あなたと異星交流
上品なそろいのコートを着たふたりが、この商店街のアーチをくぐったのはもうこれで四回目だった。はじめてくぐってからは一週間が経つ。汐奈は、隣を歩く”先輩”、萌奈美を見て満足げにほほ笑んだ。ここのところ汐奈は編み物を教えるという口実で先輩と時間を共にすることに何回も成功している。今などは先輩は少し俯き黙って歩いているが、必要ない会話なども少しづつするようになっていた。商店街の昭和くさいアーチも、オレンジがかった蛍光灯も、今の汐奈には虹と太陽のように見えた。
「あ、先輩、今日はうちに行く前に本屋に寄りませんか?」
汐奈はあることを思い出し、先輩の方を見て言った。
「…いいですよ」
ほら、自然な笑顔で答えてくれたではないか。ふたりの距離は、明らかに近づいている。
「この作家さんの新刊が欲しくて」
汐奈は商店街の小さな本屋の小さな新刊コーナーで、棚に一冊だけ収まっていた本を抜き取った。胸がどきどきする。
「新刊が出るたびにここで取り寄せてもらってたら、何も言わなくても入荷してくれるようになったんです。」
緊張で耐えられない沈黙をごまかすために、忙しなく唇が動く。
「他の作家さんの本も結構そうしてもらってて」
しかし、先輩の反応は期待していたものではなかった。
「…そうなんですね。…わ、わたしも、その作家さん…好きですよ」
(ぁあ~!やっぱり覚えてるのは私だけあるぅ”!)
「せ、先輩はもう買ったんですか?」
「…はい…。」
(し、しかも会話が終わったある!)
汐奈は、例えば森川と共通の好きなラノベの話などしているときはここは感想を聞く流れだったが、今はいい返事の期待をくじかれ軽いパニックに陥りそれどころではない。固まる足をレジに向け動かすと、先輩は黙ってついてきていていた。
***
汐奈が萌奈美と出会ったのは、今から半年ほど前、今年の五月のことだった。クラスではだんだんとグループができ始め、皆が机をくっつけてお昼を食べている中、汐奈は落ち着いてお昼を食べられる場所を探していた。昨日まではひとり教室でお弁当を食べていたし、それより前はできかけのグループを転々として机をくっつけあってお昼にしていた。しかし、今日はなぜか教室の騒がしさが耳につき、お弁当を広げる気が起きなかったのだ。
汐奈は一年生のときによく利用していた空き教室へ向かったが、思惑通りには行かなかった。四月の間汐奈が来なかったその教室は小さな野球場になっていたのだ。各々が持ち寄った長い棒に触れる紙の乾いた音と、その音が鳴るたびにあがる阿鼻叫喚の声々。汐奈は扉の前に立っただけでその声と熱気に圧倒され、その場から逃げ出した。そうして辿り着いたのが、先輩と初めて出会った場所だったのだ。
その部屋の物静かな雰囲気を感じ、無人を悟った汐奈はある部屋へ飛び込んだ。
「なっ…」
すると、思わず口から飛び出したような声がして汐奈はそちらを振り返った。左手で本をおさえ、右手に箸を握ったひとりの少女が
こちらを見ている。リボンの色はえんじ、汐奈はすぐその少女が三年生だとわかった。
暫しの沈黙の後、口を開いたのは汐奈だった。
「あ、ここでお昼を食べても…?」
汐奈は、彼女からはかなり離れた席の椅子を引いた。彼女は同じ境遇にある少女と決めつけ、彼女なら同じ空間で食事をしてもいいと思ったのだ。思っていた通り、彼女は黙って頷いた。そのときだった。ばさばさっ!というすさまじい音とともに、一羽の小さな鳥が教室に入ってきて、少女の座る席の机にぶつかった。今度はばさり、と音がしてその鳥と少女の持っていた本が床に転落した。汐奈と少女はその場に駆け寄った。汐奈は床に倒れた鳥を起こし抱えて、少女は本を拾って埃を払った。汐奈はさっき鳥が入ってきた窓の傍に寄り、鳥を軒に立たせてやるとすぐに鳥は外へ駆け出して行った。
「「よかったぁ…」」
そのとき、声が重なった。汐奈は少女を振り返った。
「怪我、なかったみたいですね。」
何気なくそう声を掛けると、少女は小さく首を振り言った。
「いえ、私の友達が、無事で。」
「…」
少女は、先ほどに拾った本を大事そうに抱えながら言った。
汐奈はその瞬間、ぞくぞくと背に這い上がるものを感じた。胸がどきどきして、頬が熱くなった。そのときの感情の名前は、今でもわからない。その後、汐奈は何度もその空き教室を訪れたが、彼女にそこで会えることはなかった。汐奈はそのことは残念に思ったが、お昼は教室で食べるようになった。
(なんていうか…自信がついたあるな)
自分に友達がいないなどということはないと。その後の汐奈は、友達探しに一層熱心になった。毎日のように学校の図書館へ行き、商店街の本屋に行く頻度も増えた。もとから読書は好きな方だったが、この数か月で部屋が一気に本で溢れかえるようになった。その中には、あのとき先輩が読んでいた本や、それと同じ作家のものも加わっていた。
(そう思うと、ちょっと意外だったあるなぁ…)
気が付くと汐奈の部屋までついており、少し頬を染めて作りかけのマフラーを取り出す先輩を見て汐奈は思った。まさか、本がカーディガンをくれたということはないだろう。
(先輩にも、それとは別に大事な”人”がいるあるな)
そう思うと、なんだか言いようもない気分に襲われたりもするのだ。
「あ、先輩、今日はうちに行く前に本屋に寄りませんか?」
汐奈はあることを思い出し、先輩の方を見て言った。
「…いいですよ」
ほら、自然な笑顔で答えてくれたではないか。ふたりの距離は、明らかに近づいている。
「この作家さんの新刊が欲しくて」
汐奈は商店街の小さな本屋の小さな新刊コーナーで、棚に一冊だけ収まっていた本を抜き取った。胸がどきどきする。
「新刊が出るたびにここで取り寄せてもらってたら、何も言わなくても入荷してくれるようになったんです。」
緊張で耐えられない沈黙をごまかすために、忙しなく唇が動く。
「他の作家さんの本も結構そうしてもらってて」
しかし、先輩の反応は期待していたものではなかった。
「…そうなんですね。…わ、わたしも、その作家さん…好きですよ」
(ぁあ~!やっぱり覚えてるのは私だけあるぅ”!)
「せ、先輩はもう買ったんですか?」
「…はい…。」
(し、しかも会話が終わったある!)
汐奈は、例えば森川と共通の好きなラノベの話などしているときはここは感想を聞く流れだったが、今はいい返事の期待をくじかれ軽いパニックに陥りそれどころではない。固まる足をレジに向け動かすと、先輩は黙ってついてきていていた。
***
汐奈が萌奈美と出会ったのは、今から半年ほど前、今年の五月のことだった。クラスではだんだんとグループができ始め、皆が机をくっつけてお昼を食べている中、汐奈は落ち着いてお昼を食べられる場所を探していた。昨日まではひとり教室でお弁当を食べていたし、それより前はできかけのグループを転々として机をくっつけあってお昼にしていた。しかし、今日はなぜか教室の騒がしさが耳につき、お弁当を広げる気が起きなかったのだ。
汐奈は一年生のときによく利用していた空き教室へ向かったが、思惑通りには行かなかった。四月の間汐奈が来なかったその教室は小さな野球場になっていたのだ。各々が持ち寄った長い棒に触れる紙の乾いた音と、その音が鳴るたびにあがる阿鼻叫喚の声々。汐奈は扉の前に立っただけでその声と熱気に圧倒され、その場から逃げ出した。そうして辿り着いたのが、先輩と初めて出会った場所だったのだ。
その部屋の物静かな雰囲気を感じ、無人を悟った汐奈はある部屋へ飛び込んだ。
「なっ…」
すると、思わず口から飛び出したような声がして汐奈はそちらを振り返った。左手で本をおさえ、右手に箸を握ったひとりの少女が
こちらを見ている。リボンの色はえんじ、汐奈はすぐその少女が三年生だとわかった。
暫しの沈黙の後、口を開いたのは汐奈だった。
「あ、ここでお昼を食べても…?」
汐奈は、彼女からはかなり離れた席の椅子を引いた。彼女は同じ境遇にある少女と決めつけ、彼女なら同じ空間で食事をしてもいいと思ったのだ。思っていた通り、彼女は黙って頷いた。そのときだった。ばさばさっ!というすさまじい音とともに、一羽の小さな鳥が教室に入ってきて、少女の座る席の机にぶつかった。今度はばさり、と音がしてその鳥と少女の持っていた本が床に転落した。汐奈と少女はその場に駆け寄った。汐奈は床に倒れた鳥を起こし抱えて、少女は本を拾って埃を払った。汐奈はさっき鳥が入ってきた窓の傍に寄り、鳥を軒に立たせてやるとすぐに鳥は外へ駆け出して行った。
「「よかったぁ…」」
そのとき、声が重なった。汐奈は少女を振り返った。
「怪我、なかったみたいですね。」
何気なくそう声を掛けると、少女は小さく首を振り言った。
「いえ、私の友達が、無事で。」
「…」
少女は、先ほどに拾った本を大事そうに抱えながら言った。
汐奈はその瞬間、ぞくぞくと背に這い上がるものを感じた。胸がどきどきして、頬が熱くなった。そのときの感情の名前は、今でもわからない。その後、汐奈は何度もその空き教室を訪れたが、彼女にそこで会えることはなかった。汐奈はそのことは残念に思ったが、お昼は教室で食べるようになった。
(なんていうか…自信がついたあるな)
自分に友達がいないなどということはないと。その後の汐奈は、友達探しに一層熱心になった。毎日のように学校の図書館へ行き、商店街の本屋に行く頻度も増えた。もとから読書は好きな方だったが、この数か月で部屋が一気に本で溢れかえるようになった。その中には、あのとき先輩が読んでいた本や、それと同じ作家のものも加わっていた。
(そう思うと、ちょっと意外だったあるなぁ…)
気が付くと汐奈の部屋までついており、少し頬を染めて作りかけのマフラーを取り出す先輩を見て汐奈は思った。まさか、本がカーディガンをくれたということはないだろう。
(先輩にも、それとは別に大事な”人”がいるあるな)
そう思うと、なんだか言いようもない気分に襲われたりもするのだ。