やさしい顔をしているから
「ね、薬研くん。こっち向いて」
休憩のたびに、自分のお茶やお菓子をさっさとお腹におさめて、スケッチブックを取り出す。薬研はまだまだ休んでいてくれていい。ただ、ちょっと絵のモデルになってくれさえすれば。
薬研も慣れたもので、苦笑しながらも饅頭片手に体を向けてくれた。今日は内番用の白衣を着ている。机に向かっていたから、眼鏡もセットだ。動かないで、とは言ったことがない。だから平気でお茶を飲んだり、壁のカレンダーを見上げたりしている。
刀剣男士は皆きれいだ。さすが美術的にも価値が高い、日本刀の付喪神だなと思う。こうして審神者として皆と関わるうち、その内面の美しさを知って、もっと彼らを好きになった。そして、「その人としての姿は、最もみんなの魂を表すかたちをしている」と強く感じて、感動した。
外見と内面にギャップがある刀剣男士の代表格とも言われる、薬研藤四郎。彼の姿も、線におこすたび同じ感動がある。髪の一房、輪郭のライン、唇の曲線。それを目で追って紙になぞっていくと、私のなかに薬研の言葉が蘇る。彼のこの容姿こそ、薬研藤四郎に人の器を与えたとき、最も合った姿なんだと確信する。何度描いても気持ちが高揚して、新しい実感が得られるような気がする。モデルとして描いてきた刀剣男士のなかでも、私はここしばらくの間薬研に夢中だった。
午前から少しずつ描いていた絵が、一枚描き終わった。私は人を写生する時間が好きなのであって、特に色を塗ったりして仕上げることはあまりない。だから毎日のように、一、二枚のスケッチが仕上がった。最近は、まいにち薬研くん状態だけど。
「ん」
「うん、ちょっと待ってね……よいしょ」
鉛筆を紙からはなして仕上がりを眺めていると、いつも通り、薬研が私に掌を差し出す。私も慣れた手つきで、リングから紙を一枚破り取った。薬研を描いたから、今日もまたスケッチブックが薄くなってしまった。
薬研は、仕上がった絵をいつも欲しがるのだ。かなりの枚数になっているはずだし、そんなに持っていてまだ飽きないのかなとも思うけど、ちょっと嬉しい。くれと言われたらあげてしまう。
……一枚くらい手元に残せば、描いたときの気持ちを手軽に思い出せて、毎日描きたくならずに済むかもしれない。薬研はおとなしく描かせてくれるから、今のままでも構わないけど。
受け取った絵を眺めている薬研の表情は、柔らかくて、すごく絵になる。明日は、この顔を描こうと思った。
絵みたいに静的できれいな薬研が、ゆっくりとその口を開く。
「陸奥守が、よく写真を撮るだろう。あれが日本に広まったばかりの頃、あんまり姿を精巧に写すもんだから、魂が抜かれるなんて言ったらしいな」
「ああ、そういう話聞くねぇ」
彼らの人格形成は、やはり活躍した時代に依るところが大きい。写真の話を聞いて、心配そうにしている刀剣もいた。最近の陸奥守はデジタル一眼レフを気に入っていてパシャパシャ撮るから、怖がる子なんていなくなったけれど。
「俺は信じちゃいなかったが、大将の絵に、ときどき似たようなことを思う」
伏せた目のカーブと、縁取る睫毛が美しい。何度描いても飽きないはずだ、と話半分に考えた。写真みたいに、姿を写されて魂が取られる。その感想は、褒めてくれているんだろうか。
「好きでずっと描いてるけど、さすがに写真レベルではないでしょ……」
薬研は雅がわからない、と本人まで言う。分かる程度に描ければ、なんでも上手だと褒めてくれそうだ。
見つめていたら、薬研が顔をあげて、澄んだ薄紫と視線が交わった。何かを伝えようとしているような意味ありげな眼差しで、ちょっとだけ、落ち着かない気持ちになる。
「俺が大将を前に考えてることを、写し取られたような気になってくる。だから、あんたに持たせておくのが心配なんだ」
「……なにそれ?」
率直すぎて、いっそ詩的だ。考えていること……魂を取られた気がするから、取り返しているってこと?
首を傾げながら尋ねる。薬研の表情はなんとも言えない微笑で、答えてくれないだろうな、とすぐにわかった。
「戦は勝ってこそだろ。今伝わったら困るから、あんたから俺の絵を回収してるんだ」
「わかりにくいなぁ……。薬研くんらしくないよ」
「ずっと描いてれば、そのうちわかるかもな」
……わからない私が悪いような気になってくる。薬研の手の中にある絵をもう一度見ようとしたら、ひらりとかわされた。何の変哲もない、微笑んでる絵だと思うんだけど。描いたのは私なのに、それを眺めていて、薬研のなにが伝わってくるというんだ。
大将、休憩はとっくに終わりだろ。そう言われては食い下がれない。絵を描くといつも数分多く、予定より休んでしまっているのだ。
言われなくても、明日もその次もきっと薬研を描くだろう。いくら描いても新しい一面が見えて、気持ちが高ぶるんだから。
休憩のたびに、自分のお茶やお菓子をさっさとお腹におさめて、スケッチブックを取り出す。薬研はまだまだ休んでいてくれていい。ただ、ちょっと絵のモデルになってくれさえすれば。
薬研も慣れたもので、苦笑しながらも饅頭片手に体を向けてくれた。今日は内番用の白衣を着ている。机に向かっていたから、眼鏡もセットだ。動かないで、とは言ったことがない。だから平気でお茶を飲んだり、壁のカレンダーを見上げたりしている。
刀剣男士は皆きれいだ。さすが美術的にも価値が高い、日本刀の付喪神だなと思う。こうして審神者として皆と関わるうち、その内面の美しさを知って、もっと彼らを好きになった。そして、「その人としての姿は、最もみんなの魂を表すかたちをしている」と強く感じて、感動した。
外見と内面にギャップがある刀剣男士の代表格とも言われる、薬研藤四郎。彼の姿も、線におこすたび同じ感動がある。髪の一房、輪郭のライン、唇の曲線。それを目で追って紙になぞっていくと、私のなかに薬研の言葉が蘇る。彼のこの容姿こそ、薬研藤四郎に人の器を与えたとき、最も合った姿なんだと確信する。何度描いても気持ちが高揚して、新しい実感が得られるような気がする。モデルとして描いてきた刀剣男士のなかでも、私はここしばらくの間薬研に夢中だった。
午前から少しずつ描いていた絵が、一枚描き終わった。私は人を写生する時間が好きなのであって、特に色を塗ったりして仕上げることはあまりない。だから毎日のように、一、二枚のスケッチが仕上がった。最近は、まいにち薬研くん状態だけど。
「ん」
「うん、ちょっと待ってね……よいしょ」
鉛筆を紙からはなして仕上がりを眺めていると、いつも通り、薬研が私に掌を差し出す。私も慣れた手つきで、リングから紙を一枚破り取った。薬研を描いたから、今日もまたスケッチブックが薄くなってしまった。
薬研は、仕上がった絵をいつも欲しがるのだ。かなりの枚数になっているはずだし、そんなに持っていてまだ飽きないのかなとも思うけど、ちょっと嬉しい。くれと言われたらあげてしまう。
……一枚くらい手元に残せば、描いたときの気持ちを手軽に思い出せて、毎日描きたくならずに済むかもしれない。薬研はおとなしく描かせてくれるから、今のままでも構わないけど。
受け取った絵を眺めている薬研の表情は、柔らかくて、すごく絵になる。明日は、この顔を描こうと思った。
絵みたいに静的できれいな薬研が、ゆっくりとその口を開く。
「陸奥守が、よく写真を撮るだろう。あれが日本に広まったばかりの頃、あんまり姿を精巧に写すもんだから、魂が抜かれるなんて言ったらしいな」
「ああ、そういう話聞くねぇ」
彼らの人格形成は、やはり活躍した時代に依るところが大きい。写真の話を聞いて、心配そうにしている刀剣もいた。最近の陸奥守はデジタル一眼レフを気に入っていてパシャパシャ撮るから、怖がる子なんていなくなったけれど。
「俺は信じちゃいなかったが、大将の絵に、ときどき似たようなことを思う」
伏せた目のカーブと、縁取る睫毛が美しい。何度描いても飽きないはずだ、と話半分に考えた。写真みたいに、姿を写されて魂が取られる。その感想は、褒めてくれているんだろうか。
「好きでずっと描いてるけど、さすがに写真レベルではないでしょ……」
薬研は雅がわからない、と本人まで言う。分かる程度に描ければ、なんでも上手だと褒めてくれそうだ。
見つめていたら、薬研が顔をあげて、澄んだ薄紫と視線が交わった。何かを伝えようとしているような意味ありげな眼差しで、ちょっとだけ、落ち着かない気持ちになる。
「俺が大将を前に考えてることを、写し取られたような気になってくる。だから、あんたに持たせておくのが心配なんだ」
「……なにそれ?」
率直すぎて、いっそ詩的だ。考えていること……魂を取られた気がするから、取り返しているってこと?
首を傾げながら尋ねる。薬研の表情はなんとも言えない微笑で、答えてくれないだろうな、とすぐにわかった。
「戦は勝ってこそだろ。今伝わったら困るから、あんたから俺の絵を回収してるんだ」
「わかりにくいなぁ……。薬研くんらしくないよ」
「ずっと描いてれば、そのうちわかるかもな」
……わからない私が悪いような気になってくる。薬研の手の中にある絵をもう一度見ようとしたら、ひらりとかわされた。何の変哲もない、微笑んでる絵だと思うんだけど。描いたのは私なのに、それを眺めていて、薬研のなにが伝わってくるというんだ。
大将、休憩はとっくに終わりだろ。そう言われては食い下がれない。絵を描くといつも数分多く、予定より休んでしまっているのだ。
言われなくても、明日もその次もきっと薬研を描くだろう。いくら描いても新しい一面が見えて、気持ちが高ぶるんだから。
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