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言葉交わすも心地良い

 三が日は、さすがの政府も日課を取り下げ全体的に休日扱いだ。この本丸でも、元日の食事会と最低限の当番以外それぞれ好きに過ごしてもらっている。
 私はというと、昨年めでたくも仲間から恋仲へ関係を変えた薬研と、二人きりの時間を満喫しているところだった。恋人として正月を迎えるのは、これが初めてだ。

 一緒に眠って、ついさっき二人とも目を覚ました。もう皆起きている時間なんだろうな、と外の気配で察する。冬のカラッと乾いた晴天が、見ずとも窓から伝わってきた。薬研がこちらに身体を向けているのはわかっていたが、私は天井を見上げて、ぼうっとしている。

「……たいしょ。怒ってるのか」

 薬研は私の機嫌を窺うように、妙に可愛い訊き方をした。ちょっと放っておいた自覚はある。怒ってるかと尋ねられた理由も、思い当たるものがあった。怒ってないけど。それでもなんだか気だるくて、私は仰向けのまま息を吐く。

「おこってない……。ちょっとね、体が重いだけ」

 いつもと違って、翌日に二人とも仕事がない夜なんて珍しかった。刀剣男士は采配次第で非番の日も作れるが、交替しようもない審神者はほぼ年中無休だ。
 ……なんというか、二人とも羽目を外してしまったのだ。薬研はいつもより遠慮がなかったし、私もそれを強く止めなかった。そのせいで、寝て起きても全然疲れが取れていない。喉が痛いし、脚なんて怠くて膝を立てるのも億劫だ。
 私の返事を聞いて、薬研は少し安堵した様子で「悪かったよ」と呟く。

「あんたは必死で可愛いし、すごく良かったもんだから、つい長々と──」
「あーっ! 詳細はいい! 言わなくていいです! 大丈夫だから!」

 そういう雰囲気でことに及ぶのと、素面のときにそれを蒸し返されるのは別問題である。私は慌てて薬研の口に掌を押しあて、彼の言葉を掻き消した。
 最中にも薬研は「可愛い」とか「いい」とか、時折口にする。でも、そういう時の私は平常運転じゃない。何を言われようと頭を素通りさせて、全部快感に変えてしまっている。熱が過ぎ去ったあとに再度言われたら、自分のあられもない状態まで思い出してしまうじゃないか。
 ……時既に遅し。ついさっきの言い方とは異なる、吐息まじりの薬研の声が耳に蘇った。暗がりに浮き上がる白い身体や、湿度のある空気も、なにもかも。掌に感じる息や唇を意識してしまい、手を布団にそっと引っ込める。
 反省するかのような態度はなんだったのか、薬研は私をじっと見つめて、にやりと笑った。

「日頃聞かないような、甘ったるい声で呼ばれるのが、たまらん。逃げたいのか縋りつきたいのかはっきりしないのも、いいねぇ」

 その声色と目つきで、彼の思惑はしっかり私に伝わってきた。このひと、私が照れることまで含めて、楽しんでいらっしゃる。
 踊らされるのは不本意だけど、表情は思い通りにできない。薬研にからかわれて平然としていられるほど、私の心臓は強くなかった。

「……いじわる!」
「褒めてるつもりなんだが」

 怒ってないとわかればすぐこれだ。少しだけ睨みをきかせるが、照れながらでは何の効果もない。薬研は機嫌よくこちらに手を伸ばし、こめかみの辺りをわしわしと撫でる。手袋ごしの繊細な指が、力強い。
 薬研に撫でられるのは、正直好きだ。たぶん薬研もそれを知っている。明らかに「なでなで」で私を誤魔化そうとしているんだとわかるのに、胸が弾んで悔しかった。
 布団のなか、足先でとん、と形だけの蹴りをすねに入れる。私が本気で蹴ったって彼はたいして痛くないだろうけど、そんなこと出来ないのが惚れた弱みだ。

「薬研なんか、ズボン短いくせに。外見年齢、ショタ」

 私のしょうもない仕返しの言葉を受けて、薬研は一瞬きょとんとした顔をした。ショタという単語のせいか。聞かされて意味は知っているはずだが、馴染みは薄いだろう。
 寝巻きで私の傍らに寝そべって余裕顔のこの男は、普段小学生にも珍しい短パンをはきこなしているのだ。内番のときなんて、サスペンダーでそれを吊っている。グレーのシャツに黒いタイ、白衣に眼鏡……からの、短パンサスペンダー。局所的な短刀アピールで、彼は大人であると言い切らせてくれない。
 似合っているという事実は、今は一旦置いておく。

「服は俺が選んだわけじゃあない。身体の歳は……」

 続きを濁して、薬研は目を細めた。すべすべの脚が私の脚の間に差し込まれ、ふくらはぎを撫で下ろすように絡んでくる。ぎょっとした私の腰をしれっと抱いて、ゆっくり口を開く。

「なにか物足りないかい?」


 思い出す、記憶に新しい薬研とのあれやこれ。いつだって翻弄されてばかりで、こと男女交際において、彼を子供だと思ったことなんか一度もない。触れ合っている部分が、熱くなったような気がした。

「たり、たりてる……」

 かろうじて答えると、薬研は「そりゃ良かった」とくつくつ笑う。精神的な意味でも、いつもこうして上手を行かれてしまうのだ。
 黙りこくった私を見て、彼は少しだけ眉を下げる。

「拗ねないでくれよ。その顔が見たいんだ」

 こんな風に言われて、許さない人がいるなら会ってみたい。腰にのびている腕へ手を添え、寝巻きの袖ごとくしゃっと掴む。な?と小首を傾げる薬研は、さっきの色気の対極、粟田口の短刀の名に恥じない可愛さだ。

「……薬研って、なんだかんだ、世渡りがうまいよね」
「あんたはちょっと、俺に甘すぎるけどな」
「それ、薬研が言っちゃう?」

 のんびり布団で軽口を交わしあう時間は、心も体も癒していくようだった。
 この部屋の外でも、きっといつもより平和で賑やかな時間が流れているんだろう。私達の関係を知るみんなが気を使って、放っておいてくれているんだと思うと、むず痒くも有難い。


 薬研は唐突に、寝返りをうつように転がってきて、私の胸に顔を埋めた。そのままそこで、肩を震わせ笑い始める。吐息で、胸元がじんわり生暖かくなった。

「今年もよろしくな、たぁいしょ……」
「どこに話しかけてるの……」

 こんな言われ方でも、表情の見えない彼は心底楽しそうで、色々どうでもよくなってしまう。
 目の前の小さな頭に、そっと口付けを落とす。顔を上げた薬研の瞳に誘われて、触れ合うだけのキスもした。年の始めからこんなにだらけて良いのかな、と一瞬よぎるも、幸せなのは間違いない。

 元日に短刀たちと訪れた現世の神社では、本丸全体の必勝祈願をしてきた。本丸の外の神様に、彼らを守ってほしかったから。もし、他にも願い事を持っていいのなら、あと一つだけ願わせてほしいことがある。
 薬研のからだを抱き寄せて、首筋にすり寄る。普段戦場を駆けるこのひとの、無防備な姿が愛しい。

「来年のお正月も、薬研と、しあわせに過ごせますように」

 私の神様の耳元だけに、個人的な願い事を囁いた。
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