#03 無自覚な恋
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家へ戻ってコートをかけるとすぐに焼き芋をトースターに入れて、何やらキッチンで準備をしはじめた。
ウイイイイイン…という機械の音と、ガリガリガリと何かが削れる音がする。
キッチンで鳴る音か…?
心配になって後ろからのぞき込む。
「何してるんだ…?」
「コーヒー豆を専用ミルですり潰しています」
「コーヒー豆…?」
「あれ、見たことありませんでしたっけ?」
スバルは見たことない黒っぽい小ぶりな機械の蓋を開けて、フィルターをセットしたドリッパーに中身を入れる。
「コーヒーは生鮮食品です。豆は焼いてから1ヵ月、挽いてからは3日ほどしか持ちません。それ以降は油が酸化してしまいますからね。生豆を専用の焙煎機で煎ったものをこうして瓶に入れて保存しているんです」
スバルはキッチンに出しているコーヒー豆の入った瓶を俺に見せた。何種類かあるようで、瓶にマスキングテープを貼って『キリマンジャロ 深煎り 1/20~』『ステラスペシャル 深煎り 1/15~』など種類と煎り方と日付(おそらく作った日)を書いている。
「こだわりがあるんだな」
「ええ、奥が深くて面白いですよ。コーヒーは昔は質のいい豆の油を抽出したもので万病に効く薬とされ、貴族しか飲めないものだったんです」
またはじまった。スバルの蘊蓄。
スバルは口の細いヤカンから少しずつ湯を落としはじめた。
下に置いたサーバーのなかに、ぽたぽたとコーヒーの雫が砂時計のようにこぼれ落ちていく。
香ばしい香りが広がってきた。
しばらく何も話さず、黙ってコーヒーの花が膨らむのを二人で見ていた。
こいつ黙ってたら本当に美人だな…。
ペンギンたちはかっこいいと言っていたが、美人とか綺麗、の方が合ってると思う。
「ローさんは深煎りが好きですよね」
見惚れていたらいきなりそんなことを訊かれて、またはっとした。
「…そうだな」
「僕もです…さて、食べましょうか」
シンプルなデザインだが高級そうなマグカップにコーヒーを注いで、焼き芋の皿と一緒にテーブルに並べた。
「いただきます」
「いただきます」
コーヒーを一口。
「どうですか、僕のコーヒーは」
「うまい…」
本当においしい。
ステラのコーヒーもいいが…何が違うんだろう。
「ローさんは絶対このブレンドが好きだと思いました」
少し笑うスバルを見て、俺は照れ隠しのように焼き芋にありつく。
「焼きいもが甘くなるのは、さつまいもに含まれるβーアミラーゼという消化酵素が、加熱されて糊化したでん粉に作用して麦芽糖という甘味成分を生成するからだそうですよ」
「お前は黙って食えねえのか」
そう、こいつが綺麗なのは黙ってるときだけだ。
さっきドキッとしてしまった俺がバカだった。
「せっかく一緒に食べてるんですから楽しく食べましょうよ」
「お前の蘊蓄はいつになったら止むんだ」
「知らないことを知るのは楽しいでしょう」
「別に知らなくてもいい知識だろう」
「でも知っているのと知らないのとでは世界の見え方が違ってくると思いませんか?」
スバルはコーヒーを一口飲む。
「一日一つずつ何か新しいことを知るようにすれば、1年後には365個の知識がたまっているんですよ?僕はそうやってこの世界を深く知るために、毎日本を読むんです」
「それはいい心がけだな」
「それにしても、聞いてくれる相手がいるというのは嬉しいですね」
スバルはそう言うと、満足げに最後の一口を食べた。
「ごちそうさまでした…さて、僕は今日はもう外に出る用事はありませんので、自由にしていいですよ」
「ああ」
俺は空になったカップと皿をシンクに持って行った。
「スポンジはこれでいいのか?」
「いいですよ、僕洗いますから」
「お前いつも作ってくれるだろ。料理できねえから悪いなと思ってた」
「…ありがとうございます」
スバルは少し後ろから俺の手元を見ながら「簡単に汚れを落とす方法があってですね…」とまた蘊蓄を語りだした。