犬に生まれて大学生の薬研くんに飼われたい
まず、犬の身でこうして日本語を打ち込んでいる努力に免じて、色々なことを許してください。犬にも、どうしても文字にしたいことがあり、キーボードを叩いています。
犬を拾ってくれた、薬研藤四郎という人のことを、どうしても話したいのです。
薬研くんに拾われる前の犬の話は、くわしく話さなくてもいいでしょう。飼い主はたくさんいて、ダンボール箱の中で暮らしていました。仔犬ではありません。名前はいろいろあります。
ある日、寝ぐらの箱を出て、行き当たった川沿いにずっと歩いていたら、元来た道がわからなくなっていました。
車がこわいので、道路を渡らなくてもいい公園を見つけて、そこに入りました。おなかが空いていましたが、あたりから食べ物のにおいはしません。ベンチの下にもぐって、体を丸めて休みました。
犬はすぐおなかが減ります。体が猫より大きいのです。あんまりひもじくならないように、じっとしているに限ります。ベンチの下は犬にちょうどいい高さでした。木で出来ているので背中が暖かく、夜を越せそうです。
太陽がてっぺんを過ぎましたが、公園には誰も来ませんでした。犬をきらいな人が来るよりはいいけど、おなかがすごく空きます。しょんぼりしていると、じゃりじゃりと砂を踏む音が近づいてきました。
優しい子どもなら嬉しい。毛を引っ張る子は嫌だな。おかしをくれないかな。足音はベンチに向かってきましたが、下の犬には気付かず上からどすんと座りました。
目を開けると、細い脚が二本見えました。スニーカーを履いているし、たぶん子どもです。鼻先を近付けてズボンをすんすん嗅ぐと、優しい洗剤のにおいがしました。
あんまりおなかが空いていたので、大胆におねだりすることにしました。子どもは、大人よりもごはんをくれることが多いのです。
足の間めがけて、顔を突っ込みました。
「う、おっと、なんだ!?」
驚く声は思ったよりも低いものでした。子どもじゃないかもしれない。犬は少しだけ警戒して、奥に引っ込みました。けられないようにです。
くらいベンチの下を覗き込んだのは、きれいな男の子でした。
きれいというのは、いろんな意味でです。青い空を後ろにしょって輝いていて、清潔で、あとヒゲとかがなかったので。
「犬……? 野良か? 珍しいな」
低い声はどこか優しそうで、安心しました。のそのそ出て行くと、でかいな、と呟かれました。犬はけっこう大きいのです。
「おいお前、砂みたいな色してるから気付かなかったぞ。いつもここには居ないな?」
男の子はそう言って笑うと、犬を撫でてくれました。指がわしわしと揉んでくれて、とても気持ちいいです。この子は犬を撫でるのが上手です。尻尾を思い切り振って、感想を伝えました。
もう片方の手には本があります。いつもここで本を読んでいるのかもしれません。どうやら、この子のベンチだったようです。
この間にも撫でてくれる手にすりすりして、嬉しいのでその場でぐるりと一周します。尻尾もばたばた振っておきます。素敵な人に会うのは、犬の幸運ですから。
くぅんくぅんと鳴くと、腹減ってるのか、と聞いてくれます。そのとおりです。話がはやくて助かります。
携帯機器でなにか調べて「おっこれ食えるのか」と呟く男の子は、犬の食べ物を調べてくれたようです。犬としてはなんでもいいのですが、優しいなぁと思いました。
男の子がカバンから取り出したのは、甘いバナナでした。ごちそうです。夢中で食べて、撫でられて、犬は幸せをかみしめました。
この子にまた会いたい、できるなら飼われたい。そう思ったのです。
男の子が立ち上がったので、足元でなるべく可愛くくぅんと鳴きます。自慢のふわふわの毛をアピールして、ぐるぐると回ります。一歩あるきだした男の子にすり寄ると、彼は眉を少し下げて、犬を見下ろしました。
「随分懐っこいな、お前」
そうです。悪い犬ではないですよ。めったに吠えません。
いいところをたくさんアピールしても、野良暮らしの長い犬は、ちゃんと世間をわかっています。本当に飼う人は今まで一人もいなかったのです。
「俺は寮暮らしなんだ。だから、飼うのは……あ、待てよ」
せめて男の子のおうちを知りたいなぁと思っていた犬に、思わぬ希望が見えました。彼はかがんで、犬のからだを思い切り撫でて、素敵な笑顔をくれました。
「駄目元でよかったら、ついてきな」
男の子にぴったり寄り添って着いて行った先には、古いアパートがありました。表札には「粟田口寮」と書いてあります。人間の皆さんは読めますよね。
門の内側で、頭を抑えられたので「おすわり」をしました。これは教えてもらったことがあります。得意です。
男の子は「ばあちゃん!」と声をあげながら、裏庭に向かっていきます。庭の隅には古い犬小屋が見えました。男の子と、誰かが話す声がします。戻ってきたときには、小さなおばあさんを連れていました。
「あらっ! 汚いわんちゃん!」
犬を見るなり、おばあさんがほっぺを緩ませながらひどいことをいいます。汚れてるような色ですが、何日か前水浴びしたばかりです。そう言いながら犬を撫でにきたので、ふわふわに負けたのでしょう。毛はチャームポイントです。
「この図体で野良なんて、心配だろ。飼わせてもらえないか、ばあちゃん」
飼う。
なんて素敵な言葉でしょう! 尻尾を振りたかったのですが、今はおすわり中です。少しだけにしておきました。おばあさんは、見るからに犬が好きです。犬ですから、触り方でわかります。
「……外の小屋で飼って、シャンプーとかの世話を薬研くんがやるなら、まぁ飼ってもいいけど……。大変よ?」
「ん、連れてきた責任は取る」
た、たのもしい……。会ったばかりの犬にここまでしてくれるなんて、もしかすると、この子は犬のことを好きなのかもしれません。犬もです。犬もきみが好きです!!
思わず腰をあげ、彼の周りを回って、からだを擦り付けます。そのうちおばあさんに捕まって、からだを撫でられましたが、いいでしょう。
やげん君。この子の名前は薬研くんというのです。
今日から犬は晴れて、薬研くんの犬です!
「ただいま、ばあちゃん……って犬!? えっ、どうしたこの犬!」
男の子がもう一人、門のほうからやってきました。薬研くんより短い毛の男の子です。初対面の印象が大事ですから、尻尾を振ります。いいこでふわふわなのだとアピールをします。
「厚。公園で拾ったんだ。あんまり懐こいから、置いていくのが可哀想になってなぁ」
ほら、懐っこいのは大事でしょう。撫でてくれる薬研くんの手を舐めたら、さすがに引っ込められました。驚かせてしまったようです。
「でか……。ペット禁止とかいう次元じゃねーなこれ……」
「禁止とも言われてないだろ。犬小屋あるし、いいかと思って」
しゃがんで恐る恐る手を伸ばしてくる厚くんの手に、頭をごつんとあてにいきます。撫でていいんですよ。
それを見ていた薬研くんがなぜだか笑ったので、尻尾がぶんぶん揺れました。こうして、犬はここで飼われることになったのです。
犬を拾ってくれた、薬研藤四郎という人のことを、どうしても話したいのです。
薬研くんに拾われる前の犬の話は、くわしく話さなくてもいいでしょう。飼い主はたくさんいて、ダンボール箱の中で暮らしていました。仔犬ではありません。名前はいろいろあります。
ある日、寝ぐらの箱を出て、行き当たった川沿いにずっと歩いていたら、元来た道がわからなくなっていました。
車がこわいので、道路を渡らなくてもいい公園を見つけて、そこに入りました。おなかが空いていましたが、あたりから食べ物のにおいはしません。ベンチの下にもぐって、体を丸めて休みました。
犬はすぐおなかが減ります。体が猫より大きいのです。あんまりひもじくならないように、じっとしているに限ります。ベンチの下は犬にちょうどいい高さでした。木で出来ているので背中が暖かく、夜を越せそうです。
太陽がてっぺんを過ぎましたが、公園には誰も来ませんでした。犬をきらいな人が来るよりはいいけど、おなかがすごく空きます。しょんぼりしていると、じゃりじゃりと砂を踏む音が近づいてきました。
優しい子どもなら嬉しい。毛を引っ張る子は嫌だな。おかしをくれないかな。足音はベンチに向かってきましたが、下の犬には気付かず上からどすんと座りました。
目を開けると、細い脚が二本見えました。スニーカーを履いているし、たぶん子どもです。鼻先を近付けてズボンをすんすん嗅ぐと、優しい洗剤のにおいがしました。
あんまりおなかが空いていたので、大胆におねだりすることにしました。子どもは、大人よりもごはんをくれることが多いのです。
足の間めがけて、顔を突っ込みました。
「う、おっと、なんだ!?」
驚く声は思ったよりも低いものでした。子どもじゃないかもしれない。犬は少しだけ警戒して、奥に引っ込みました。けられないようにです。
くらいベンチの下を覗き込んだのは、きれいな男の子でした。
きれいというのは、いろんな意味でです。青い空を後ろにしょって輝いていて、清潔で、あとヒゲとかがなかったので。
「犬……? 野良か? 珍しいな」
低い声はどこか優しそうで、安心しました。のそのそ出て行くと、でかいな、と呟かれました。犬はけっこう大きいのです。
「おいお前、砂みたいな色してるから気付かなかったぞ。いつもここには居ないな?」
男の子はそう言って笑うと、犬を撫でてくれました。指がわしわしと揉んでくれて、とても気持ちいいです。この子は犬を撫でるのが上手です。尻尾を思い切り振って、感想を伝えました。
もう片方の手には本があります。いつもここで本を読んでいるのかもしれません。どうやら、この子のベンチだったようです。
この間にも撫でてくれる手にすりすりして、嬉しいのでその場でぐるりと一周します。尻尾もばたばた振っておきます。素敵な人に会うのは、犬の幸運ですから。
くぅんくぅんと鳴くと、腹減ってるのか、と聞いてくれます。そのとおりです。話がはやくて助かります。
携帯機器でなにか調べて「おっこれ食えるのか」と呟く男の子は、犬の食べ物を調べてくれたようです。犬としてはなんでもいいのですが、優しいなぁと思いました。
男の子がカバンから取り出したのは、甘いバナナでした。ごちそうです。夢中で食べて、撫でられて、犬は幸せをかみしめました。
この子にまた会いたい、できるなら飼われたい。そう思ったのです。
男の子が立ち上がったので、足元でなるべく可愛くくぅんと鳴きます。自慢のふわふわの毛をアピールして、ぐるぐると回ります。一歩あるきだした男の子にすり寄ると、彼は眉を少し下げて、犬を見下ろしました。
「随分懐っこいな、お前」
そうです。悪い犬ではないですよ。めったに吠えません。
いいところをたくさんアピールしても、野良暮らしの長い犬は、ちゃんと世間をわかっています。本当に飼う人は今まで一人もいなかったのです。
「俺は寮暮らしなんだ。だから、飼うのは……あ、待てよ」
せめて男の子のおうちを知りたいなぁと思っていた犬に、思わぬ希望が見えました。彼はかがんで、犬のからだを思い切り撫でて、素敵な笑顔をくれました。
「駄目元でよかったら、ついてきな」
男の子にぴったり寄り添って着いて行った先には、古いアパートがありました。表札には「粟田口寮」と書いてあります。人間の皆さんは読めますよね。
門の内側で、頭を抑えられたので「おすわり」をしました。これは教えてもらったことがあります。得意です。
男の子は「ばあちゃん!」と声をあげながら、裏庭に向かっていきます。庭の隅には古い犬小屋が見えました。男の子と、誰かが話す声がします。戻ってきたときには、小さなおばあさんを連れていました。
「あらっ! 汚いわんちゃん!」
犬を見るなり、おばあさんがほっぺを緩ませながらひどいことをいいます。汚れてるような色ですが、何日か前水浴びしたばかりです。そう言いながら犬を撫でにきたので、ふわふわに負けたのでしょう。毛はチャームポイントです。
「この図体で野良なんて、心配だろ。飼わせてもらえないか、ばあちゃん」
飼う。
なんて素敵な言葉でしょう! 尻尾を振りたかったのですが、今はおすわり中です。少しだけにしておきました。おばあさんは、見るからに犬が好きです。犬ですから、触り方でわかります。
「……外の小屋で飼って、シャンプーとかの世話を薬研くんがやるなら、まぁ飼ってもいいけど……。大変よ?」
「ん、連れてきた責任は取る」
た、たのもしい……。会ったばかりの犬にここまでしてくれるなんて、もしかすると、この子は犬のことを好きなのかもしれません。犬もです。犬もきみが好きです!!
思わず腰をあげ、彼の周りを回って、からだを擦り付けます。そのうちおばあさんに捕まって、からだを撫でられましたが、いいでしょう。
やげん君。この子の名前は薬研くんというのです。
今日から犬は晴れて、薬研くんの犬です!
「ただいま、ばあちゃん……って犬!? えっ、どうしたこの犬!」
男の子がもう一人、門のほうからやってきました。薬研くんより短い毛の男の子です。初対面の印象が大事ですから、尻尾を振ります。いいこでふわふわなのだとアピールをします。
「厚。公園で拾ったんだ。あんまり懐こいから、置いていくのが可哀想になってなぁ」
ほら、懐っこいのは大事でしょう。撫でてくれる薬研くんの手を舐めたら、さすがに引っ込められました。驚かせてしまったようです。
「でか……。ペット禁止とかいう次元じゃねーなこれ……」
「禁止とも言われてないだろ。犬小屋あるし、いいかと思って」
しゃがんで恐る恐る手を伸ばしてくる厚くんの手に、頭をごつんとあてにいきます。撫でていいんですよ。
それを見ていた薬研くんがなぜだか笑ったので、尻尾がぶんぶん揺れました。こうして、犬はここで飼われることになったのです。
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