声なき声
政府のはからいで、他所の本丸の刀剣男士と手合わせ……演練をするのはほぼ義務として日課の目安に含まれている。同じサーバーの管理下に置かれた本丸かつ、審神者の経験が同程度の者同士が精鋭や育成メンバーを連れて、会場に集まる。演練の順番待ちをする大きな政府の建物は、武道会館のような和風現代建築で、廊下を行き交う刀剣や和装の審神者に馴染んでいた。
刀剣を引き連れた審神者が何十人も集まれば、声はがやがやと響くし、金物がガチャガチャ音を立てて、私の手首の鈴はほとんど機能しなくなる。だから、私の意図を察するのが得意な薬研は必ず連れ、それ以外の刀剣も私から目を離さないよう、団体行動を取るのがいつものことだった。他の本丸では、結構自由に刀剣が一人で自販機へ飲み物を買いに行ったり、ふらふら出歩いていたりする。うちは、それがほとんどない。
私たちの演練相手が決まり、準備控え室に移動した。人間の男性の警備員が控室のドアの横に、形式上とばかり一人立っていて、会釈をする。五つの本丸から集められた部隊が、この大部屋で身支度を整えるのだ。なかには目的があって、一振りの刀剣だけで演練に参加する審神者もいる。人数が減った分、さっきよりはあちこちから意味のある言葉が聞き取れた。
演練を始める前に、審神者同士で軽く挨拶をするのがマナーだ。お辞儀と同時によろしくお願いします、と言えない私に代わり、誰かが側で間を取り持ってくれる。その役目は今日は歌仙が担当だった。
「主に代わり、此度の部隊長・歌仙兼定がご挨拶申し上げる。主は喉を病んでいて、声を出すことが出来ない。本日の演練、お互い良い鍛錬になるよう、真摯に取り組ませて頂く。よろしく頼むよ」
装束や態度が堂々としている歌仙が微笑むと、身内ながら新しい上司と挨拶する会社員のような気持ちになってくる。私が礼をするのは、いつもこのタイミングだ。鳴らそうとしなくても、両手を前で重ねて腰を折るだけで、鈴がそれぞれ音を立てる。相手の審神者は同じ歳くらいの女性で、歌仙と私を交互にちらと窺うと、同じように深く礼をしてくれた。
「あら、そうなんですか。お大事にどうぞ。……今日はよろしくお願いします」
短い時間で、他の演練相手にも挨拶をしなければならない。次の相手を目で探っていると、私の耳は、先ほどの女性審神者が去って行った方から話し声を拾ってしまった。
「ねぇ、あの歌仙と薬研を連れてる人、例の人だよ」
「例の人って?」
一日最低一回、育成したい刀剣がいるときは二回、転送ゲートで演練会場に赴く。それを、口が利けなくなって一年間──。同じ相手に当たることは少なくても、同じサーバー管理下同士、演練会場ですれ違うこともある。友人関係を持っている人たちの間で、話題に出ることもあるだろう。一年ともなると現代医療では病という言い訳は苦しい。多少、噂になっているのだ。
「うちのサーバーにいるっていう、呪いで喋れなくなった人。両手に鈴つけてたから、間違いないよ」
「え、どう? 何かやばいことしてそうな人だった?」
「わからない。本当に喋らないから……見た感じは普通だったと思うけど……」
気に留めてないふり、聞こえていないふりなんて慣れている。身体が強張ることもない。それでも、私の心を覗こうとするみたいに、薬研は私の顔を一度振り返った。刀剣男士の彼のほうがずっと聴力が優れているので、当然聞こえたのだろう。それに応えて小さく首を横に振る。珍しい症例だと言われたし、目立つのも無理はない。
「でも、そんなに長い間呪われてるってことはさ、……神罰の類かなって、思うよね」
「喋れなくなる呪いなんて、わざわざ調べて誰か呪い続ける人、普通いないよね……
足を止めて、思わず背後から聞こえてくる会話に聞き耳を立ててしまう。確かに、どこかの審神者が私を呪っているというのは現実味がないと、常々思っていた。身体は何度調べても異常なし。声帯が動かないわけでもないのに、防音壁でもあるかのように音が出せない。霊力の異常による影響の線は消えたわけではないが、近年はその分野も医療的研究が進んでいる。とはいえ、日常的に診てくれている薬研のほうが、霊力などの非科学的要素に詳しいはずだ。
刀剣男士たちとは、良好な関係を築いている。彼らのうちの誰かが、私を呪っているはずはないと、信じている。
でも、私が何かの罪を犯していたのだとしたら?
新しい可能性に気付かされて、頭の中があらゆることを洗い出すのを止められない。神前でしてはいけないこと。彼らに対して、失礼にあたること。私がそれをしてしまったせいで、刀剣男士にそのつもりがなくとも、罰が下されているのだとしたら?
審神者の仕事それ自体は、真面目に続けてきたつもりだ。多少いたずらや冗談に手をつけたりはしたが、本気で怒らせたこともなければ、心の中で彼らへの敬意を忘れたことはない。私たち人間の、日本人の都合で彼らを痛みと戦いに向かわせている自覚も、強く持っている。
それでも、私は自分の無実を信じることができなかった。どくどくと、心臓が嫌な脈を打つ。重ねた指先を無意識に握りこんでいた手の、手首のあたりに黒革の手袋が触れる。薬研が、気遣わしげに体温を分けてくる。
だいじょうぶ、と口をぱくぱく動かして手を引っ込めた。これはきっと、私の問題なのだ。
通常の出陣でも、現地に赴かない審神者がほとんどだ。例外もいると聞くけれど、私は会ったことがない。だから演練でも、審神者は控室からモニター室へ移動して、陣形を指示する。刀装は積んでもいいことになっているので、飛び道具の流れ弾に当たらないよう、演練では試合を直接見ることはない。
そのまま画面越しに戦いぶりを眺めるもよし。ドライな性格の人は次にすべき仕事──手入れ部屋に向かい、試合内容は確認せず手合わせが終わるのを待ったりもする。私の本丸の順番は最後の一組で、モニター室には演習相手の審神者と私の二人きりだった。こういうとき、私が喋れないというのには関係が無く、よほど社交的な人か元々友人だった相手くらいしか私語を交わさない。一応、袂にメモ帳を忍ばせているので、話しかけられてもコミュニケーションは可能だ。
無言で画面を見守る。ちょうど弓刀装兵が矢を放っているところだった。そこへ、モニター室の戸が二回叩かれ、開かれる。演習会場に数人見かける、警備員の男性だった。政府職員ならまだしも、警備の人がここに何の用だろうと、審神者同士で顔を見合わせた。男は軽く礼をする。
「失礼します。いま演習中の審神者さまで、……ああ、そちらのあなたです。ちょっとよろしいですか。急ぎ、連絡が」
掌で指し示されたのは、私だった。首を傾げつつ、慌ててメモ帳を取りだそうとすれば、警備員の男性は「事情は聞いています。そのままお聞きください」とそれを制した。私が喋れないことを知っているらしい。
「今日は演習で重傷を負った刀剣男士が多く、手入れ部屋がまだ前の組の刀剣で埋まっているんです。あなたの本丸の刀剣男士は、向かいの別室で手入れされることになりました。少し遠いので、今ご案内してもよろしいですか?」
珍しいこともあるものだ。手入れ札だってあるし、傷を負いやすい刀剣はその分早く治癒する。初めてのケースだった。演習相手の審神者に会釈してから、警備員の後をついて歩く。他のモニター室が並ぶ廊下を抜け、例の騒がしい混み合った廊下も通り、たしかに元いた部屋からは反対側と呼べるような、ひとけの少ない所へ着いた。
「こちらの部屋で部隊をお待ちください」
ドアを開けて微笑まれたので入ろうとすると、突然背中を強く押されて床に肩を打った。痛みで口が反射的に開くけれど、いたい、という音にはならない。肩の痛みで縮こまっていると、警備員の男はにやにや笑いながら私を見下ろし、後ろの戸を閉めた。
「呪いで少しも声が出ないって、本当なんだな。巫女さんヤり逃げできるなんて、こんなチャンス滅多にねぇよ」
巫女じゃない、審神者だ。でも、この男にはそんなこと、どうだっていいのかもしれない。起き上がろうとした私を鼻息荒く押さえつけると、胸ポケットから小型のカッターナイフのようなものを取り出して、こちらに向けてくる。手首に冷たい刃が触れて心臓が冷えたが、どうも暴れるたびに鳴る鈴の紐を切りたかったらしい。ぶち、ぶち、といつも使っていた皆と交流するための紐が切られて、そのあたりに放られてちりんと鳴るのが聞こえた。あからさま過ぎて笑えないほど、暴行目的だ。
よく見れば、演習相手と挨拶をしていた控室のドアに立っていた、あのときの警備員だった。刀剣男士と顔を合わせる場で働けるのは、審神者の適性検査で多少なりとも霊力があった人間だけのはずだ。だから、一度は政府に個人情報が渡っている、今日控室の警備にあたった人間。私が大声を出せなくたって、足が付きそうなものだとなぜ考えないのか。そう罵ってやれたら少しは男の考えを変えられたのかもしれないが、空気しか出入りしない私の口は静かなものだった。
警備員の制服の帽子を押しつけて包むようにして、両腕を上にまとめ上げられる。力が入りにくい位置で押さえられて、相手の片手は自由だなんて最悪な状況だ。焦っているし、怖いとも感じているけれど、数年審神者をしてきて多少肝は据わっていた。
私にはまだ、もう一つ音を出す手段がある。男が袴を留める紐に手間取っている間に、ただ暴れるように身をよじって、顎先で自分の衿の合わせあたりを密かにくつろげる。わずかに首元から浮いた組紐に噛みついて、私は胸元から小さな笛を引きずり出した。
遠くまで響きそうな笛の高音が、一秒に満たない程度、叫び声をあげた。
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演習場で相手の本丸の刀剣男士といくつか言葉を交わし、お互いに怪我をした者を支え合いながら、薬研たちは手入れ部屋へ向かっていた。資材や手伝い札は政府の懐から出て、何人か手入れを手伝う職員も控えている。自分で手入れをしたがる審神者も多いので、演習の後始末は早く済むのが常だった。
屋内に上がろうと脚をあげた薬研に、後方から歌仙が語りかける。
「薬研。僕らの主は、何に憎まれているんだろうね」
「……歌仙」
「控室で、神罰だなんて言葉を聞いたものだから。……ありえない。それくらいのことは、僕たちにはわかるだろう」
審神者の女性たちが噂していた「神罰」の「神」とは恐らく刀剣男士を指しているだろう。審神者が日頃関わる神の末席といわれる存在は、つまり刀剣男士だ。刀剣男士には呪術の類が使えないのかと問われれば、霊力を持っている時点で、否である。人に出来て彼らに出来ないことは少ない。だからといって、人の存在に依って神格を得た付喪の神とヒトの関わりに、意図しない罰を与える存在などいない。歌仙はそれを踏まえて、自分たちの主のことを憂いていた。
現代医学では手を尽くした。側で目を光らせている薬研は、審神者の霊力の問題であれば、政府直轄の医師にそう進言しただろう。審神者の声を奪っているのは呪いなのだと、彼女の本丸の刀剣たちは、皆気付いている。彼女が恨みを買うような人間ではないと知っているからこそ、刀剣たちは声が戻ることを信じて見守ってきたのだ。
「彼女を呪う存在は、一年経とうが、今もそれを続けている……」
歌仙の嘆きに薬研は目を伏せ、それから微かに眉根を寄せる。彼はそれが誰なのか、この世で唯一、知っていた。
手入れ部屋へ入れば、治療の手筈が整っていた。しかし、そこに薬研たちの審神者の姿はない。演習相手の審神者は既に手入れの支度も済んでいて、入室した面々を見て目を丸くさせた。
「あれ、あなたたち、うちと手合わせした本丸の刀剣男士さまですよね?」
「そうだ」
聞かずとも当然わかることを尋ねる女に、先頭にいた薬研が答える。
「あの、さっき……遠戦の頃かな……。警備の方が、『手入れ部屋がいっぱいだから、あなた方の手入れは別の場所になった』みたいなことを言って、審神者さんを連れて行ったんですけど……なにか聞いていませんか?」
「何も聞いてない。この通り、手入れ部屋は空いてるしな」
顔色が悪くなりそうな様子の女審神者を見て、薬研を含む部隊員が表情を険しくする。偽りの情報で審神者を連れて、行き先が分からない。完全に不審な話だった。犯人を見て、それを見送ってしまったことに、残された女審神者は震えている。目の前の刀剣たちの主は、彼女が見ている前で連れ去られたのだから。
「普通の警備員の服を着た若い男の人で……ごめんなさい、私、それしか……」
反射的に舌打ちをした薬研が、普段であれば欠くことのない礼を欠いて、手入れ部屋を飛び出した。薬研は刀装に傷がついた程度で、駆ける脚にはなんの障りもない。軽傷だった鯰尾と骨喰もそれに続き、薬研の向かった方向とは別の廊下や階段へ散っていった。部隊内で機動が高くない自覚のある石切丸は、女審神者へ丁寧に情報への礼を告げた。
刀剣男士にとって、自分達と人間の霊力はもちろん区別がつく。目をつむった先に審神者が二人並んでも、自分の主がどちらだか、何とはなしにわかる。しかし、この演練会場には人間の霊力、審神者が多すぎた。直感ではどこを探せばいいのか見当がつかず、ただ、近くを通りその気配や鈴の音に神経を研ぎ澄ますばかりだった。
なにか凶行に及ぶつもりであれば、刀剣男士がひしめくように歩いている場所では何もしないはずだ。審神者の隙を見て意識を奪い、会場の外に連れ出されたとしたら──最悪の事態を想像して、薬研の背筋が冷える。会場内を巡りきるまでは、それを案じても仕方がない。政府の人間が、人さらいを出口で止められないような間抜けではないことを信じるしかなかった。義務として参加させられた演習の最中に、守るべき主の無事を保障されないなど、彼らにはけして許せるものではない。
どこかで、ピィ、と甲高い音がした。鳥ではない、硬質な音だ。
本丸の誰かに必ず聞こえるような、遠くへ音の届く笛を作らせた。身に危険が迫るほどの緊急用で、審神者に手渡したとき、音を覚えさせるために皆の前で一度吹いたきりだった。そもそも、彼女にこれを吹かせることの無いよう、皆で守ってきた。
間違いなくその音だと確信した薬研は、廊下を踏ん張り身体の向きをその方角へ向けた。三階建ての建物で、音の出所がどのフロアであるか意識して、最短ルートを感覚で行く。笛の音は長く響くことなく、すぐに止んだ。審神者は、その笛を吹き切ることも出来ない状況なのだとわかる。
政府の建物に似つかわしくない、床のあたりを重いものが暴れる鈍い音が彼の耳に入った。意識を向ければ、そこには確かに慣れ親しんだ霊力の気配がある。戸を開けるのももどかしく蹴破れば、薬研の目は怒りで熱くなった。本丸の主がただの女として、ただの男に組み敷かれ、押さえつけられ抵抗しているところだった。振り向いた男が醜く焦った顔をしたこと、引っ掴んで殺さない程度に部屋の長机へ叩きつけたことを、薬研は他人事のように覚えている。
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笛を吹いた直後、頬を叩きそうな勢いで取り上げられ、唇の端を切ってからどれくらい抵抗していたんだろう。そんなに長い時間じゃなかったように思う。大きな音がしたと思ったら、上に跨っていた男が吹っ飛んで、衿を掴まれていた私も少し浮いて、背を打って痛かった。それでも身を起こして、目を開けたときに見えた横顔に安堵のあまり涙が出た。本丸の中では小柄で、手足は細いし丸い後頭部はこどもみたいで可愛いし、安心する。
私の方を振り返った薬研は、見たこともないほど苦しそうな顔をした。その口が次に紡いだのは、やはり私の呼称だ。主思いの、懐刀だから。
「大将……!」
何をされたのか、一瞬わからなかった。どん、と体当たりでもされたみたいにぶつかられて、気が付けば細身の身体に密着していた。後ろに回された腕が、窮屈に私を抱き寄せている。頬にさらさらの黒髪がかすめて、耳と耳が触れあった気がする。膝をついた薬研に、抱きしめられていた。
やっと我に返って、私は、薬研を両腕で押しのけるように身体を離した。咄嗟にした行動だった。
薬研の表情は少し驚いたあと、すぐに冷静な顔へ変わる。悪かった、と静かに謝られて、私も首を横に振る。薬研はすごく驚いて、その後すごく安心したんだ。つい抱きついてしまうくらい、そうおかしいことじゃない。私が過剰だった。
一度距離を取ってから、薬研が私のひどい格好を見て目を眇める。胸元の合わせは無理に開かれ、いま私が手で寄せていなければ下着が見えてしまう。袴の紐が片方解かれたせいで後ろ側が床についている。
「着付け、直させてくれるか。……上着を羽織らせるだけじゃ心許ない」
ゆっくり頷くと、薬研は安心させるように微笑んでから、そっと私の乱れた衣服に手を伸ばした。普段洋装を着ているが、和服の着方にも心得がちゃんとあるようだ。助けてもらったときに、胸を覆う下着も見えてしまっただろうし、なにもかも今更気にすることじゃない。彼は肌に手袋すら掠めないよう注意しながら、私の袴を一度脱がせて着せつけ直した。
薬研が私の服を整えている間に脇差の二振りが駆けつけ、荒れた室内と私たちを見て、まず鯰尾が素っ頓狂な声をあげる。解決済みの今、ぱっと見て状況がわかるはずもない。壊れた長机がいくつか連なっている山の下敷きになって男が転がっているのを、骨喰が指さして兄弟に伝える。大体のことを察したらしい鯰尾は、気まずそうに「あー……」と頷いて、私と視線を合わせた。
「セーフ? だったみたいですね?」
大事に至っていたら、私もこんなに落ち着いていないだろうし、薬研はもっと荒れていただろう。状況察知能力の高さが鯰尾らしい。私がこくりと頷くと、骨喰も一言「良かった」と呟き、気絶している男の脚を掴み、机の隙間から引っ張り出した。立派な犯罪者とはいえ、見ただけで痛そうな痣の色に思わず目を逸らす。薬研は、細身なのに私の視界を遮るように間へ立った。私の衣服を整えることだけに集中しているようで、声色は鋼らしく冷えている。
「それが俺たちの主に手を出した。悪いがあと少し手が離せない。お役人に渡しておいてくれ」
「……了解。全然生きてそうだし俺も一発このツラ叩いていい?」
「適度に」
「じゃあ、落ち着いたら玄関の大広間で」
「応」
粟田口の兄弟刀たちの意思疎通の早さに感心しながら、目の前の薬研を見つめる。暗い表情を窺うようにしていれば、無理に微笑んで安心させようとしてくる。廊下から「なぁ、脚持つなら両方持ってよ」と鯰尾の声が聞こえて、少しだけ私にも自然な笑みが浮かんだ。それでやっとひどく安心して、今更足が震え始める。薬研はたぶん、それにも気が付いていた。