#07 聖バレンタインデー
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side.アンリ
カウンターで座って彼を待っていたけど、やっぱり来ないかしらと、こっくりこっくり船を漕ぎかけると、書店の扉が開くチリンチリンというドアベルの音ではっと目を覚ました。
「スバルさん!来てくださったんですね!」
嬉しくて舞い上がったのも一瞬だった。
いつものスバルさんとは少し様子が違っていたから。
「すみません…本を読ませていただけませんか」
スバルさんの声ははいつも通り淡々としているけど、これでもかというほど目が腫れている。
…泣いたんだ…あのスバルさんが…。
「…どうぞ、ゆっくりしていってください」
私は普段通りを装って、洗面所でタオルを濡らして、濡れタオルを作ってスバルさんに渡した。
「どうぞ…」
「すみません…気を遣わせてしまいましたね」
「いえ…何かあったんですか…?」
「少し…」
彼は濡れタオルを目に当てながらそう言った。
「どうしても本を読みたくて来てしまいました…夜遅くにすみません」
「いえ…」
スバルさんは本棚を少し眺めて1冊取り出すと、いつもの椅子に座って読みはじめた。
手紙、読んでくれていないのかしら…それとも余裕がなさすぎて手紙のことは全く忘れてしまっているのかしら…じゃなきゃここには来ないもの。
…分かってるわ、スバルさんが私に興味がないことくらい…。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
1時間ほどして、スバルさんは本を閉じた。
テーブルにコーヒーを置くと、「ありがとうございます」と一口啜って、ほっと落ち着いたのを見て、私も胸を撫で下ろした。
「…何かあったんですか?」
「…ローさんと喧嘩をしてしまいました」
「そうですか…珍しいですね、スバルさんが感情的になるなんて」
「悪いのはあっちですが、僕にも非があります…ひどいことを言ってしまいました…謝ったところで、以前のようにはなれないでしょう…」
スバルさんがこんなに落ち込むなんて。
でも、ぽつっとスバルさんが言った言葉は、私を驚かせた。
「どうしたら、彼を諦めさせられるのでしょう」
「え」
「彼の好意にはうすうす気づいていました…でも僕は彼の想いには応えられないから…気づいてないふりしていれば、ずっとこのままでいられるって思っていました…」
「ローさんはぶっきらぼうだけど、なんだかんだ言いながら僕の隣にいてくれる…僕が雇っているから…僕はそれをいいことに、ローさんの優しさに甘えて、つけ込んで、気持ちを弄んでたんです…彼を傷つけてしまいました…」
スバルさんの瞳からぼろぼろと涙が溢れ出す。
心の痛みが伝わってきて、私も泣きそうになってしまう。
「どうしたらいいのか分からない…」
…今慰めることができたら、彼は私に落ちてくれるかしら…。
一瞬そんなことが頭をよぎった。
でも、彼のためにそこまで泣けるスバルさんの気持ちを踏みにじることになるような気がして、その考えはさっと消えてくれた。
「…スバルさんは、どうしたいんですか」
「………」
「ローさんのこと、好きなんですか?」
「………」
スバルさんは何も答えない。
ただ、明らかに「好きだ」と全身で物語っていた。
「スバルさんの正直な気持ちを伝えて」
「…それはできません」
「どうしてですか…?」
「そんなことしたら………ずっとそばに居たくなってしまうじゃないですか…」
「………」
恋だ。
あのスバルさんが、恋をした…。
こんなにも純粋無垢な人だったなんて。
こんなの、敵うわけない…。
「彼は海賊です…半月後、船の修理が終わったら仲間たちとここを出て行きます…僕も半月後には帰ります…一緒には居られない…」
「元々相容れない関係だったんです…僕が彼をお金で雇っているだけの関係だったからうまくいっていただけで、それ以上は踏み越えてはいけなかった…」
「やっぱり僕、彼をクビにします」
痛い。
スバルさんの痛みが伝わってくる。
「スバルさんにこんなに想ってもらえるなんて、ローさんは幸せですね」
私がそうぽつりとつぶやいた。
「きっとここを離れてからも、彼はどこかで、あなたと過ごした時間を思い出して励まされることがあるはずです…スバルさんもそうでしょ?」
「気持ちは伝えてください。その気持ちが、あの人にとってはどんな財宝よりも価値のある宝になりますから」
「………ありがとう」
スバルさんは袖で涙を拭いながら笑った。