序.前線へ
石と砂を踏む音。
乾いた大地と風を感じながら、一嵐来るかななどと考えルトゥー・イズゥムルートは人気 のない第5救護所で食事を取る。
敵襲も暫くはないだろうから、ゆっくり仮眠でもできると乾パンを口に投げ込もうとすれば横から取り上げられ声変わりしたばかりの不安定な声が。
「うっへぇー!お前、不味くないのこれ!」
乾パンを奪った赤い髪の男は、顔をしかめながら言う。
「烈斗、ルトゥーの飯 を取るんじゃない…。おれとお前が特殊 なだけだ。済まないなルトゥー」
隣に座ってきた鷹野 璃一が烈斗の代わりに謝る。
ルトゥーは別に構わないといったように首を振ると、彼のポケットの犬のぬいぐるみが喋り出す。
「構わねぇーけどよー!テメェ、いっつもルトゥーのメシを取りやがってどういう了見だァ!?」
可愛らしい見た目に反して粗悪な言葉を吐くソレに怒りを顕にした烈斗はぬいぐるみを掴もうと手を伸ばす。
「此処に居たか、双葉 烈斗!貴様!報告中に姿を消すとは何事だ!」
突然背後から怒鳴られた烈斗はビクリと肩を震わせ、壊れた機械のようにぎこちなく振り返る。そこに立っていたのは、静かに瞳に怒りを宿した淡い緑色の髪の少女 だった。
「ハッハッハー!残念だったな烈斗ォ!テメェの嫁さんが来たぞ!!!!!」
「ばっ…ちげぇよ!嫁じゃねぇし!!!!!」
ぬいぐるみを恨めしそうに睨みながら烈斗はボロジノの方へ駆けていく。
暫く、二人が言い争う声が聞こえていたがそれが聞こえなくなると璃一が心配そうにルトゥーを見つめる。
「まだ、食事は皆で取れないのか。…一度内地へ戻った方が…」
「大丈夫だ。問題ない。」
そう答えはするが、ルトゥーのエメラルドグリーンの瞳は陰り下を向く。
ただ、誰かと食事をする それだけの事がなぜできないのか。
考えるだけで思い出される、頬に散った生暖かい感触。賑やかだった空間が一瞬で無音化され、紅に染まる視界
手足は震え、歯がガタガタ音を立てる。
感じたことのないかのような恐怖が身を包み、音が遠のく。
真っ白なはずの手袋は、血色に染まり、石と砂の地面はあるはずのない死体 で埋めつくされる。
生き残ってしまったことへの申し訳なさと苦しさと悲しさと、これからどうすればいいのかが思考を遮る。
―潰せ。潰せ。壊してしまえ。
自分のものでありながら、自分のものでは無い声がこだまする。
もはや、喋っているのかどうかすら分からない。
「ルトゥー、深呼吸をしろ。ゆっくり、息を吸うんだ」
璃一の声が聞こえていないのか、いつの間にやら手には召喚されたハルベルトがカランカランと引きずられ音を奏でる。
荒い息のまま、何やら呟きながらがらフラフラと音もなく歩き出す。
被っていた深緑色の軍帽が宙を舞い少し湿っぽいような匂いの風に攫われる。
璃一はそんなルトゥーを見つめながら、つくづく可哀想な奴だなと思う。
聞けば、この戦場には一番最初の作戦から居るらしい。作戦が始まってから一年半は経っているから、消耗率の激しいこの地では一種の生ける伝説だ。
こんな彼に、どうすれば苦しみから解放してやれ楽にできるのだろうと考えるが最適解などあるはずもなく、ぼんやりと彼を眺めるだけ。
友人などルトゥーには必要ないのかもしれない。
声をかけようと口を開けばルトゥーによく似ていながら、眼帯と左頬の大きな傷跡のある男―デュルコワーズ・グランシャリオ―が近づく。
「いやはや、また発作かね。あれだけ刺激するなと言われていたのに相変わらずお節介だな鷹野。それだけ暇なら、家族 や相棒と親交を深めるだとかすれば良いものを。」
グランシャリオの頬にある傷跡はルトゥーが今も苦しむあの出来事 でできたものだ。
なのに、彼は一言も弱音を吐かないし苛立ち以外の感情を表出させた所を見たことがない。
彼なら、ルトゥーの苦しみを軽減できるのではないか。
「グランシャリオ…貴殿はどのようにしてあの日を…」
「深入りするな。貴様は貴様のやるべき事があるのだろう。この間抜けは放っておけ。子守りには慣れている」
言いたかった言葉を遮られ、関わるなと。
やるべき事があると言われても、今はルトゥーが心配だった。
不満を押し込むように拳をきつく握り締め、「…それでは任せます」と答える。
足早に去って仕舞おうとしていると、グランシャリオが一言
「親父殿に似てきたな。まぁ、お前としては不本意かもしれないが」
その言葉に、朧気になった父の顔が一瞬鮮明に思い出される。だが、すぐに消え去りグランシャリオは何歳なのか?という疑問が頭を過ぎる。
振り向けばもう、ルトゥーもグランシャリオも居らず少し遠くから大型の軍用車両がやって来る音がした。
乾いた大地と風を感じながら、一嵐来るかななどと考えルトゥー・イズゥムルートは
敵襲も暫くはないだろうから、ゆっくり仮眠でもできると乾パンを口に投げ込もうとすれば横から取り上げられ声変わりしたばかりの不安定な声が。
「うっへぇー!お前、不味くないのこれ!」
乾パンを奪った赤い髪の男は、顔をしかめながら言う。
「烈斗、ルトゥーの
隣に座ってきた鷹野 璃一が烈斗の代わりに謝る。
ルトゥーは別に構わないといったように首を振ると、彼のポケットの犬のぬいぐるみが喋り出す。
「構わねぇーけどよー!テメェ、いっつもルトゥーのメシを取りやがってどういう了見だァ!?」
可愛らしい見た目に反して粗悪な言葉を吐くソレに怒りを顕にした烈斗はぬいぐるみを掴もうと手を伸ばす。
「此処に居たか、双葉 烈斗!貴様!報告中に姿を消すとは何事だ!」
突然背後から怒鳴られた烈斗はビクリと肩を震わせ、壊れた機械のようにぎこちなく振り返る。そこに立っていたのは、静かに瞳に怒りを宿した淡い緑色の髪の
「ハッハッハー!残念だったな烈斗ォ!テメェの嫁さんが来たぞ!!!!!」
「ばっ…ちげぇよ!嫁じゃねぇし!!!!!」
ぬいぐるみを恨めしそうに睨みながら烈斗はボロジノの方へ駆けていく。
暫く、二人が言い争う声が聞こえていたがそれが聞こえなくなると璃一が心配そうにルトゥーを見つめる。
「まだ、食事は皆で取れないのか。…一度内地へ戻った方が…」
「大丈夫だ。問題ない。」
そう答えはするが、ルトゥーのエメラルドグリーンの瞳は陰り下を向く。
ただ、
考えるだけで思い出される、頬に散った生暖かい感触。賑やかだった空間が一瞬で無音化され、紅に染まる視界
手足は震え、歯がガタガタ音を立てる。
感じたことのないかのような恐怖が身を包み、音が遠のく。
真っ白なはずの手袋は、血色に染まり、石と砂の地面はあるはずのない
生き残ってしまったことへの申し訳なさと苦しさと悲しさと、これからどうすればいいのかが思考を遮る。
―潰せ。潰せ。壊してしまえ。
自分のものでありながら、自分のものでは無い声がこだまする。
もはや、喋っているのかどうかすら分からない。
「ルトゥー、深呼吸をしろ。ゆっくり、息を吸うんだ」
璃一の声が聞こえていないのか、いつの間にやら手には召喚されたハルベルトがカランカランと引きずられ音を奏でる。
荒い息のまま、何やら呟きながらがらフラフラと音もなく歩き出す。
被っていた深緑色の軍帽が宙を舞い少し湿っぽいような匂いの風に攫われる。
璃一はそんなルトゥーを見つめながら、つくづく可哀想な奴だなと思う。
聞けば、この戦場には一番最初の作戦から居るらしい。作戦が始まってから一年半は経っているから、消耗率の激しいこの地では一種の生ける伝説だ。
こんな彼に、どうすれば苦しみから解放してやれ楽にできるのだろうと考えるが最適解などあるはずもなく、ぼんやりと彼を眺めるだけ。
友人などルトゥーには必要ないのかもしれない。
声をかけようと口を開けばルトゥーによく似ていながら、眼帯と左頬の大きな傷跡のある男―デュルコワーズ・グランシャリオ―が近づく。
「いやはや、また発作かね。あれだけ刺激するなと言われていたのに相変わらずお節介だな鷹野。それだけ暇なら、
グランシャリオの頬にある傷跡はルトゥーが今も苦しむ
なのに、彼は一言も弱音を吐かないし苛立ち以外の感情を表出させた所を見たことがない。
彼なら、ルトゥーの苦しみを軽減できるのではないか。
「グランシャリオ…貴殿はどのようにしてあの日を…」
「深入りするな。貴様は貴様のやるべき事があるのだろう。この間抜けは放っておけ。子守りには慣れている」
言いたかった言葉を遮られ、関わるなと。
やるべき事があると言われても、今はルトゥーが心配だった。
不満を押し込むように拳をきつく握り締め、「…それでは任せます」と答える。
足早に去って仕舞おうとしていると、グランシャリオが一言
「親父殿に似てきたな。まぁ、お前としては不本意かもしれないが」
その言葉に、朧気になった父の顔が一瞬鮮明に思い出される。だが、すぐに消え去りグランシャリオは何歳なのか?という疑問が頭を過ぎる。
振り向けばもう、ルトゥーもグランシャリオも居らず少し遠くから大型の軍用車両がやって来る音がした。