリーだ」
「はいはいっ」
「あとこれなんだが…君にあげるよ」
古めかしい赤い布の表紙に、金文字で何やら外国語で書かれている、これまた分厚い本だ。
「いいんですか?!」
「ああ、それが読めたら古代語はマスターしたと思って良いだろう」
「えっ」
古代語…?!
「ただしかなり難しいぞ」
「ありがとうございます!…ローさん、行きましょうか」
「あ、ああ…」
俺はスバルの後から店を出た。