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犬に生まれて大学生の薬研くんに飼われたい

 庭の犬小屋は、正直すこしにおいました。でもなかなかのおうちです。なんといっても、屋根があります。

 朝に出かけていく薬研くんを見送るときと、帰ってくるときにはロープいっぱい門の方へ行きます。眠そうな顔をしていても、犬に笑ってくれる薬研くんは理想の飼い主です。
 犬も薬研くんのいい犬であろうと、昼間はおばあさんと遊びます。おばあさんは寮母といって、薬研くんがお世話になっているようですから。


 今日は寮のみんながお休みの日で、薬研くんは楽そうな格好をしていました。薬研くんは何を着ていてもいい匂いがします。
 かがんでくれた薬研くんに思わず飛びついたとき、衝撃的なことばが聞こえたのです。

「くさ……」

 ショックで目の前が真っ暗になりました。
 くさいのは犬じゃないんです。犬小屋です。薬研くん、信じてください。
 しょげている犬を撫でて、薬研くんが笑いかけます。

「洗ってやろうな」

 犬は、久しぶりに人に洗ってもらえることになりました。


 薬研くんの部屋は一階で、庭のすぐ近くでした。今度から、この窓をじっと見ていようと思います。
 玄関までついていくと、薬研くんが犬を抱きかかえました。大きいので、あんまり抱っこされたことがありません。彼は細いから、犬を抱っこできるのか心配です。
 歩けますよ、と伝えられなくて尻尾を動かすと、おとなしくしてろ、と言われてしまいました。聞き分けのいい犬と、手間のかからない犬の両立は大変です。

「薬研、お湯になったよ~」

 初めて入るお風呂場から、髪をくくった乱くんが顔を出しました。
 最初は女の子かと思いましたが、男の子です。犬の勘でわかりました。犬用のおやつを買ってきてくれたので、とてもいい子です。

「よーし、もじゃもじゃ。こっちだぞ」

 大きい声を出さないように、控えめにわふっと鳴きます。お風呂まで、おとなしく運ばれることにしたのです。

「……薬研、もじゃもじゃって言い方はないでしょ。なんか可愛くない……」

 乱くんが顔をしかめます。もじゃもじゃで構いません。犬はもじゃもじゃの犬です。

「そうか? まぁ、名前のつもりじゃないが。……よし、そうだ、そこにいな、犬っころ」

 タイルでひんやりしたお風呂場に大きなたらいが置いてあります。たらいの中には、お水が張ってありました。入ると、少し温かいです。
 薬研くんはジャージの裾をくるくると膝まで上げ、犬を洗う支度をしています。狭いので、乱くんは廊下まで出て行きました。

「犬っころ~!? せめて、コロにしよう?」
「わかったわかった、じゃあ、コロな」

 どっちでもいいですよ。ここだけの話、両方呼ばれたことがありますから。

 薬研くんが桶にお湯をため、手を入れて温かさを確認しています。うんと頷いて、よしコロ、いくぞと声をかけます。
 ぬくいお湯がざばっと掛けられて、数秒。お風呂場に、二人の爆笑が響きました。


「ひっ……、コロ……お前、はははっ! ずいぶん縮んだなぁ! あはは!!」
「やだぁ、なんか、あはは! かわいそう~!!」

 濡れた毛でうまく前が見えません。せっかく二人が楽しそうなのに、笑った顔が見えないのは残念です。
 よいしょ。ぶるぶると水気を飛ばすと、薬研くんがとても驚きました。服を濡らしてしまったみたいで、犬としても遺憾です。薬研くんは優しくて、こらと笑って許してくれました。

 泡だらけになったときも沢山笑ってもらえて、犬は幸せです。


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