#08 契約解消
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
side.スバル
ローさんが出て行った玄関の扉をしばらく見つめる。
…終わってしまった…。
本当に、もうこれで全部終わり。
次に会ったら敵同士だ。
一緒の部屋で寝ていたことも、一緒にご飯を食べたことも、一緒に街を歩いたことも、全部なかったかのように、敵同士になるだろう。
僕は海兵だ。
ロビンソンの件はやってしまったけど、小さい頃から憧れだった海軍将校にやっとなれたんだ。
やっと…やっと、ロシーの背中に少しだけ追いつけたんだ。
本当にやっとだった。
ローさんと離れるのはすごく寂しいけど、それでもローさんのために海軍を捨てて海賊になるなんて僕には考えられない。
だから、これでよかったんだ。
僕の決断は、正しかったはずだ…。
はあ、とため息をついて2階に上がると、ローさんが使っていた敷きっぱなしの布団が目に入って、思わずぼすっと倒れこんだ。
少しだけローさんの残り香がする。
…今日はゆっくり寝よう。
そう思って布団にくるまろうとした時だった。
ピンポーン
インターホンの音と、階下でドアをノックする音が聞こえた。
珍しいな、誰だろう…?
がちゃっ、と鍵を開けると、急にドアが開いた。
「久しぶりだな、ツバメ…」
「じいちゃん?!」
玄関にはじいちゃん、もといセンゴクさんが立っていた。
「どうしてここに…!?」
「ちとお前に話があってな…邪魔するぞ」
じいちゃんは靴を脱いで部屋に上がって、ソファーに腰かけると、きれいにしてるのだな、と部屋をぐるりと見回した。
マイペースだな。
「ほうじ茶でいいか?」
「ああ、ありがとう…」
俺はヤカンで湯を沸かして、棚からほうじ茶を出す。
「つーか元帥がそんな簡単に本部からほいほい出てきていいのかよ?言ってくれれば俺戻るのに」
「お前はまだ謹慎中だろう。ガープとおつると三大将がいるから本部は問題ない。それより聞いたぞ、ロビンソン大船団の生き残りを数十人相手に夜中の街で大立ち回りしたそうだな」
「あー…」
もう本部で話いってんのかよ。
「騒ぎを起こすなとあれほど言ったのに」
「女の子が人質に取られかけてたんだ、黙って見てるわけにはいかねえだろ」
「海軍に連絡して助けを待とうとは考えなかったのか?」
「相手は海賊だぞ、すぐ乱闘になっちまったよ…その子を匿っている間に連絡はしてもらったがな」
「無事なのか?」
「ああ、問題ない」
「そうか…」
ほうじ茶とせんべいをローテーブルに置いて、俺も向かいに座る。
やばいぞ。
謹慎期間延びるかもしれない…それだけは避けたい…。
「じいちゃん」
「どうした?」
「俺…今月いっぱいで本部復帰できるか?」
思い切って訊いてみた。
「そのことなんだが…」
ほら来た…。
じいちゃんはほうじ茶をずず…と啜った。
「お前、SPADEの仕事をやってみないか?」
「…スペード?」
なんだそれ。
「SPADE…海軍機密特殊部隊の中でも遊撃部隊のSWORDではなく暗殺部隊の方のことだ」
「はじめて聞いたぞそんな部署」
「元帥の俺以外は誰も知らん部署だ。基本的にまだ無名で実力のある海兵から任命されるが、相当高い技量が求められる故、今のところSPADEにはだれも所属してない」
「立場も仕事内容も基本はSWORDと同じだ。
マリンコードを返上してある程度自分の裁量で立ち回れる半ば独立した立ち位置から、諜報・潜入捜査・情報収集を行う。
違うのは、SPADEは遊撃隊ではなく表には一切出ない暗殺部隊である点と、暗殺と諜報以外に尋問、拷問、処刑の仕事がある点と、全般的に危険な任務が多く高い技術が求められる点だ…簡単に言えば海軍専属の殺し屋だ」
「海軍専属の殺し屋…」
「言っておくが島流しではないぞ。3か月前のロビンソン事件とは全く別の話だ。
お前のこれまでの仕事ぶりと准尉試験と少尉試験の結果を見て、お前は適性があると感じている。
配属を希望するなら適性テストを受けてもらう。お前ならそこまで難しくはないだろうが…どうする?受けてみるか?」
少し考えたが、ほぼ即答した。
「配属希望だ…受けるよ、適性テスト」
じいちゃんは意外だといったように俺を見た。
「なんだよ」
「いや、お前のことだから暗殺要因になるのは嫌がると思っていたのだが…心境の変化でもあったのか?」
「なんでもいいだろ」
「まあいい…それなら話が早い…そろそろここに資料が届くはずだ」
「了解」
そう返してすぐに「宅急便でーす!」と男の人の声が外から聞こえた。
「あ、来たみたいだ。ちょっと待ってくれ」
俺は玄関を開けて宅急便屋から任務資料の入った書留と、段ボールを3つ受け取ってリビングに戻る。
…俺が断ると思っていたのに資料を郵送していたってことは、意地でも俺を配属させようとしてたってことだよな…?
ってことは、ロビンソン事件の騒ぎはまだ本部では収まってねえのか…。
それにしても今朝届くなんて、まるでローさんが出て行くことを知っていたみたいだな…。
「届いたよ、書留と、段ボール3つ」
「まずはその書留だ」
「はい」
封筒を開けて中身をテーブルに全部出した。
『適性テストについて』と書いた冊子と、顔写真が入っている。
「適性テストの内容はその冊子に書いてあることを実行すること。期限は今月末だ」
「分かった」
俺は冊子を読んだ。
最初に注意書きがたくさん書かれてあるが、実際のテストは3つ。
一つ目は、支部に捕らえられているロビンソン大船団の船員を尋問して残党と基地の場所を特定し、残党処理をすること。
二つ目は、ドンキホーテファミリーの密輸ルートと密輸物を特定すること。
三つ目は、5枚ある顔写真の人間を全員殺すこと。
決行日が決まり次第元帥に報告し、殺す理由を明確に説明すること…。
顔写真を見て、一瞬息が止まるかと思った…。
「どうした?」
「いや…」
「あとの段ボールはお前の部屋に置いている武器と必要そうな資料と着替えを入れてある。一式入れたが、他に必要なものがあれば言え」
「ああ」
「しっかり目を通せよ。今のところ分からんことはあるか?」
「こんな膨大な任務、半月でできるか分かんねえぞ?」
「だから言っただろう、高い技術が求められる部署だと…家を引き払うのは1日より後になっても構わんから、期限内にすべて終わらなくても1日には一旦本部に戻れ」
「わかった」
「あと…期限内に実行できなくてもテストには問題はない。お前の適性を見るためのテストだからな…その代わり、普段の任務と同じだと思って臨め。分かったな」
「質問」
「なんだ」
「ここに書いてある任務は俺がもし実行できなかった場合どうするんだ?後日誰かがやるのか?」
「物によるな…緊急のものはそうするが、そうでなければ様子見だ」
「承知しました…」
「…さて、そろそろ帰らねばな」
センゴクさんはお茶を飲み干して、ソファーから立ち上がる。
見送りに玄関まで歩いて、靴を履くと、センゴクさんは振り返った。
「…ツバメ」
「なんだよ」
いきなりじいちゃんの声が優しくなった。
「人を助けるために動いたなら、それは人として正しいことをしたと俺は思うぞ」
いきなりそんなことを言い出すから何かと思ったが、昨日の一件を心配してくれているのだと分かった。
やっぱりそうだ。ロビンソン事件で俺の本部での立場が危ないから、俺を守るためにSPADE配属を思いついたのだろう。
「…うん」
「左遷だ降格だととやかく言う連中はいるだろうが、お前はもう気にするな…2ヶ月半は穏やかに過ごせたんだから大丈夫だろう。その代わり、帰ってきたらみっちり稽古をつけてやるから覚悟しておけ」
「ありがとう…」
いつも喧嘩ばっかだけど、こういう時センゴクさんが元帥でよかったと思う。
「…生活に困ったことはないか?」
「問題ない」
「そうか…困ったことがあったら連絡しろ」
「ああ」
「では…健闘を祈る」
そう言ってセンゴクさんは家を出た。
…切り替えよう。
過ぎたことをいちいち思い返している暇はない。
俺はもう一度冊子を開いて中身を読んだ。
end.