#04 エリスの赤い薔薇
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side.アンリ
「『あなたを愛しています』」
「えっ…」
スバルさんの言葉にどきっとしてスバルさんの顔を見るけど、彼は問題集の文章を鉛筆で追いながら説明を続けた。
「ワノ国の慣用句です。『月が綺麗ですね』…そのままの意味として使うことがほとんどですが、この文章だと慣用句として『あなたを愛しています』にしないと文脈に合いません」
おそらく試験に出るとしたらここでしょうね、とスバルさんは淡々と問3に鉛筆でチェックを入れる。
「どうして『月が綺麗ですね』が『あなたを愛しています』になるのですか?」
私はスバルさんに訊いた。
「昔、ワノ国にはソーセキという文豪がいたんです。彼は語学の教師をしていたのですが、ワノ国の人は『I love you』を『あなたを愛しています』なんてあけすけに言わないから『月が綺麗ですね』くらいに意訳しておきなさい、と生徒に言ったのが転じて、慣用句になったそうですよ」
「へえ…」
「いまでもワノ国ではプロポーズの言葉として使う人が多いそうです」
「プロポーズ…」
プロポーズ…プロポーズ…
頭の中でスバルさんの声が響く。
「もうこんな時間ですか。少し休憩しましょう」
柱時計はもう12時10分を指していた。
「サンドイッチ食べますか?」
「ええ、いただきます」
立ち上がろうとして、ふとローさんがいないことに気が付いた。
「あら、ローさんいらっしゃらないわ」
「勉強をはじめる前に出て行きましたよ」
「えっ」
「1階にいるんじゃないでしょうか。僕呼んできますね」
スバルさんはそう言って1階に降りていく。
その間に私はサンドイッチとコーヒーを準備しながら、物思いにふけった。
…月が綺麗ですね、か…。
私の見ている月は、綺麗すぎるんだわ…。
~~~~~~~~~~~~~~
二人が戻ってきてサンドイッチを食べ始めたけど、ローさんはあからさまに機嫌が悪い。サンドイッチに全く手を付けずにスバルさんと私をじっと見ている。
スバルさんは気にせず私に本のお話をしている。
「『エリスの赤い薔薇』は読みましたか?」
「ええ。スバルさんも読んだんですね」
「僕感動してしまいました…エリスが最後ゲインズに殺されると知っていながら必死に追いかけるシーンがもう…」
「私もあそこは泣いてしまいました…」
ローさんから殺気に似たものを感じるけど、スバルさんはびっくりするほど気にしていない。
私には分かる。
ローさんがなぜ機嫌が悪いのか。
私にスバルさんを取られたと思っているでしょうから。
分かりやすい嫉妬。
スバルさん、気づいてないのね…。
ローさんがあなたをどんな気持ちで見つめているのか…。
「!これは…味噌ですか?」
「すごいです!よく分かりましたね!」
「おいしいです!へえ、味噌ってパンにも合うんだ…アンリさんってお料理ほんと上手ですよね」
ローさんはついにガタッと席を立って、私を睨みつけた。
怖いけど…ローさんの琥珀色の瞳の奥に、悲しさのような寂しさのような…私と同じものが見えた。
そう、私と同じ。
ローさんの見ている月は、あまりにも綺麗すぎるの。
スバルさんはローさんが1階に降りていくまで何も言わず私とローさんの様子を見ていた。
「…すみません、気分悪かったですよね」
スバルさんはローさんが出て行った扉を見つめてため息を一つつく。
「気になさらないでください、スバルさんが謝ることじゃないわ」
「…ごちそうさまでした」
食器を片付けてから席に座ると、さて、北海語やりましょうかと何事もなかったかのように問題集を開いた。
…スバルさん、本当に気づいてないのかしら。
それとも、気づいているけど気づいていないふりをしているのかしら…。
もしそうだったら…私にもまだ勝ち目はあるかしら…?
「スバルさん」
「なんでしょう?」
私は意を決して、手紙を渡した。
「これ…受け取ってください」
昨日夜なべして何度も書き直したバレンタインレター。
どう言葉を紡いだらあなたに届くのか…ずっとずっと考えて書いた。
私は誰よりも…そう、ローさんよりもずっとスバルさんを好きな自信があるわ。
「ごめんなさい、僕、こういったものは受け取らないようにしているんです」
「えっ」
「お気持ちだけいただきます…ありがとうございます」
「どうしてですか…?」
「お返しができませんから」
スバルさんは短く答えて、この会話は終わり、と言わんばかりに集中して問題文を読み始めた。
スバルさんがあまりにあっさりと断るものだから、それ以上のことは私には訊けなかった。