犬に生まれて大学生の薬研くんに飼われたい
学校に行く前、犬小屋に寄った薬研くんが、畳んだタオルを持ってきてくれました。見たことがあります。脱衣所によく置いてある、大きなタオルです。
「コロ、これ使うか?」
くたびれたタオルからは、とても、すっごく、薬研くんのにおいがします!
小屋につながれた紐ごと跳ねて尻尾を振ると、さっそく口元にほれと差し出してくれます。かわいたタオルが口にほふっと挟まります。なぜだか、薬研くんも嬉しそう。そのまま頭を撫でてくれました。
タオルの中にわんと吠えて、薬研くんをお見送りしました。これが、薬研くんのタオルとのなれそめです。
聞けば、実家から新品のバスタオルが送られてきて、前のがいらなくなったんだそうです。薬研くんは大きなタオルをゴミ箱に入れるか迷って、犬を思い出してくれました。
薬研くんが出発してから、まずはタオルをぶんぶん振って、広げてみます。薬研くんの部屋にあげてもらったような気分です。前足をのせて、そのまま伏せてみると、とても幸せ。犬小屋の中で振った尻尾がべしべしぶつかります。
口がさみしいのでタオルの端を噛むと、ますます薬研くんのにおいでいっぱいになりました。
これはすごい! いつでも薬研くんに甘えている気持ちが味わえます。
この日はガムもかじらずに、ずうっとタオルを噛んでいました。帰ってきた薬研くんも「気に入ったんだな」と笑ってくれます。散歩のときにくわえていこうとしたら、さすがに置いてけと引っ張られてしまいましたが。
犬の毎日は、薬研くんのタオルのおかげでとても楽しくなりました。
犬は知っています。いいことはずっと続くとは限らないのです。
ある日薬研くんが、リードもごはんも持たずにやってきて、犬にとんでもないことを言いました。
「コロ、そのきたねぇタオル渡しな」
犬小屋からタオルを引っ張り出されそうになったので、慌てて小屋の入り口を自分でふさぎます。
なんてことを言うんでしょう。あんまりです! これは犬の宝物です!! くれたじゃないですか!!
いくら薬研くんでもダメなことはあります。ふわふわが触りたいなら、犬を触ればいいでしょう。
タオルに全身乗っかって、持っていけないようにしました。薬研くんは困った顔をしながら、犬のからだを撫でます。
「最近臭うって、乱から苦情が入ったんだ。ほら、いい子だからよこせって」
いい子ですが、よこしません。もっと頭のほうを撫でてください、薬研くん。
乱くんはお洒落な子で、いつもお花のにおいがします。でも、このタオルだってすごくいいにおいです! 臭くなんかありません! 誤解です!
鼻先を突っ込んで思い切り嗅げば、犬小屋もたちまち薬研くんの部屋になるんですから。
嗅いでみて、犬はとても驚きました。
や、薬研くんのにおいがあんまりしない……。
夢中で毎日かじりすぎて、タオルはほとんど犬のにおいでした。これはこれで自分のものという感じがしますが、大事にしていたのは、薬研くんのタオルだったのに。
とたんに悲しくなって、おとなしくタオルから降りて薬研くんに渡しました。薬研くんは、急に素直になった犬へ首を傾げています。
さようなら、薬研くんのタオル。犬はきみが大好きでした……。
次の日の朝、薬研くんは古くなったTシャツをくれて、犬の尻尾は大忙しでした。