あなたと異星交流
汐奈は、昨日の先輩とのやりとりについて、後悔はしていなかった。
(まあ、よくよく考えれば会話が成立しなくて正解だったアルね)
赤いチャイナ風の肩にかける鞄から教科書を取り出して机にしまっていく。窓の外では、山脈からの冷たい風が広い校庭に植えられた太く古い木の枯れた葉を容赦なく払い落としている。手元に視線を戻せば、かさついた指が目に入った。
「萌野黒」
低い男声が耳に届く。
「おー、森川」
森川は後ろの席に座る男子だ。
「なあ、昨日どうしたよ?」
「昨日?あ、ああ、ちょっと急用アル。許せアル~」
そうやって軽く返すと、森川はそうかよと言って登校してきた男友達の方に行ってしまった。きっと吉田にも同じことを言われるだろうが、きっとそれは朝のホームルームが終わった後だろう。吉田はいつも始業チャイムギリギリで滑り込んで来るからだ。
汐奈は机の中から一冊の文庫本を取り出して開いた。
別に本なんか読まなくたって教室に話せる人はたくさんいる。でも、と汐奈は思う。
(男子は、別に私と仲良くする気なんかねぇアル)
開いた本を眺めているふりをして窓に目をやれば、また一枚葉が払い落とされて独り宙を舞っていく。
森川や吉田も、別に友達と言えるほどの仲ではない。ただ、掃除当番を共にする席の近い人だ。他のクラスの男子だって、そばによって話しかければ返すけど、普段のメンバーに女子を一人だけ混ぜる気なんかないし、親友とかになる気もない。その場かぎりの付き合いだ、と汐奈は思う。
(それに女子とは・・・友達になりたくねえアル)
今度は女子とは、その場限りの付き合いで居たいのだ。
(女友達は欲しいけど、深い仲になると逃げちゃうのはこっちアル)
だから。いくら憧れの先輩でも、仲良くしない方がいいのだ。
「なあ、お前猫田萌奈実と昨日いたよな?」
予想通り始業チャイムと共に教室に滑り込んできた吉田は、予想通りホームルーム後に話しかけてきたが、内容は予想通りのものではなかった。
「ねこ・・・?」
「猫田萌奈実だよ。三年の。四月に演劇部に入って来たけど、五月に辞めた」
吉田は、演劇部だ。
「いや、知るわけねえアル。もっと見た目とか」
「金髪碧眼」
「あっ⁉︎ あのひと、そんな名前アルかぁ。」
昨日保健室に運んだ先輩だろう、と汐奈は確信した。
「うん。仲いいのか?って聞こうとしたけど、よくないみたいだな」
吉田は、ふーんといった様子で去ろうとするので、汐奈は慌てて引き留めた。
「どんな人、アルか。」
汐奈は、仲良くなるつもりなんかないのにそんなことを聞いてどうする、と思いつつ口に出していた。
「いや、知らん。話そうとしないし。なんかイギリス人らしい、ってことくらいだな。」
「ふーん、まあそうアルよね。」
「うん。てか俺が萌野黒にどんな人か聞こうとしてた。」
なるほど、と汐奈は頷いた。同時に、昨日は自分と話したくなかったのではなく誰とも話さない人なのだと知って少し安心する。
話が一段落つき、やっぱり吉田は別のグループの元へ去っていく。しかし、汐奈が本を開いたところで戻ってきた。
「あ、そういえば虐められてるらしい。」
割と重大なことを、明日の天気は曇りらしい、みたいな軽さで言うのはやめて欲しいと汐奈は思う。
(まあ、よくよく考えれば会話が成立しなくて正解だったアルね)
赤いチャイナ風の肩にかける鞄から教科書を取り出して机にしまっていく。窓の外では、山脈からの冷たい風が広い校庭に植えられた太く古い木の枯れた葉を容赦なく払い落としている。手元に視線を戻せば、かさついた指が目に入った。
「萌野黒」
低い男声が耳に届く。
「おー、森川」
森川は後ろの席に座る男子だ。
「なあ、昨日どうしたよ?」
「昨日?あ、ああ、ちょっと急用アル。許せアル~」
そうやって軽く返すと、森川はそうかよと言って登校してきた男友達の方に行ってしまった。きっと吉田にも同じことを言われるだろうが、きっとそれは朝のホームルームが終わった後だろう。吉田はいつも始業チャイムギリギリで滑り込んで来るからだ。
汐奈は机の中から一冊の文庫本を取り出して開いた。
別に本なんか読まなくたって教室に話せる人はたくさんいる。でも、と汐奈は思う。
(男子は、別に私と仲良くする気なんかねぇアル)
開いた本を眺めているふりをして窓に目をやれば、また一枚葉が払い落とされて独り宙を舞っていく。
森川や吉田も、別に友達と言えるほどの仲ではない。ただ、掃除当番を共にする席の近い人だ。他のクラスの男子だって、そばによって話しかければ返すけど、普段のメンバーに女子を一人だけ混ぜる気なんかないし、親友とかになる気もない。その場かぎりの付き合いだ、と汐奈は思う。
(それに女子とは・・・友達になりたくねえアル)
今度は女子とは、その場限りの付き合いで居たいのだ。
(女友達は欲しいけど、深い仲になると逃げちゃうのはこっちアル)
だから。いくら憧れの先輩でも、仲良くしない方がいいのだ。
「なあ、お前猫田萌奈実と昨日いたよな?」
予想通り始業チャイムと共に教室に滑り込んできた吉田は、予想通りホームルーム後に話しかけてきたが、内容は予想通りのものではなかった。
「ねこ・・・?」
「猫田萌奈実だよ。三年の。四月に演劇部に入って来たけど、五月に辞めた」
吉田は、演劇部だ。
「いや、知るわけねえアル。もっと見た目とか」
「金髪碧眼」
「あっ⁉︎ あのひと、そんな名前アルかぁ。」
昨日保健室に運んだ先輩だろう、と汐奈は確信した。
「うん。仲いいのか?って聞こうとしたけど、よくないみたいだな」
吉田は、ふーんといった様子で去ろうとするので、汐奈は慌てて引き留めた。
「どんな人、アルか。」
汐奈は、仲良くなるつもりなんかないのにそんなことを聞いてどうする、と思いつつ口に出していた。
「いや、知らん。話そうとしないし。なんかイギリス人らしい、ってことくらいだな。」
「ふーん、まあそうアルよね。」
「うん。てか俺が萌野黒にどんな人か聞こうとしてた。」
なるほど、と汐奈は頷いた。同時に、昨日は自分と話したくなかったのではなく誰とも話さない人なのだと知って少し安心する。
話が一段落つき、やっぱり吉田は別のグループの元へ去っていく。しかし、汐奈が本を開いたところで戻ってきた。
「あ、そういえば虐められてるらしい。」
割と重大なことを、明日の天気は曇りらしい、みたいな軽さで言うのはやめて欲しいと汐奈は思う。