#02 ロシー
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side.セナガキ
午前3時50分。
仕事が終わって、黒髪癖毛の男の姿で部屋に戻ってくると、サングラスを外し、上着をハンガーにかけ、大きな窓の枠に座り、山の端が少しずつ明るくなっていくのを眺める。
返り血のついたスーツを処理する余力もなく気だるい。
こんな日は煙草が吸いたくなる。
煙を吸っては吐くを繰り返していると、持ってはいけない感情を吐き出せる気がする。
『死神』に任命されたのは少尉になってすぐ。確か16歳だった。
ロシーが着ていたあの『正義』のコートに憧れはあったけれど、秘密裏に動くのはロシーから受け継いだナギナギの実に合っていたし、育ちが育ちだったからすでに人殺しには慣れていたし、変装術も得意だ。これほど適任な人間はいない。
人を殺すことにためらいはない。
だから、煙草を吸うようになったのは、つい最近のこと。
あの黙祷会の日に、コビーさんに出会ってからだった。
『ロシーさん』
偽名でも、呼ばれた瞬間、血管の中を逆流していた血液が元に戻ろうとしているような、
自分が心のある人間だったことを思い出したような、そんな気がした。
「コビーさん…」
呟くように名前を呼んでみると、心の中でいろんな感情が渦巻く。
彼に出会うまで、自分が壊れていると思ったことも、仕事が辛いと感じたこともなかった。
あの日から、あの光が忘れられなくて、
希望を見たいと縋ってしまうもんで、
私には必要ない感情を切り捨てたくて、煙草がやめられなくなっていた。
…太陽みたいな人だったな。
私とは大違いだ。
おでこの出血、大丈夫かな。
前々から噂は聞いていた。
ものすごい勢いで昇進している若い海兵がいるって。
海軍の未来だってセンゴクさんが言ってた。
私が会っていい人じゃない。
でも、もう一度だけ。
一目見るだけでいいから、もう一度会いたい。
コビーさんに会いたい。
「ロシーさん」
ふと声が聞こえた。
窓の下からコビーさんが飛び上がる。
驚いて足を窓枠から降ろすと、空いたところに着地して、部屋の中に入ってきた。
「…!?」
「よかった、やっぱりここにいた」
「今日は男性なんですね」
どうしてここが分かったんだろう。
聞こうとしたけど、センゴクさん以外の人とは会話してはいけないことを思い出して、口をつぐむ。
「センゴクさんがあそこまで釘を刺すってことは、センゴクさんの部屋の近くなんじゃないかと思って」
「スーツ、似合いますね。
仕事終わりですか?
返り血すごいですが、お怪我はありませんか?」
色々と矢継ぎ早にきいてくる。
怪我はないけど、どうして来ちゃったんですか。
バカなんですか。
「すみません、あなたに会いたくて」
コビーさんが照れくさそうに言う。
まるで私が考えていることが全部筒抜けみたいで、どきどきする。
見聞色の覇気、だな。開花はしてなさそうだけど。
でも、そんなことは今はどうでもいい。
どうしよう。
本当に会えた。
「………」
「へへっ、おかげさまで、怪我、治ったんです。ありがとうございます」
コビーさんはバンダナを取って、十字の跡が残った額を見せて、にっこり笑う。
「これ…任務先の近くの花屋で見て、あなたを思い出して…気がついたら買ってしまっていました…お礼と言ってはなんですが、よかったら、受け取ってください」
ピンク色の包装紙でラッピングされた、ひまわりの花束だった。
どうして、ひまわりなんだろう。
「だって、ひまわりみたいに愛らしい人だと思ったから」
また私の心を読んだ。
誰に言ってるんだか…って思う。
私が受け取っていいものじゃないのも分かってる。
でも…ごめんなさい、センゴクさん。
私、コビーさんとお話したい。
もう私、センゴクさんとの約束、守れそうにない。
この人を知りたい。
「…そんなことを言われたのは生まれてはじめてだよ」
男の声のままそう口にすると、つぶやくような声が出た。
コビーさんは驚いて顔を赤くして、口元を手で隠す。
「…僕にとってはロシーさんはひまわりですから」
そんな反応をされると思っていなくて、こっちまで照れくさくなってくる。
顔には出さない自信はあるが、落ち着かなくてまた煙草に火をつける。
「意外と気障なんだな」
「そんなつもりは…!」
昔おつるさんに教えてもらった。
ひまわりの花言葉は『私はあなただけを見つめる』。
地域によっては好きな女性に告白する時にプレゼントするものらしい。
「男に言われてもなあ」
「えっ、ロシーさんって女の人じゃないんですか?!」
「ふうん?女だと思ったのか…?」
「えっ?!ええっ…?!え、ど、どっち…?!」
「はははっ」
素直すぎて揶揄うのが楽しくて、思わず笑ってしまった。
声を出して笑ったの、いつぶりだろう。
「…あの…女の人ですよね…??」
つい悪ノリが過ぎて、妖艶に笑いかけてから、コビーさんの顔にタバコの煙を吹きかける。
「…試してみるか?」
「もう、揶揄うのはやめてください!」
「あっはっはっ、面白いな、君」
こんなことで顔を真っ赤にする君が可愛くて、ついいじわるしてしまう。
「あの…本名をお聞きしてもいいですか?」
「セナガキ」
「セナガキさん…」
コビーさんは私の言った偽名を反芻した。
本名は絶対に教えてはいけない。
素顔も晒してはいけない。
本当の声で話してはいけない。
私のことを何も教えてはいけない。
私は死んだ人間と同じなのだから。
そう、全ては海軍のため。
それがこんなに辛いことだと思わなかった。
「ごめんなさい、無理を言ってしまいました。
またいつか、お名前、教えてくださいね、セナガキさん」
また君は、私の心を読んだ。
「では、そろそろ朝稽古の時間なので、失礼します。
また来てもいいですか?」
来てほしいけど、そう言うことはできないし、来てはいけない。
なんとも言えず、タバコの煙を吐く。
私の本心が読めたのか、コビーさんはまた照れ笑いして、階下に飛び降りて行った。
それを私は、窓から身を乗り出して見送った。
end.
午前3時50分。
仕事が終わって、黒髪癖毛の男の姿で部屋に戻ってくると、サングラスを外し、上着をハンガーにかけ、大きな窓の枠に座り、山の端が少しずつ明るくなっていくのを眺める。
返り血のついたスーツを処理する余力もなく気だるい。
こんな日は煙草が吸いたくなる。
煙を吸っては吐くを繰り返していると、持ってはいけない感情を吐き出せる気がする。
『死神』に任命されたのは少尉になってすぐ。確か16歳だった。
ロシーが着ていたあの『正義』のコートに憧れはあったけれど、秘密裏に動くのはロシーから受け継いだナギナギの実に合っていたし、育ちが育ちだったからすでに人殺しには慣れていたし、変装術も得意だ。これほど適任な人間はいない。
人を殺すことにためらいはない。
だから、煙草を吸うようになったのは、つい最近のこと。
あの黙祷会の日に、コビーさんに出会ってからだった。
『ロシーさん』
偽名でも、呼ばれた瞬間、血管の中を逆流していた血液が元に戻ろうとしているような、
自分が心のある人間だったことを思い出したような、そんな気がした。
「コビーさん…」
呟くように名前を呼んでみると、心の中でいろんな感情が渦巻く。
彼に出会うまで、自分が壊れていると思ったことも、仕事が辛いと感じたこともなかった。
あの日から、あの光が忘れられなくて、
希望を見たいと縋ってしまうもんで、
私には必要ない感情を切り捨てたくて、煙草がやめられなくなっていた。
…太陽みたいな人だったな。
私とは大違いだ。
おでこの出血、大丈夫かな。
前々から噂は聞いていた。
ものすごい勢いで昇進している若い海兵がいるって。
海軍の未来だってセンゴクさんが言ってた。
私が会っていい人じゃない。
でも、もう一度だけ。
一目見るだけでいいから、もう一度会いたい。
コビーさんに会いたい。
「ロシーさん」
ふと声が聞こえた。
窓の下からコビーさんが飛び上がる。
驚いて足を窓枠から降ろすと、空いたところに着地して、部屋の中に入ってきた。
「…!?」
「よかった、やっぱりここにいた」
「今日は男性なんですね」
どうしてここが分かったんだろう。
聞こうとしたけど、センゴクさん以外の人とは会話してはいけないことを思い出して、口をつぐむ。
「センゴクさんがあそこまで釘を刺すってことは、センゴクさんの部屋の近くなんじゃないかと思って」
「スーツ、似合いますね。
仕事終わりですか?
返り血すごいですが、お怪我はありませんか?」
色々と矢継ぎ早にきいてくる。
怪我はないけど、どうして来ちゃったんですか。
バカなんですか。
「すみません、あなたに会いたくて」
コビーさんが照れくさそうに言う。
まるで私が考えていることが全部筒抜けみたいで、どきどきする。
見聞色の覇気、だな。開花はしてなさそうだけど。
でも、そんなことは今はどうでもいい。
どうしよう。
本当に会えた。
「………」
「へへっ、おかげさまで、怪我、治ったんです。ありがとうございます」
コビーさんはバンダナを取って、十字の跡が残った額を見せて、にっこり笑う。
「これ…任務先の近くの花屋で見て、あなたを思い出して…気がついたら買ってしまっていました…お礼と言ってはなんですが、よかったら、受け取ってください」
ピンク色の包装紙でラッピングされた、ひまわりの花束だった。
どうして、ひまわりなんだろう。
「だって、ひまわりみたいに愛らしい人だと思ったから」
また私の心を読んだ。
誰に言ってるんだか…って思う。
私が受け取っていいものじゃないのも分かってる。
でも…ごめんなさい、センゴクさん。
私、コビーさんとお話したい。
もう私、センゴクさんとの約束、守れそうにない。
この人を知りたい。
「…そんなことを言われたのは生まれてはじめてだよ」
男の声のままそう口にすると、つぶやくような声が出た。
コビーさんは驚いて顔を赤くして、口元を手で隠す。
「…僕にとってはロシーさんはひまわりですから」
そんな反応をされると思っていなくて、こっちまで照れくさくなってくる。
顔には出さない自信はあるが、落ち着かなくてまた煙草に火をつける。
「意外と気障なんだな」
「そんなつもりは…!」
昔おつるさんに教えてもらった。
ひまわりの花言葉は『私はあなただけを見つめる』。
地域によっては好きな女性に告白する時にプレゼントするものらしい。
「男に言われてもなあ」
「えっ、ロシーさんって女の人じゃないんですか?!」
「ふうん?女だと思ったのか…?」
「えっ?!ええっ…?!え、ど、どっち…?!」
「はははっ」
素直すぎて揶揄うのが楽しくて、思わず笑ってしまった。
声を出して笑ったの、いつぶりだろう。
「…あの…女の人ですよね…??」
つい悪ノリが過ぎて、妖艶に笑いかけてから、コビーさんの顔にタバコの煙を吹きかける。
「…試してみるか?」
「もう、揶揄うのはやめてください!」
「あっはっはっ、面白いな、君」
こんなことで顔を真っ赤にする君が可愛くて、ついいじわるしてしまう。
「あの…本名をお聞きしてもいいですか?」
「セナガキ」
「セナガキさん…」
コビーさんは私の言った偽名を反芻した。
本名は絶対に教えてはいけない。
素顔も晒してはいけない。
本当の声で話してはいけない。
私のことを何も教えてはいけない。
私は死んだ人間と同じなのだから。
そう、全ては海軍のため。
それがこんなに辛いことだと思わなかった。
「ごめんなさい、無理を言ってしまいました。
またいつか、お名前、教えてくださいね、セナガキさん」
また君は、私の心を読んだ。
「では、そろそろ朝稽古の時間なので、失礼します。
また来てもいいですか?」
来てほしいけど、そう言うことはできないし、来てはいけない。
なんとも言えず、タバコの煙を吐く。
私の本心が読めたのか、コビーさんはまた照れ笑いして、階下に飛び降りて行った。
それを私は、窓から身を乗り出して見送った。
end.