危険のない、簡単な仕事。
オフィスワークに戻った私に求められた報告は、たいした量ではなかった。問題の男は修正主義者に渡る前に捕まっているし、協力的な刀剣男士が数多くいる。事件の数日前に封じられていたこんのすけを解放したので、それ以前の情報もかなり正確にわかった。
あの本丸内に残っていた全ての刀剣が手入れをされ、事情聴取を受けたらしい。この先は稀少な刀剣から順に、別の本丸へ譲られていくのだろう。残った建物は清めて一部改築され、誰かがまた使うことになる。事件はこれで終了。
私は、訊かれたことに答えるだけの面談を一時間。報告書一枚。ひとはあの事件を、危険のない簡単な仕事だったという。
彼のため、私に何かが出来たのか、今でもわからない。気持ちだけが、ひどく落ち込んでいた。
私のような、多少の審神者適性があって本丸を訪ねることができる職員を抱える部署は、あちこちから仕事の一部を投げられて暇がない。それが救いのようで、そうでもなかった。
いくつかの本丸へ行く機会があり、そこで彼と同じ姿を見つけた。別個体である彼らは、自分の主に穏やかに仕えていた。
私の苗字を呼びながら、上司が眉を吊り上げて側へやってきた。その手には、仕事で持出し用として支給される道具袋があった。
「これ、見覚えないか?」
「本丸派遣で使う道具袋です……」
見覚えのない現場職員なんていない。何が言いたいんだろうと内心首をかしげながら、恐る恐る答える。彼は気さくでいい上司だけれど、結構乱暴なところもある人だ。
「お前がこの間持っていくはずで、ここに置いていったやつだよ」
「……あっ、すみません!」
察しの悪かった私へ、上司がはぁと大きなため息をついてみせる。机に置かれた袋の中身は状況記録用の端末と資材取り寄せ札、手伝い札、防音結界札など、当たり前に必要そうな物たちだった。
「例の寝返ろうとした審神者の本丸に行ったとき、おまえ代わりに売り物持っていっただろ。ほら返せ、特別通行手形」
言われてみれば、そんなものも持っていた。散らかったデスクの下に、あの日持って行った荷物がそのまま転がっている。忙しかったせいもあるけれど、それだけが原因じゃない。私は、もう少し触れずにいたかったんだろう。
鞄を手に取り、中の道具袋を取り出す。
「確認が足りなくて、すみませんでした。資材は使ってしまったので、そっちの分を移しますね。残りの手形と札、御守です」
「ハイ、たしかに」
上司が袋の中身を覗き、手を突っ込んで確認している。何が気になったのか、それから眉間にしわを寄せた。ごそごそ袋の中で手を動かし、一つ取り出してみせる。
「これ、使い物にならねぇぞ」
「えっ」
「見てみろよ、これ」
私は慌てて上司のほうに身を乗り出した。差し出されたのは、まぁまぁの値で提供されている、青い御守袋だ。紐を解いて中を確認すると、仕込まれている
「何に使ったんだよ、刀剣破壊御守なんて」
始末書書いておけよ。そう続けられる言葉が耳を素通りする。あの日のことは、あまり思い出さないようにしてきた。けれど、今はすごく気にかかる。
「ずっと持ち歩いて……男の審神者に踏まれたりもしましたし、私が折っちゃったのかもしれません……」
「ゴリラでも折れないっての。手入れに失敗して、重傷の刀剣へし折ったりしたんじゃないだろうな?」
そんな失敗聞いたことがない。どのみち、予定にない道具をダメにしてしまったので、覚えがなくても始末書だけど。とんでもない疑いをかけてくるが、これはこの人なりに、最近落ち込んでいる私を励ましているんだろうと思う。
得意ではない手入れを、練度の高いレア太刀数振りにも施したこと。妙に安心させてくれる存在がいたこと。また思い出して、少し苦しくなった。
「重傷の刀剣なんて、あの本丸には……」
いなかった。出陣で傷ついた刀剣は、重傷のときは男に手入れされていた。
一振りしか、いなかった。