あなたと異星交流
幼馴染の猫田萌奈実は、小春が今まで出会った中で一番美しい少女である。小さくて細くて白くて、美しいブロンドのロングヘアーにまるい瞳。小春の足の間に座って小さくなっている姿は、
「もこみ、ねこみたい」
正直な気持ちを告げると、「なにそれ」と言って拗ねてしまった。
小春は、特に機嫌をとることもせず柔らかいブロンドの髪を撫でた。もこみというのは、いつだか思い出せないくらい昔に小春が萌奈実につけたあだ名である。あだ名をつけた時が思い出せないなら、出会った時のことも朧げにしか覚えていない。萌奈実のお母さんによると、猫田家が小春の家の隣に越してきて、一人っ子の萌奈実に小春がお姉ちゃんのように接した、らしい。初めは小春が萌奈実の家に通い詰めていたが、去年、小春が高校生になったタイミングでいきなり家は伽藍堂になってしまった。自然と誰にも邪魔されない小春の家に萌奈実がくるようになったのは当然と言えることだろう。
「小春ちゃん、そろそろやめてください」
髪を撫でられるがまま小春の肩に顔を埋めていた萌奈実が急に上半身を立てて座り直した。
「なんで?」
萌奈実は答えずに四つん這いになって小春の足の間から抜け出して、テレビとその傍らに置いてあるゲーム機のスイッチを入れた。
「マ○カーやりたいって言ったじゃん」
「ああ、そうだったね、ごめんごめん」
小春は、先ほどのメールを思い出す。「やっぱり家に行っていい?」というメッセージに「何かあったの?」と返したら、「急にマ○カーで対戦したくなった」と返ってきたのだ。小春は、適当に理由をけて家でダラダラしたいのだと解釈したから、別に本気でやらなくてもいいと思っていたのだ。しかも、小春が帰宅したら学校指定らしい上品なショートコートにプリーツスカートのまま着替えもせずに玄関の前に立っていたので(お母さんと朝喧嘩でもしたのかな、それで家に帰りたくないのかな)とか思ったのだ。
「小春ちゃん、コントローラーいつものとこにないけど」
「ん?」
小春は膝立ちでテレビの下にある引き出しをかき回している萌奈実の背後覆いかぶさるようにまわった。腕を伸ばして引き出しのの奥に落ちたコントローラーを取ろうとして、自然と萌奈実の肩に顎を乗せてしまう。
「わっ」
萌奈実は声をあげたけど、特に抵抗はせずに小春の胴体の動きに合わせて前屈みになった。
小春はコントローラーを拾うことに成功して、起き上がった。
「はい、取れたよ。あれ?てか朝あげたリボンは?」
髪を撫でていた時になぜ気が付かなかったのか、今朝小春がハーフアップに結った髪がほどかれている。髪を結ったゴムの上から結んだピンクのリボンも消えていた。
「えっ」
萌奈実は慌てたように後頭部に手で触れた。
「ごめん、どこかで落としちゃったかも」
その態度に小春はあれ、と思った。萌奈実は重度のコミュ障で他人に対してはいつもちょっと怯えたような目をしている(そして何も喋らない)が、小春に対しては甘えた、言い換えればちょっと傲慢な態度だ。なんだか今の萌奈実は小春以外の人へのちょっと怯えた視線が混ざっている気がした。
「いいのよ、明日はブルーのリボンつけてあげる」
小春は、萌奈実がなるべく怖くないように言って頭を抱いた。そしてそのまま再び髪を撫でてやる。萌奈実は恥ずかしそうに体を捩って小春の腕から抜け出し、立ち上がった。否、立ちあがろうとした。小春は立てていた膝で萌奈実の膝下丈のプリーツスカートを踏んでいたらしい。テーブルクロス引きを失敗した食器の如く、後ろに倒れる。萌奈実はそのまま小春に覆う被さるようにして共倒れになった。
二人は何が起こったのかわからなくて、しばらくその体制のまま固まっていた。
先に動いたのは萌奈実だった。床についたと思った手がちょうど指を広げて収まるくらいの大きさの柔らかいものに沈み込んでいることに気づいて、慌てて飛ぶように起き上がった。
上にのしかかっていた重石がどいて、小春もゆっくり起き上がった。萌奈実は小春に背を向けて正座していた。こちらからチラリと見える普段なら色白の耳が、真っ赤に染まっている。
小春は、萌奈実に気づかれないように小さくため息をついた。こういうところが困るのだ。
(ここで私が例えば目を閉じたりしたなら、もこみはきっとそのまま胸を撫でて、キスして、服を脱がしたりしたいんだろうなあ)
萌奈実本人の口から聞いたわけではないのだが、小春は萌奈実と十年以上の時を共にしている。萌奈実が女の子が好きな女の子で、そしてきっと小春のことが好きであろうことくらいはわかっているのだ。そして、それを知っていて受け入れることも拒むこともできずにいることも。
小春は、所謂ノンケというやつだ。しかも結構な男好きと言えるだろう。今まで、何人もの男と付き合ってきた。数十分前にアヤちゃんがほざいていた前の彼氏と別れたの1週間前じゃなかったっけとかいうやつはあながち間違いでもない。萌奈実という少女に、どう頑張っても友愛以上の感情は抱くことができない。でも、拒むこともできないでいる。それも萌奈実を傷つけるかもしれない、なんて綺麗な感情ではなくて。
萌奈実が小春のことを諦めて、他の人を好きになること。
それが耐えられないなんて、小春は自分で自分のことを嫌な女だと思う。
それからは、何事もなかったかのように過ごした。対戦をしながら今日あった事とかどうでもいいことを話して、すっかり陽の落ちた7時頃、小春は萌奈実を萌奈実の家の玄関まで送り届けた。家は隣なのにこんなことをするのも、萌奈実が小春の家に来た時の長年の暗黙の了解なのだ。
「もこみ、ねこみたい」
正直な気持ちを告げると、「なにそれ」と言って拗ねてしまった。
小春は、特に機嫌をとることもせず柔らかいブロンドの髪を撫でた。もこみというのは、いつだか思い出せないくらい昔に小春が萌奈実につけたあだ名である。あだ名をつけた時が思い出せないなら、出会った時のことも朧げにしか覚えていない。萌奈実のお母さんによると、猫田家が小春の家の隣に越してきて、一人っ子の萌奈実に小春がお姉ちゃんのように接した、らしい。初めは小春が萌奈実の家に通い詰めていたが、去年、小春が高校生になったタイミングでいきなり家は伽藍堂になってしまった。自然と誰にも邪魔されない小春の家に萌奈実がくるようになったのは当然と言えることだろう。
「小春ちゃん、そろそろやめてください」
髪を撫でられるがまま小春の肩に顔を埋めていた萌奈実が急に上半身を立てて座り直した。
「なんで?」
萌奈実は答えずに四つん這いになって小春の足の間から抜け出して、テレビとその傍らに置いてあるゲーム機のスイッチを入れた。
「マ○カーやりたいって言ったじゃん」
「ああ、そうだったね、ごめんごめん」
小春は、先ほどのメールを思い出す。「やっぱり家に行っていい?」というメッセージに「何かあったの?」と返したら、「急にマ○カーで対戦したくなった」と返ってきたのだ。小春は、適当に理由をけて家でダラダラしたいのだと解釈したから、別に本気でやらなくてもいいと思っていたのだ。しかも、小春が帰宅したら学校指定らしい上品なショートコートにプリーツスカートのまま着替えもせずに玄関の前に立っていたので(お母さんと朝喧嘩でもしたのかな、それで家に帰りたくないのかな)とか思ったのだ。
「小春ちゃん、コントローラーいつものとこにないけど」
「ん?」
小春は膝立ちでテレビの下にある引き出しをかき回している萌奈実の背後覆いかぶさるようにまわった。腕を伸ばして引き出しのの奥に落ちたコントローラーを取ろうとして、自然と萌奈実の肩に顎を乗せてしまう。
「わっ」
萌奈実は声をあげたけど、特に抵抗はせずに小春の胴体の動きに合わせて前屈みになった。
小春はコントローラーを拾うことに成功して、起き上がった。
「はい、取れたよ。あれ?てか朝あげたリボンは?」
髪を撫でていた時になぜ気が付かなかったのか、今朝小春がハーフアップに結った髪がほどかれている。髪を結ったゴムの上から結んだピンクのリボンも消えていた。
「えっ」
萌奈実は慌てたように後頭部に手で触れた。
「ごめん、どこかで落としちゃったかも」
その態度に小春はあれ、と思った。萌奈実は重度のコミュ障で他人に対してはいつもちょっと怯えたような目をしている(そして何も喋らない)が、小春に対しては甘えた、言い換えればちょっと傲慢な態度だ。なんだか今の萌奈実は小春以外の人へのちょっと怯えた視線が混ざっている気がした。
「いいのよ、明日はブルーのリボンつけてあげる」
小春は、萌奈実がなるべく怖くないように言って頭を抱いた。そしてそのまま再び髪を撫でてやる。萌奈実は恥ずかしそうに体を捩って小春の腕から抜け出し、立ち上がった。否、立ちあがろうとした。小春は立てていた膝で萌奈実の膝下丈のプリーツスカートを踏んでいたらしい。テーブルクロス引きを失敗した食器の如く、後ろに倒れる。萌奈実はそのまま小春に覆う被さるようにして共倒れになった。
二人は何が起こったのかわからなくて、しばらくその体制のまま固まっていた。
先に動いたのは萌奈実だった。床についたと思った手がちょうど指を広げて収まるくらいの大きさの柔らかいものに沈み込んでいることに気づいて、慌てて飛ぶように起き上がった。
上にのしかかっていた重石がどいて、小春もゆっくり起き上がった。萌奈実は小春に背を向けて正座していた。こちらからチラリと見える普段なら色白の耳が、真っ赤に染まっている。
小春は、萌奈実に気づかれないように小さくため息をついた。こういうところが困るのだ。
(ここで私が例えば目を閉じたりしたなら、もこみはきっとそのまま胸を撫でて、キスして、服を脱がしたりしたいんだろうなあ)
萌奈実本人の口から聞いたわけではないのだが、小春は萌奈実と十年以上の時を共にしている。萌奈実が女の子が好きな女の子で、そしてきっと小春のことが好きであろうことくらいはわかっているのだ。そして、それを知っていて受け入れることも拒むこともできずにいることも。
小春は、所謂ノンケというやつだ。しかも結構な男好きと言えるだろう。今まで、何人もの男と付き合ってきた。数十分前にアヤちゃんがほざいていた前の彼氏と別れたの1週間前じゃなかったっけとかいうやつはあながち間違いでもない。萌奈実という少女に、どう頑張っても友愛以上の感情は抱くことができない。でも、拒むこともできないでいる。それも萌奈実を傷つけるかもしれない、なんて綺麗な感情ではなくて。
萌奈実が小春のことを諦めて、他の人を好きになること。
それが耐えられないなんて、小春は自分で自分のことを嫌な女だと思う。
それからは、何事もなかったかのように過ごした。対戦をしながら今日あった事とかどうでもいいことを話して、すっかり陽の落ちた7時頃、小春は萌奈実を萌奈実の家の玄関まで送り届けた。家は隣なのにこんなことをするのも、萌奈実が小春の家に来た時の長年の暗黙の了解なのだ。