犬に生まれて大学生の薬研くんに飼われたい
犬のごはんは、朝はだいたい寮母のおばあさんが。夕方には薬研くんがくれます。薬研くんはイチゲンというのが多くて、いつも朝出るのが早いのです。
この寮には、薬研くん以外にもたくさんの男の子が住んでいます。みんな優しくて、見分けがつけやすくて、ときどきおやつを買ってくれます。
骨型ビスケットを五個散らしてくれたのは、包丁くんです。包丁くんはいつも甘い食べ物のにおいがして、一緒にいるとおなかがすきます。かばんの中には食べ物がいっぱい。それに混じって、犬のおやつの袋もあるのです。
「ちょうどご飯の間の時間で、おなか空いてるだろ? おやつ係は俺がやってやるよ」
包丁くんは、おやつのときにだけ寄ってくれます。それから、ああでもないこうでもないと言いながら、犬を撫でるのです。
「うーん、お前はおとなしいからなぁ。あの人妻の犬は、やたら唸るんだよ。いまいち参考にならないなぁ」
他に仲良くなりたい犬がいるみたいです。他の犬のかわりでも、犬はうれしいですよ。ごちそうさまです。
次に犬小屋へやってきたのは、長いひらひらを着た乱くんです。今日もカーテンみたいでかわいい。白いのに土をつけたら悪いので、少し手前で尻尾を振ります。頭を軽くくしゃっと撫でてから、乱くんはかがんでくれました。
「コロ、今日はおやつ食べた?」
食べましたよ。そういうつもりで小さくわんと鳴きますが、乱くんには犬のことばがわかりません。尻尾をぶんぶん振っていると、乱くんがくすくす笑って袋を探ります。
「その顔は食べてませんって顔だなぁ? かーわいい」
小さな袋をあけると、チーズのにおいがしてきます。チーズ大好きです! 乱くん大好き!!
何個か手のひらに乗せてくれるので、ぺろぺろ舐めて一個ずつ口に入れます。「大きいのに、ちょっとずつ食べるんだね」と言いながら、待っていてくれる乱くん。食べ終わると、褒めるみたいに頭を撫でてから、服をひらりとさせてすぐに帰っていきます。
いま、犬が舐めたほうの手を犬で拭きましたね。乱くんはきれい好きで、優しい子です。
さて、そろそろ厚くんが帰ってくる時間です。自転車を片付ける音が少し大きいので、見えなくても厚くんだとわかります。しっかりした足音が犬小屋に向かってくるので、顔を小屋から少し出しました。そこには、きらきら笑顔の厚くんがいます。
犬は知っています。厚くん、けっこう犬が好きでしょう。他の子よりも会いに来る回数が多いですよ。
「コロ、いいもん買ってきたぞ~」
コンビニの袋をがさがさ鳴らされては、思わず小屋から出て行きます。ついうっかり、いつものように、というやつです。尻尾をぱたぱたさせると、厚くんは頭をわしゃわしゃ撫でます。
「そうか、腹すいてるか。夕飯前だから、ひとかけだけ……」
そう言って取り出したのは、犬用のおやつの袋です。食べたことがあるやつなので、パッケージも覚えています。
ささみのおやつは犬の大好物です! さすが厚くん、わかってる! なでていいですよ!!
がつがつ食いつく犬の頭を、厚くんのかたい指が撫でます。厚くんはいつもちょっと遠慮がちに、くすぐったい撫で方をします。だから「もっとなでていいですよ」と尻尾で教えるのですが、どうも伝わらないのです。
「たまには美味いもん食わせてやらないとな。へへ」
いつもおいしいもの食べてますよ。そういうつもりでくぅんと鳴いてみましたが、やっぱり伝わりません。厚くんは仕方ないなぁと言って、もうひとかけらささみをくれました。おいしい。
寮から晩ごはんのにおいがし始める頃、いよいよ薬研くんがお皿を持って庭にやってきました。
待ってました! 薬研くんです!! ごはんです!!
今日いちばんのジャンプを見せて、喜びを伝えます。足元に擦り寄ると、餌やれねぇだろと笑ってくれます。そうは言っても、一日でいちばん薬研くんと仲良くできる時間の始まりです。楽しまなくちゃもったいないですから。
でも、薬研くんが置いてくれたごはんからはいつものいいにおいがします。野良時代はあんまり食べたことがなかったこのごはんは、くせになるおいしさです。
夢中でさくさく食べていると、どうも視線を感じます。
「……なぁ、コロ。おまえ、でかくなったよな」
薬研くんが犬をじっと見て、そう呟きました。そうでしょうか。犬はもともと大きいですよ。
おいしいごはんを食べている隙をついて、薬研くんが犬のからだを両側からがしっと掴みます。撫でるのかと思ったら、なんと、おなかをやわやわ揉みはじめました。
ああっ薬研くん、お肉をつかんではいけません! おなかの皮が伸びちゃいます!
くぅんと抗議の声をあげますが、薬研くんはしかめっ面をしています。きれいなお顔がもったいないですよ。笑って、犬でもなでてください。揉まないで。
「最近忙しくて、散歩減ってたもんな。明日からちゃんと、飯の前に毎日行くぞ」
はい、もちろん!
薬研くんとの散歩は大好きです。薬研くんはなんだか考え込んでいるようですが、それで散歩が増えるなら嬉しい。たくさん可愛がってもらえるし、粟田口寮は、いいところだなぁ。
薬研くんが早く帰ってくるようになって、何度かおやつをくれるみんなと鉢合わせました。厚も、乱も、秋田もか!? とそのたび犬を強めに撫でます。
それから、博多くんが犬小屋のてっぺんに札をくくって、誰かがおやつをあげたら裏返す決まりになってしまいました。
あげすぎは不経済。むずかしい言葉は、おいしくありません……。