#03 無自覚な恋
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「俺が稼いだ金何に使おうが俺の勝手だろ!」
家に帰って2階のドアを開けようとしたら、スバルの荒い声が聞こえて、ノブに手をかける手が止まった。
スバルが『俺』…?誰と話してるんだ…?
俺はドアに耳をつけた。
『普通に生活できておるなら、1200万も使う事態にはならん!』
「いいんだよそれくらい。今まで使うとこなかっただけで、金は腐るほどあるんだから」
『そんなことを言ってるんじゃない!1200万の次は50万…何があったんだ!本当のことを言え!』
「じいちゃんが思ってるようなことは一ミリも起こってねえよ…」
どうやら電話の相手は『じいちゃん』らしい。
1200万って、俺の前払い分のことか。50万は俺の医学書代だ。
それよりも…
『じいちゃん』の声、どこかで聞いたことがある気がするのだが…気のせいだろうか。
「デートした女の子が指輪が欲しいっつーから買ってあげただけだ」
『はあぁ?!女とデート?!指輪?!』
「羨ましいだろ?」
『アホか!じゃあこの50万は?!』
「ホテル代」
『お前………!このロクデナシが!!!』
「生活できてんだからいいじゃねえか!なくなったら稼げばいいんだし、帰ったらコキ使われてやるから安心してくれよ…用件それだけなら切るぞ」
『待て、まだ話が終わって…』
「今くらい、自由にさせてくれ…」
がちゃっ、と通信が切れる音がして少し経ってから、俺はゆっくりドアを開けた。
「お帰りなさい、早かったですね」
ドアを開けると、スバルが出窓に足を伸ばして座ってタバコを吸っていた。
「お前…タバコ吸うのか」
意外すぎて驚いた。
荒々しい口調にもびっくりしたが、さっきまで王子様だとかイケメンだとか言われてたのに。
煙草を吸うこいつはものすごく妖艶で、煽情的だ。
「ここでしか吸いませんが」
「やめとけ、早死にするぞ」
「上等です」
そう言って気だるげにふーっと窓の外に煙を吐き出す。
黒服似合いそうだな、こいつ。
「そもそもタールやニコチンは体にいいんですよ。悪いのはそれ以外の化学物質です」
「化学物質を吸ってるから体に悪いんだろ」
「小麦粉や卵は害ではないけどケーキにした途端有害視されるのと同じようなもんです。今の発言はおいしいケーキを食べている人に白砂糖食ってるから太るんだろって言ってるのと同じですよ」
「屁理屈こねやがって」
「現代の僕たちの生活では有害なものをなくす方が難しいんですから、少しでもいい成分が入っているなら譲歩しましょうよ」
「コーヒーは譲歩しないくせにな」
この色気にやられそうになったが、言っていることはいつも通りなので安心した。
スバルは足元に置いた灰皿に吸い殻を押し付けて、また新しいタバコに火をつける。
「吸いすぎだ」
「一本吸ってみますか?」
「いらねえ」
スバルはまたふーっと窓の外に煙を吐く。
ああ、どこかでかいだ匂いだと思っていたが、思い出した。
コラさんのタバコと同じだ。
それに気づくと、タバコを吸ってるこいつがコラさんと重なった気がした。
「?どうかしましたか?」
(どうした、ロー?)
そばに立つ俺を見上げて言った。
「いや…やっぱり一本くれ」
スバルは箱から一本長く出して俺に向ける。
俺がその一本を取ってくわえると、スバルは慣れたように自分のタバコから火を移す。
顔、ちけえ…。
「…お前そういうこと女にもしてんのか?」
「なにがですか?」
「なんでもねえ…っげほっげほっ」
「吸ったことないんですか?」
「あるにはあるが…人間が吸うもんじゃねえな」
「『死の外科医』はクリーンですね」
ざまあみろ、と言うような顔でスバルが笑って、また煙を夜空に向かって吐く姿が妙に色っぽくて、思わず魅入ってしまった。
「女の子とよろしくしてきたんですか?」
「そんなんじゃねえ…というか、なんで店に行ったこと知ってんだよ」
「あなたなら暇ができたらまずは仲間のところに行くでしょう。あとは香水と酒と僕のじゃない煙草の匂いがするから、ペンギンさんたちのバーなんじゃないかと」
街灯や家の明かりがぽつぽつと淡く浮かび上がってきたのが見える。
「ゆっくりしてきて良かったのに」
ふーっと、ため息と一緒に煙を吐きながらそう言うのを眺める。
「あんなとこでゆっくりなんてできねえよ」
「そうですか…」
俺がそう言うと、心なしかスバルが少しご機嫌になったように見えた。
灰皿に煙草を押し付けて、出窓を降りる。
「今晩何食べたいですか?」
「焼き魚」
「そればっかりですね」
「いいだろ、確か鮭買ってなかったか?」
「そうでしたね…鮭って実は赤身じゃなくて白身魚に分類されるそうですよ」
「ふうん」
「じゃあおにぎりと味噌汁と焼き鮭と…ああ、おひたしにしましょうか」
「いいな」
「ほうれん草の「ほうれん」は華ノ国語でほうれん草の原産地「ルスカイナ」のことなんです。だから
「ほうれん草」は「ルスカイナの草」という意味なんですって」
「お前もう黙れ」
こんな奴が王子様なんてありえねえ。
だが、こいつらしいところは俺だけが知ってるんだと思うと、気分がいい。
end.