#07 聖バレンタインデー
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家に帰って2階の部屋のドアを開けようとしたら、スバルの声が聞こえた。
「お前ってさ、人を好きになったことってあるか?」
『え…?!』
思わずドアノブにかけようとした手を引っ込める。
誰かと電伝虫で通信しているようだが…。
「なんだよその反応」
『まさか…え、ええっ?!』
「うるせえな、あんのかねえのか答えろ」
この間の通信相手と同じ口調で喋っているし、相手の声も同じだ。
仲のいい同僚といったところか。
スバルからその話題を振るってことは…好きな奴いるってことだよな…。
一番起こってほしくないことが起こってしまって、俺は項垂れた。
『あるにはあるが』
「…見向きもされず片想いで終わってしまったと」
『ひどい!その通りだがひどいぞ!!』
「見向きもされてないだけマシだよなあ」
『喧嘩売ってるのか!』
「そうじゃねえって、相手に気がなかったら諦めがつくだろ」
えっ…?
思わず声に出るところだった。
『両想いか!』
「多分…勘違いかもしんねえけど」
『いやいやいやいや君を好きじゃない女の子なんていないだろう!』
両想い…。
相手は…アンリか。
「…その好きな人がさ、好きになっちゃいけない人だったら、お前ならどうする?」
『え…』
どういうことだ…?好きになってはいけない…?
じゃあ、アンリではない…??誰だ…!?
俺の知ってる相手か!?いや俺の知ってる中でそんな人はいないと思うが…。
「…やっぱいいわ、お前に聞いた俺がバカだった」
『ちょっと待て!好きになっちゃいけない人…って、どんな人だ?』
「どんなって………」
『王女様とか?敵組織の令嬢とか?』
「まあ、そんなとこだ」
『おおお…』
嘘だ。
毎日スバルと一緒にいるが、そんな女に会いに行ったことは一度もない。
そもそももしそうなら、わざわざ通信なんてせずに近くにいる俺に相談するだろう…。
俺には分かる。これは絶対嘘だ…。
…?
なんで俺に相談しないんだ…?
「なんだよ」
『いや、王女様でもご令嬢でも君なら釣り合いそうだと思ってな』
「バカ…釣り合っても結ばれなきゃ意味ねえだろ」
「なあ、俺どうしたらいい…?」
スバルが恋に悩んでいる…。
本気で悩んでる声だ。
ずっと一緒に居たのに、全く知らなかった…。
『…結ばれなくても想いを伝えることは大事だと思うぞ。言わなかったら、なかったことと同じになってしまうからな』
「なかったことにしたい」
『…』
「伝わらなくていいから、なかったことにしたい…」
「あんな人、出会いたくなかった…」
ぎゅっと胸が締め付けられる。
『…君は昔から一途だな』
電話の男が優しく話す。
『完全無欠で冷酷非情だとみんな言うが、本当はだれよりも純粋で、一途で、ひたむきで、情熱的で…だからみんな君から目が離せなくなってしまうんだろうな』
「…」
『伝えても伝えなくてもどちらでもいいと思うが、自分の中でだけはその純粋な気持ちを認めてやってくれよ』
スバルは黙ったままだった。
『そうか、君にもとうとう好きな人ができたか…』
「誰にも言うんじゃねえぞ」
『当たり前だ!そんなこと知れたら本部の女の子がみんな欠勤してしまう!』
「なんだよそれ」
『それだけ人気なんだよ君は…もっと自覚持ってくれ』
「知ってるよ」
『嫌味を言える元気があるなら大丈夫そうだな…そろそろ切るぞ』
「ああ、悪いな、ありがとう」
がちゃっ
…電話が終わったみたいだ。
こちらに足音が近づいてきて、ドアが開くと、中からスバルが申し訳なさそうに出てきた。
「おかえりなさい」
「ただいま…」
「すみません、長電話してしまって」
「いや…」
「コーヒー豆、ありがとうございます」
スバルは何事もなかったようにコーヒー豆を受け取って、デスクに置くと、俺の手に手紙を見つけて言った。
「あ、ローさんラブレターもらったんですね、さすがです」
「俺じゃねえよ、お前宛だ」
俺がそう言うと、スバルはああ、と気のない返事をする。
「手紙はアンリ、チョコはステラからだ。俺は店で食ってきたから、あとはお前の分」
「そうですか、ありがとうございます」
デスクの前に座り、電伝虫の前にチョコを置くと、手紙の中身をさっと読んだ。
「お前、どうするんだ?」
「どうするって?」
「今夜行くのか?」
ああ、あなたが中身読んだんですね、とこちらに目線をやって、また手紙に視線を落とす。
「…行きませんよ」
俺は内心ホッとしたが、さっきの通信のことでもやもやしまくっている。
スバルは俺の気持ちなんて知らずに、はあ、とため息をついた。
「どうした」
「行かなかったら、明日から書店に行きづらくなるでしょうか…」
「本のために夜這いしに行くのか?」
「そうじゃないけど…アンリさんと書店で会ったら少し気まずいですし、シャルル博士にも顔を合わせづらいです…」
「一時的なことだろ、ほとぼりが冷めたらそれもなくなる…」
「そう、ですね…」
スバルが壁に持たれて腕組みしている俺を見上げる。
「どうした?」
「ローさんは…恋人いるんですか?」
「いねえよ、海賊だぞ?」
「いたことは?」
「ねえ」
「買ったり、人質取ったりは?」
「興味本位で買ったことはあるが、恋人じゃねえだろ」
「そうですか…」
スバルはもう一度手紙を読み返す。
「…アンリさん、どんな気持ちでこの手紙を書いたんだろう…」
たった便箋一枚しかない手紙を、何度も何度も読み返している。
「綺麗な字だなあ…」
スバルがぽつりと言った言葉にまたじわじわと心臓を焼かれるのを感じる。
分かっている、相手はアンリじゃない。
だが俺の知らない女に恋をしている。
俺は唾を飲んだ。
「…教えてやろうか?」
「え?」
「アンリがどんな気持ちだったか…」
スバルの顔をこちらに向けて、ゆっくり顔を近づけて、触れるだけのキスをした。
唇を離すと、スバルが少し驚いた顔で俺を見ている。
また口付けて、今度は舌を入れてみたら、鳩尾を殴り飛ばされて壁に激突した。
「…容赦ねえな」
「当たり前です、いきなり何するんですか」
スバルがガタッと椅子から立ち上がる。
顔が真っ赤だ。
「お前…キス、はじめてか?」
「………だったらなんですか」
スバルが大きな黒い瞳を伏せた。
「…今のは忘れてあげますから、今後このようなことは…っ!!」
忘れられてたまるか、と躍起になって、壁にスバルの腕を押し付けて、また深く口づけた。
「…っ…ん…」
息が荒くなって、女みたいな声がかすかに聞こえて、さらにキスが深くなる。
かと思ったら、目の前にいたはずのスバルがゆらゆらと消えて、気が付くと後ろからおもいっきり蹴られて壁に額を打ちつけ、膝をつかされている。
「テメエ…!」
振り向きざまにゴン、と鞘のままの鬼哭が首のすぐそばを通って壁に突き刺さる。
ものすごい威圧感で腰を抜かした俺を見て緊張を緩めると、スバルは何を思ったのか、本棚に置かれた金庫から茶封筒を出して俺に差し出した。
「こういうのにお金を出すのは気が引けますが…僕はあなたの相手はできませんし、ボディガードに襲われるなんて本末転倒なので、欲求不満ならこれで外で女買ってきてくれませんか」
俺は思わずその手をぱしっと払った。
床に落ちた茶封筒から札束が飛び出る。
「…そんなんじゃねえよ、馬鹿野郎…!」
俺がキッと睨むと、スバルは一瞬怯んでビクッと震えたが、強い目で俺を見つめ返した。
もう、後には引けねえ…。
「………」
「………」
少しの無言の後、スバルが口を開く。
「…僕がモテるからって僻んでるんですか?」
「は?」
強い口調だ。
「さすがに性欲処理代まで出されるのは癪でしたか…言ってくれれば女の子ならいくらでも紹介してあげますよ?」
「お前…だからそういうことじゃ「男に抱かれる趣味はねえっつってんだよ、気持ち悪い」
俺の言葉を聞かずに冷たく言い放たれて、その場に凍りつく。
「分かったらそれ持って女なり男なり買って来い、クソ野郎」
スバルはそう言って俺を睨みつける。
ギリギリ耐えられるが少しでも気を抜くと気絶しそうなほどの威圧感と禍々しさに、俺は部屋を出るしかなくなった。