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危険のない、簡単な仕事。


 元職員……身内だからと、いろいろ政府の対応が雑な気がする。あてがわれた本丸は問答無用で再々々利用の中古物件だし、就任初仕事の日なのに案内をしてもらえなかった。以前私も新人審神者の案内をしたことがあるから、内容は知ってるんだけど。
 肩に掛けた刀袋には打刀が一振り入っている。さっき指名させてもらった初期刀だ。
 私に続いて後から一人、この本丸の座標へ転送された。気配に振り向けば、小柄なその姿は、何一つ変わっていなかった。薬研、藤四郎。あの本丸で近侍を務めていた薬研本人だ。

「やっと審神者になる決心がついたんだな」

 本丸の屋敷が見えるところでこうして話すと、初対面を思い出す。違いといえば、今の彼は微笑んでいることくらいだ。

 やっと、というのは彼を待たせたことに由来する。
 私の懐にあった御守が使用されていたと知って、彼を思い浮かべた。まさかと思いながら、あの本丸で保護され、手入れを受けた刀剣のリストを探した。そこに、彼の名前はあった。薬研藤四郎、重傷、生存一。一度だけ破壊を防ぐという御守が、ほぼ密着状態にあった私の胸元で応えたのだ。
 彼が事情聴取後の移籍に関する面談で、私の存在に触れていたと知って、いてもたってもいられなくなった。彼が稀少な刀であれば、移籍先はすぐに決められてしまったかもしれない。でも他の本丸の刀を引き取れる優良ベテラン本丸で、薬研藤四郎のいない本丸はそう簡単に見つからない。それが幸いして、彼はまだ政府預かりの状態だった。
 この段階で事件から数週間経っていた。そこから審神者への鞍替えのため、引継ぎやなにやらで随分時間が経ってしまった。

「だって、私そんなに才能ないし、大変だったんですよ。いまさら研修クリアするの」
「初期刀を二振り、それも片方は練度九十。おあつらえ向きじゃねぇか」

 私には審神者としての経歴がなく、優良本丸としての認定はない。でも、刀剣本人がその審神者をと指名すれば、引き取ることはできた。
 彼は本丸の運営に関しても、近侍としての経験も豊富だろう。言うとおり、諸々平均以下の新米審神者へのハンデとして申し分ない。
 私をからかうように笑っていた薬研は、その場でふと真剣な目を見せた。

「俺は一度前の主の下で折れた。この命を拾ったのは、あんただ。ずっとあんたを待ってたよ」

 何も彼は死にたがりだというわけではない。前の主の刀として確かに折れ、思わぬ形で命があった今、無駄にそれを捨てることもしなかった。

 ──そちらさんで、うちに派遣してくれた職員。あの娘は、あのまま審神者になったのか? ……そうか、なってねぇのか。残念。それ以外なら、特に要望はない。お国の良いように采配してくれ。
 音声を文書に起こすシステムが使われているため、話し言葉が紙の上にあった。彼の姿と声が脳裏に浮かんで、胸がいっぱいになった。


「……それは、本当に良かったと思ってます。だから、こうして来たじゃないですか」

 近くで咲いている桜の大木から、花びらがたくさん降ってくる。刀剣男士の誉れに咲く花みたいだった。薬研が微笑んで、私の手を取り、ぎゅうと握る。

「今度は長い付き合いになる。仲良くやろうや、……大将」

 初めて私に向けられた音に、責任と、言い表せないものがこみ上げた。
 彼を折ることのない、審神者でありたい。
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