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犬に生まれて大学生の薬研くんに飼われたい



 薬研くんの犬になってから、初めての夏がきました。
 犬小屋はいつも日陰で過ごしやすい。薬研くんが犬を洗うときは、仕上げに少しだけ冷たい水をかけてくれます。薬研くんのお部屋は薬研くんいわく「あつい」そうですが、日陰ですし、風を送る機械があります。洗ってもらった後に風をあびていたら、ひとりじめするなと言われてしまいました。えへへ。
 外がすごく暑そうだからという理由で、まだ犬小屋に帰さずにいてくれます。薬研くんは、自分のお昼ご飯のお皿を洗っているところです。

 早くこっちに来ないかな。せっかくですから、一緒にいたいじゃないですか。
 しばらくじゃぶじゃぶザーザー音がするので、犬のほうから薬研くんのところに行きました。裸足の脚が二本、ちょうどいい幅で開いてあります。あの幅は、たぶん犬がちょうど入れるくらいです。
 ははぁ、なるほど。そこに入ってもいいんですね。よいしょ。

「うわ、っとと……」

 間に入っていくと、薬研くんが少し驚きました。薬研くん、少し下がってください。犬の鼻が流しの扉にぶつかりそうです。胴のところをしっかり挟んでほしいですよ。
 ちょうど洗い終わったらしい薬研くんは、さっと犬をまたいで部屋のほうに行ってしまいました。よし、犬もそっちに行きましょう。後ろへぴったりついていきます。
 横向きに、肘をついて寝転がった薬研くんの体は、ほんのりカーブしています。
 あっ。さてはその中で犬も丸まればいいんですね。よっこらせ。
 薬研くんのおなかに背中をくっつけて伏せると、薬研くんは少し唸り声をあげました。

「コロ、暑いぞ」

 そうでしょうか。薬研くんはひんやりしてて、犬は気持ちいいのですけど。
 薬研くんは優しいので、怒っているような声を出していても、そんなに怒っていません。今も犬をなでてくれています。お皿を洗っていた手は冷えていて、これも気持ちがいいです。

 犬の毛をとかしていた指が、ぴたりと止まります。

「そうだ、散髪してやろうか」

 のぞきこんできた薬研くんがにんまりと笑って、犬は、サンパツされることになりました。



 庭でいちばん日陰の多い、犬小屋の側の木の下です。そこに、薬研くんががさがさと大きな青いシートをしきます。乗るように言われて、真ん中まで行きました。Tシャツに半ズボンの薬研くんは、手にきらりと光るハサミを持っています。

「まだこれから暑くなるだろうからな。なに、プロもなんかこう、普通にハサミで切ってるだろ」

 薬研くんは、なんだかずっと楽しそうです。おとなしくしてろよ、と犬に言って、薬研くんは毛をさわさわ、ハサミをしょきしょきしはじめました。風が吹くと、切った毛が足元を転がっていきます。
 ときどき「ん?」とか「平気か?」と薬研くんの独り言が聞こえます。いい天気です。

 小さな犬が一匹作れそうなくらいの毛が下に落ちた頃、後ろから突然信濃くんの声がしました。

「うわ、薬研なにしてるの!? それコロ?」
「おう、おかえり。ちょっと散髪だ。サロン薬研」
「ひっどい……」

 尻尾を振って信濃くんを見上げますが、いつもみたいに笑ってくれません。苦いものでも食べたみたいな顔をしています。反対に、薬研くんはとっても笑顔でニコニコです。

「ハゲも出来てないし、まぁ及第点だと思うんだがな」
「自分に課すハードルが低いよ薬研。ぼさぼさじゃん……コロかわいそう」
「コロは尻尾振ってるぞ。な、気に入ってるよな」

 あのね、薬研くん。自分の姿は見えないです。
 でも、とても気に入りました。軽くなったやら涼しいやら、すごしやすそうです。わふっと小さく吠えると、信濃くんが側に来てしゃがみます。

「おまえ、怒らない犬だよなぁ」

 毛が減ったぶん、撫でてくれる指がいつもより近くて、なんだか不思議な気分。信濃くんはこうでしたが、他のみんなは結構笑ってくれました。楽しいなら、それがいちばんです。

 問題があったとすれば、散歩でよく会う犬に、しばらく知らない犬みたいな態度をされたことくらいです。
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