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審神者の霊力が枯渇したので、ボランティアを募集します。

 霊力というものは、まだまだ解明されていない部分が多い。安定した術や、それを組み込んだ鍛刀設備をみんな使っているが、人工的に霊力を作れない時点で完全ではない。何によってどこから生まれるのかも、霊力で行えることも、専門家ですらわからない部分はある。

 私たち審神者が悩まされるのは、その不可思議な力を日常的に使うことで起こる、原因不明の症状だ。霊力は一時枯渇しても、自然回復するというのが一般的な見解だ。けれど、その機能が突然弱る例も多く報告されている。

 悔しいことに、私もその一人だった。胡散臭い栄養剤などでごまかしてきたけれど、もう限界が近いという。そして、噂には聞いていた通り、私にも「刀剣男士に抱いてもらえ」と。要約すればそうなることを長々と聞かされた。

 大きな戦の真っ只中だ。人材が有限である以上、退任という形で戦を離れることですら、なかなか無責任だ。限界を見誤って死にたくもない。となると、政府の提案を前向きに検討することになる。
 それと刀剣男士の人権というか、そういうことを強制されない権利と天秤にかけて……。私だけで判断ができなかった。

 私は、自分の刀剣たちの意思とボランティア精神に賭けてみることにした。幸いと言っていいのか、刀剣男士は皆いいひとで容姿もよく、私の方からは誰かが生理的に無理ということもない。後ろめたくなるような恋人もいない。究極、必要性と信頼関係があればできないことではないと思う。



 朝食後に皆を広間に集めて、事情を話した。普通なら、そんなことでボランティアで募る私も非難されるだろう。数年間共に過ごした付喪神たちは、神妙な面持ちで話を聞いてくれた。私に同情するような、辛そうな顔をする刀もいる。

 私が自分の身に起きたことと共に伝えた内容は、こうだ。
 本丸の運営維持のため、私はこの結論を出しました。でも誰かに直接頼めば、気が進まない刀も無理をしてしまう気がする。
 そこでお願いがあります。この本丸の中に協力してくれる刀がいるなら、今夜零時に私の寝室に来てください。
 ……誰も来なかったとしても、一応打つ手はあるので、本丸がなくなる心配はしなくて大丈夫。「どうしても自分の本丸の刀剣男士とはそういうことが出来ない」という審神者のために、書類申請をしてお金を支払えば、政府の刀剣男士がお相手してくださるそうです。

 これは皆には言わなかったが、なぜ真っ先に後腐れのない方を選ばないかというと、本丸の懐事情と、見ず知らずの女を抱かされる政府の刀剣もかなりかわいそうだからだ。


 皆に今の状況を説明したあとは、普通に解散して通常業務に戻ってもらった。夜までの間に誰かが決断してくれたら、その尊い犠牲で本丸は続いていくだろう。
 急な運営危機の報せで、無骨な刀はどこかイライラしているようだった。幼い見た目の短刀は、瞳を潤ませる子もいた。どうして今日まで相談してくれなかったのかと言われても、本当に栄養剤か原因不明の完治か、抱いてもらうかしか手がなかったのだ。

 お風呂上がりに庭を見ながらゆっくり水を飲んで、気持ちを落ち着けた。少なくとも、私にとってはこれから大変な事が待っている。
 なるようにしかならないと覚悟を決めて、予定時刻の十五分前に自室へ戻る。

 ……私の部屋の前は、がやがやと大勢が集まり、初売りセールのような賑わいだった。


 デモでも起こしてるのかと思うような光景だ。体格のいい者も多くいる。本丸には何十名も暮らしているのだから、そのほとんどが集まれば廊下なんて狭いに決まっている。
 戻ってきた私を一番に見つけたのは、山姥切国広だった。まさに昼間、どうして相談してくれなかったのかと呟いた、私の初期刀だ。彼は集まった刀たちのほうを眺めてから、はあとため息をついてかぶった布を引き下げる。

「あんたの一大事とあれば、と思って来たんだが……俺の出る幕ではないか」

 帰っていくかのように聞こえる台詞だが、その気配はない。きれいな鋭い瞳で私の返事を待つみたいな……『そんなことないよ』待ちらしき圧があった。これが普段の仕事なら、もちろんそう答えるんだけど……。今言えば、この場で彼を指名したも同然だ。
 言いあぐねている間に、他の刀剣たちも私のほうに向き直って、それぞれ何か言いたげにしている。

 先に確認したいんですけど、……え? 皆私が朝言った用件で来てくれてるの? 嘘でしょ?

 これまでの暮らしでそれっぽい雰囲気になった覚えもないし、健全な仲間らしい関係だった。助けようという気持ちは嬉しいけれど、率直に言って、その、私相手にその気になれるの……? と本気で疑わしい。

 例えば宗三なんて、私を女として見ることができるのか疑問な刀剣男士筆頭だ。何かにつけて色気のない私を冷めた目で眺めては、隣で手本を見せるかのように、美しく艶やかな佇まいをしていた。なぜここに? という気持ちでじっと宗三の目を見ると、色っぽく息をついて髪を払う。

「あなたがどこの誰ともしれない男に抱かれてくるくらいなら、僕が相手をしますよ」

 ……おお……傾国……。抗えない美しさに照れそうになっているところで、間に長谷部が割り込んできた。おかげさまで、我に返る。

「そうか、では安心しろ。これだけ集まれば本丸の誰かに決まるだろう。帰っていいぞ」
「これだけいて、ひとりも使い物にならなかったらどうするんですか?」
「何……!?」

 私への言葉もそこそこに、宗三は長谷部とよろしくやっている。というか長谷部、その小脇に抱えてるものはマイ枕だね。朝までいる気満々。


 彼らが揉めているならと、ずいと前に進み出た集団があった。一期一振と、兄応援団こと粟田口一同だ。一期はいつもより緊張した面持ちで、恭しく自らの胸に手を当てる。

「……この一期一振、選んで頂けたなら、必ずや務めを果たしてご覧にいれます」

 往来で告白でもされてるみたいな空気だ。いや、廊下ですけど。
 王子様オーラと初々しさが相まって、なんか一生大事にしてくれそうな気がしてきた。待って、その必要はないぞ。わたし混乱してる。
 一期の真剣な眼差しの背後では、彼の可愛い弟たちが前のめりで私と一期をガン見している。

「いち兄頑張れ! 主さんを僕たちの家族にして!」
「是非粟田口から好みなのを選んでください! 性癖の万屋! よりどりみどり揃ってますよ!」
「主様がお務めを続けられるなら、ぼ、僕もなんでもします!」

 今ものすごい短刀の声したけど言ったの誰!? 誰でもとは言ったけど、さすがに小さい子は除外だよ!?

 幸せ家族計画の圧力に一歩後ずさると、後ろから浴衣をつんつんと引かれる。振り向いて、それから視線を下に向ける。手指まで小さな、今剣と謙信くんだ。

「ぼくはざんねんながらおちからになれないので、ぜひいわとおしを!」
「おさふねは、いろおとこぞろいだぞ!」
「……他薦はなしです!」

 まさかね、もちろんダメだからね、と身構えていたら身内のおすすめだった。それも、隣に肝心の本人がいないのでお断りさせていただく。なんというか、バツイチの連れ子にパパを薦められるみたいだ。


「ばっちり自薦の鶴さんはどうだい?」
「ひっ!」

 その急な登場には、思わず声をあげてしまった。鶴丸は何の気なしに私の肩へぽんと手を乗せ、ぱらりと指先を添える。骨ばった指が際立つ、俗称すけべ手袋だ。

「どこから出てきたんですか」
「あんまり混んでるもんだから、廊下の反対から遠回りしてきた。人気者だな」

 そう言う金色の瞳が、爛々と楽しそうに輝いている。……この人は冗談八割な気がしてならない。残りの二割で、自分しかいないとなれば案外男を見せてくれそうな気もするけど……。


 私に声をかけてくる刀たちのことも整理しきれていないが、あちこちで自分こそがと言い合ったりしている。廊下のずいぶん遠くから私に何か言おうとしている刀もいるが、何も伝わってこないほど混乱した状況だった。

 ……決まらない。誰も来ないよりずっといいんだろうけど! 
 こっちは明日にでもうっかり急死しないかと冷や冷やしているので、相手がどうとか言っている場合ではないのだ。少なくとも、揉めるようなことではない。



「えっと……ありがとう……。誰か一人でいいんだけど、決められそう?」

 誰がやっても過程と結果は同じことだ。そういう気持ちで出た言葉に、和泉守が眉を吊り上げて食って掛かる。

「他人事みたいに言うな! あんたが決めろ!」
「立場的にそれはダメだって……」
「そういう話じゃなくて……ああ、くそ。あんたの身体だろうが……!」

 そういう話なら、みんなの身体も同じことですけど……。今の時代、男女でそのあたりに差をつけるのはいただけない。でも、和泉守の意見はその場にいる多くと同じようだった。
 さぁ決めてくれ。主。さぁ。

 そうやって答えを急かされても、本当に誰がいいとか考えようもなかったのだ。今までみんな、美人すぎる男兄弟のような距離だった。選べと言われる方がよっぽど困る。
「この際くじ引きでもしようか」と思い始めたときだった。

「まぁ待て。こんな風に決断を急がせることでもないんじゃないか? 大将の容態如何によっちゃあ、明日出直した方が幾分マシかもしれないぞ」

 色っぽい低い声色と共に、白衣を羽織った小柄な少年が進み出る。本丸の保健室担当、薬研藤四郎だ。猫のように静かに、いつの間にか皆の隙間を抜けて現れた。
 思わず耳を傾けたくなる語り口は、刀剣男士にも有効だったらしい。一瞬、あたりが静かになった。最初に言葉を発したのは、長谷部だ。

「主……、御身体は……?」
「先延ばしにするのも怖いから今日って言っただけで、一応今は元気だよ。今夜補給しなかったら死ぬとも、言われてない」

 ほんとに一応。
 さっきのような騒ぎになって部屋の前で言い合いをするほうが不毛だ。ここは、薬研が作った場の空気に乗っかろうと思った。

「少なくとも、今夜はこれだけ集まって誰が仕えるかすぐ決められないんだろ。それこそ朝になっちまう」

 隣でうんうんと頷く。こんなに志願してくれる刀がいるのなら、話し合いを済ませて、選抜された一人で静かに来てほしい。

「いつまでに事を為す必要があるか、ざっと俺が診る。ちと待ってな」

 診る? と内心を首を傾げたが、刀剣男士かつ医術に関心があるから、本当に霊力の具合を診てくれるかもしれない。そうでなくても、みんなを落ち着かせるいい方便だろう。
 じゃあちょっと待ってて、と言い残し、私はやっと寝室に戻ることが出来た。





 ぴしゃりと閉まった襖の前で、刀剣たちは申し訳なさそうにしていた。主人の命に関わるときに、自分が助けるとそれぞれ言い合っては、確かに意味が無い。本当に優先すべきは審神者の命で、それ以外は後回しであるべきだ。
 それでも、主人を救うのは己でありたい。その感情は、今も皆の胸にあった。

 ややあって、加州が眉をひそめる。

「……なんか、何の音もしなくない?」
「は?」

 皆が口を結んでぴたりと止まると、辺りは本当に静かになる。……目の前の襖の奥では、審神者と薬研が話をしていないはずが無いのにだ。
 慌てて寝室の襖にそれぞれ聞き耳を立てるが、中の気配はなにも窺えない。身動きの気配も、薬研の低い声音の響きもだ。全員が同時に、同じ可能性に思い至る。

「あっ、薬研あいつ、襖閉めるときに防音結界札使ってやがる!」
「うわ騙された!」
「主、ご無事ですか!? あるじ!?」

 口々に呼びかけて、襖を壊さん限りどんどんと叩くが、びくともしない。そもそも防音結界札は、刀剣に内密の話し合いの際に使うものだ。開くわけがない。
 あの小柄な男が、見た目に似合わない狡い手を使って、この夜に審神者と部屋に閉じこもった。兄の一期一振に視線が集まるが、彼は「なんてことだ」と他の刀よりいっそう、意気消沈していた。

「……ここは主の霊力が満ちた本丸。主が嫌だと思えば、外からだって開けられるはずだ」

 長谷部の祈るような言葉の後、皆深く息を吐いた。
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