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一章.怖めず臆せず

なんとか書き終え、傷だらけの真紅の万年筆に蓋をする。
少し荒くなった息を整えるために深呼吸を数回。
灰色の閉塞空間に唯一ある机と椅子にぐったりと身を投げ出し、溜息を一つこぼす。
数十秒も経たぬうちに起き上がり、時間を惜しむかのように先程とは違う本に天青てんせい色の万年筆でガリガリと感情をぶつける。
―やっと終われたと思い、もう二度と苦しみや苦悩を書きたくない、纏めまとめたくないと願った。
それなのにまた訳の分からない箱庭・・に連れてこられ、眠っていた俺自身・・・を事故と称して呼び出され、終わらない物語を転生を繰り返しては書かされ続ける。
何度も何度も何度も何度も繰り返し、永遠と輪廻の輪に戻ることのできない彼等・・を可哀想だと見ていた俺自身も、同じだと気づいた時にはもう精神は擦り切れていて。
元々、作家でも劇作家でもない俺の文章はただでさえ読みづらいだろうに、何の纏まりもない文になった。
もう、今の時点でも、上手くは書けていない。
書くのが好きなわけではないのに、女神・・に気に入られたせいで書かされ続ける。
これがどれ程の苦痛であるかなど、書けないほどで。
ずっと同じように繰り返すのに、同じ人物に恋に落ちる彼等・・の様子を見る事だけが唯一の息抜きになっている。
けれど―
「……執筆は進んでおりますか?貴方が書いているものは、制圧後に上へ送らねばならぬ報告書ですから、全て書き記さなければなりませんよ。そのためにお前に、を与えたのですから。そのように下らないものを書く暇があるのなら、早く仕事に戻りなさい」
頭に響く声に、顔をしかめながら休む事すら許されないのか、と小さく舌打ちを。
確かに何百年何千年と続けているが、ここまで急な展開を見せたのは確かに初めてかもしれない。
一つも残さず全て書き残せとは、無理難題ではあるが、やり遂げなければ戻ることすら許されない。
この仕事と、一番最初の仕事・・・・・・・とを比べれば至極まとも・・・な仕事なんだと己に言い聞かせ、真紅の万年筆を再び手に取った。
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