神々の土地。と言う異名を持つ領地、フェリアス。



その土地を治めるのは若干、七歳の少年だった。



フェリアスには土地の名前をそのまま取った中規模な町が一つ存在する。



人々は、日々平穏に生活し笑顔の耐えない平和な町であった。




「ライ様！！」




今、フェリアスの町中で一つの名前が高らかに叫ばれている。




「今、行きます！！」




その叫び声に答えるようにして高らかと声を上げた一人の少年は、金髪の髪を風になびかせながら町の中を疾走して行く。



彼こそが、この町を含むここいら一帯の領地、フェリアスを統治する年若い領主さまなのである。



名をライフォード・ロランスと言い、町の住人たちからは大抵、愛称のライで呼ばれている。




「おお、今日もライフォード様はお元気だなぁ…」




ベンチに腰掛けていた老人が町中を掛けて行くライフォードの姿にしみじみと呟いた。




「本当だねぇ～。ライさまの元気な姿を見なけりゃ一日が始まりゃしないよ」




老人の呟きを聞いていた老婦人は、元気に走って行くライフォードを見つめて嬉しげにそう言った。




「ライ様は、不思議なお力を持つ神の愛児だからね。まさに、“神々の地に舞い降りし天使”さねぇ」




町の人々は、ライフォードの姿を優しく見守り口々にそう呟いた。



そして、今日も神の土地に住まいし神の寵児は町の人々のために無償の人助けをしていくのであった。




「ライさま！ここです！！」




ライフォードを案内してきた男性は、一つの建物を示してそう言った。



そこは、集合住宅のようで入り口には心配そうな面持ちの女性が数人ライフォードの到着を不安気に待っていた。



ライフォードは、その女性たちに案内されとある部屋に通される。


「ライさま！娘を…」




その部屋には、高熱にうなされベッドに横たわる小さな少女と少女の母親らしき人物がいた。



女性は、何日も眠っていないようで酷くやつれた印象を受ける。




「もう大丈夫ですから…安心してください」




ライフォードは、涙を流す女性にそう言って優しく微笑むとベッドに横たわる少女に歩み寄る。



話では、すでに三日三晩高熱が続いているらしく。少女の顔は高熱の赤さとは別に酷く青ざめていた。




「このままでは衰弱してしまいますね…」




ライフォードは、少女の様子に事は一刻を争うと結論付けて少女の額に手をかざす。




「もう大丈夫ですからね…“Heal【ヒール】”…」




ライフォードが、まるで熱に浮かされる少女を安心させるかのようにそう言って一言呟くと少女の額に翳していた手が淡い光を放ち始める。



暫くすると、少女の苦しげな呼吸は穏やかに落ち着き数分も経たないうちに少女からは健やかな寝息が聞こえてきた。




「これで、もう安心ですよ。体力の消耗などを考えて今日一日はゆっくりと休ませてあげてください。そうすれば、明日には元気になっているはずですから…」




ライフォードは、最後にもう一度少女の体に他の異常がないかを確かめると女性に向かって優しく微笑んだ。




「本当にありがとうございました。ライさま」




建物の出入り口で少女の母親は、ライフォードに向かって深く頭を下げた。




「いいえ。大事になる前で本当に良かったです…どうぞ、お大事に」




ライフォードは、女性の頭を上げさせると花の綻ぶような笑顔を浮かべてそう言った。




「はい…」




その言葉と微笑みに女性は、心底安心したようにポロリと涙を零した。













「ライさ～ん！」




ライフォードが、女性と別れ町中を歩いていると声を掛ける一人の女性がいた。




「！メリーさん」




ライフォードは、手招きをする女性が誰かを確認すると嬉しそうに微笑んで女性の側に駆け寄った。



メリーとは、ベーカリーを営んでいる豪快で優しい奥様の名前だ。




「今日もボランティアの人助けですか？」




メリーは、自分の元に駆け寄ってきたライフォードに向かって嬉しそうに微笑んでそう言った。



町の人々は、ライフォードには母親が幼少の頃から居らず、唯一の肉親である父親も二年前に他界したことを知っている。



そのせいか、町に住む奥様方はまるでを自分の子どものように可愛がる傾向が多々あった。




「はい。今日は、熱を出されたお嬢さんのところに行って来ました」




ライフォードは、照れたように微笑みながらメリーにそう言った。




「人助けもいいですけど。余り無茶なことしちゃいけませんよ？皆心配してるんですから…」




「はい。わかっています！」




メリーの心底心配そうな声と言葉にライフォードは、真剣な顔でそう返事をする。



その一生懸命な様にメリーは柔らかく微笑んだ。




「わかっていればいいんですよ。ほい、これ持って行って下さい。出来立ての菓子パンですよ」




メリーは、そう言って小さめの紙袋に入れた焼きたての菓子パンをライフォードに手渡す。




「いつもありがとうございます！メリーさんのパンはいつでも優しい味がします」




「嫌だよう！そんなに褒められたら照れちゃうじゃないですか！！」




メリーは、ライフォードの言葉に豪快に笑いながら嬉しそうにそう言った。




「ライさま～！！」




ライフォードとメリーが話していると今度は通りの向かい側から声が掛けられ一人の女性が二人の元に掛けてきた。




「あら、レーン。どうしたんだい？」




「こんにちは。レーンさん」




ライフォードは、紙袋を抱えて走り寄ってくる女性に笑顔を向けた。



レーンは、メリーの向かい側の通りで果物や野菜などを売っている店の看板娘である。




「こんにちは。ライさま、メリーさん。実は、美味しいアプリコットが入ったんです。だから、ライさまに差し上げようと思って…」




レーンは、そう言ってライフォードの前に紙袋を差し出した。中には、熟した食べごろのアプリコットが入っている。




「いいんですか？」




「勿論ですよ！！」




「ありがとうございます！！」




ライフォードは、満面の笑顔をレーンに向けお礼を述べる。



その笑顔には道行く人々でさえ癒されている。




「いいんですよ。ライさまはいつも私達を助けてくださっているんですから」




「そうですよう！こんなのお礼にだってなりゃしませんって」




「そんなことないですよ。ボクは、皆さんが笑顔でいてくださるだけで本当に嬉しいんです！！」




「まったく、ライさんってば欲ってもんがないんですか？」




メリーは、そう言って苦笑を浮かべる。



いつものことだがライフォードと話していると本当に子どもなのだろうかと思ってしまうときがある。



言っていることがまるで聖人のように清らかで優しいのだ。







「そんな、ボクはとっても欲張りなんですよ？ボクは、皆さんが毎日笑顔でいてくれることといつまでもこの街にいてくれること…それに、皆さんがいつでも幸せであること…ホラ、こんなにあるんです。とっても欲張りでしょう？」




「そういうのは欲張りって言わないんです」




「そうですよ！！」




今だってそうだ。自分のことなど何一つ言わず周りの事ばかり、この子はもっと自由を欲するべきだと回りはいつも思っている。



七歳と言えば、遊びたい盛り。しかし、ライフォードは、暇さえあれば街に出て人を助けようとしている。



もっと我がままになればいい、もっと甘えればいい、周りの大人たちはそう思わずにはいられなかった。




「いいんです。だって、これがボクの欲しい物ですから…」




ライフォードは、そう言って幸せそうに瞳を細めた。



その表情にメリーとレーンは、やはりこの子は神様に愛される寵児なんだと思わずにはいられなかった。



こんなにも真っ白でこんなにも儚くてこんなにも強い子を神は愛しくて仕方ないのだろうと自分たち人間でさえ愛して止まないのだからと。



そして、ライフォードは、二人に再度丁寧に礼を述べるとその場を後にした。









「ハァ…アレで、まだ七歳なんだからねぇ…」




「そうなんですよね。ライさまはまだ子どもなんですよね」




二人は、小さくなってしまったライフォードの背中を見つめて互いに苦笑を浮かべた。




「あの子と話していると本当に自分が小さく感じちまうよ」




「私もです。私の方がお姉さんなのに変ですよね…ライさまと一緒にいると安心するんです」




「ああ、あの子は天使様だからね…この世の穢れを浄化しちまうんだろうさ…」




メリーは、感慨深げにそう呟いた。



それにレーンもどこか寂しげに頷いている。




「私たちの幸せは、あの子の生きて会えたってことだろうね…」




「はい。先代様には本当に感謝しています…ライさまをこの世に…私たちの元に導いてくださって…」




「ああ、あの子がこのフェリアスの領主である限り、この地は荒れる事も廃れる事も寂れることもないだろうよ」




「はい。私もそう思います」




レーンとメリーは、互いに顔を見合わせて本当に幸せそうに微笑んだ。



フェリアスの町は、人々の愛に溢れた心温まる優しい町。



それが一人の少年によるものだとはきっと訪れる旅人たちには思いも寄らないことだろう。



もちろん、本人さえ知らないことである。