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花丸10話を見た薬さに本丸A

 政府が審神者を増やすため企画した、国民に関心を持ってもらうためのプロモーションの一つ、アニメ刀剣乱舞花丸。ご丁寧に「一振も折らないほのぼの作品!」と事前に教えてくれていたそれを、私は安心して本丸のみんなと視聴していた。……さすがに今後予定されているシリアスの方は、アニメとはいえ仲間が折れるところを見られるメンタルの者しか同席させないつもりだ。
 声は実際に政府の歴史維持省広報課本丸で顕現されているご本人があてるという豪華っぷり。二次元に変換された自分の姿にみんなわいわいと喜んでいる。テレビのある部屋には花丸のポスターやグッズが置かれ、アニオタの部屋のようになってきた。

 花丸のなかなかに個性的な本丸は、うちの本丸に毎週ささやかなブームを提供したり、余計な出費をさせたりと影響を与えている。鶴丸は例のサングラスをアマゾンでポチったし、庭の小さな木が万葉桜よろしくピンクの短冊で埋められたりした。ほぼ全員揃っているうちの本丸で何を願うというのか──子供の書くサンタさんへの手紙を読む心境で一枚捕まえてみれば、「色っぽい未亡人と枕を交わしたい」などと書いてあったので引きちぎっておいた。こんな低いところに括りやがって、短刀に悪影響である。
 そして元柄ラー、広報課薬研のファン、そして現在当本丸の薬研藤四郎と恋仲である私も、出番の多い花丸薬研にきゃあきゃあと言っていた。絵柄の問題もあるが、とにかく可愛らしい。ちょっと何かをするたびに「かわいい!」と声をあげ、主うるさい後で一人でやってと野次を飛ばされている。隣で座る恋人は、苦笑したり快活に笑ったり、始終かっこいい。

 そんな平和な花丸視聴会、第十回でその事件は起きた。
 来派が揃うとしか前評判を聞いていなかったため、来派の三人を前の方へ座らせ、主権限で二列目で視聴していた私は予想外の薬研の登場に喜んだ。

「またよくわからない色の薬作ってる! 薬研もああいうのできる?」
「青かぁ、花でも搾ってるんじゃねぇか」
「んんん……狸抱っこしてる薬研かわいい……可愛いとカワイイのコラボ……」

 花丸薬研が出てくるたびに、隣の薬研の袖を掴んで萌えの苦しみに堪える。とっくに十分惚れているのに、薬研藤四郎という存在は私の胸をどこまで締め上げれば気が済むのか。もう助けてくれ。いややっぱりやめないでくれ。

「主、明石のいいシーンだったからそっちも触れてあげて」
「無駄だよ、一回目の視聴は薬研が出たらそこばっかりだもん、この人」

 周りで誰かが何かを言っているが、喋ればどうせうるさいと言われるので返事はしないでおく。そしてアニメの中では、出陣メンバーが発表された。薬研藤四郎。なぜだか彼が含まれている。歓喜のあまり、隣の薬研に一度抱きつく。頭を撫でてもらって落ち着きを取り戻し、視聴のベスト体勢に戻った。崩した正座に、手は膝の上。画面に集中だ。

 花丸は内番服姿の多いアニメだから、花丸薬研には眼鏡のイメージが強い。戦装束姿もレアな部類だ。作画がいいんじゃないかと予告カットで囁かれていたこの十話で、薬研の戦闘シーンが見られるなんて、有難さしかない。円盤にはしっかりお金を払わねばと思った。
 アニメの薬研が一言発するたびに、口のなかで「んっ」と濁音混じりに小さく唸る。ご本人が声をあてているのだから、その破壊力はお墨付きだ。

『いたいた……、突っ込むぞ!』

 実際に戦場からよく聞くお決まりの台詞が出るわ、駆ける薬研が描かれているのが嬉しいわで心臓が忙しい。二話の織田回でも彼は戦闘に参加していたが、真剣必殺はおろか、皆が待っているあの台詞も彼は言わなかったのだ。もしかすると、今回は、それを期待できるかもしれない。
 結論からいうと、期待は確かに叶った。

 アニメの薬研が大きな敵に飛び掛り、馬乗りになる。次のシーンでは白い太股が敵に跨る様子、力をこめた手元、折った上体、垂れる髪という色気の暴力としかいえない構図の薬研が大写しになる。このとき一回濁った音で「あっ!」と叫んだが最後、私は以降なにも言えなくなってしまった。
 押し込まれる短刀。そして、敵の喉笛へ顔を寄せ、反応を冷静に見定めるように、手の感触を確認しているように、ひたと見据えている。そうして、静かにあの台詞を言った。

『柄まで、通ったぞ……』


 悲鳴も上げられず、私は思わず黙りこくってしまう。体も硬直する。周りは続く戦闘シーンに白熱していて、いいなぁ花丸の俺出陣しろよー! などと声をあげていた。
 いやいやいや。ここはいつも通り雄雄しく『柄まで通ったぞ!』、そして全国の審神者が『きゃー! 柄まで通してぇ!』という流れに、なるはずでは? 政府は審神者をマジで深刻な柄ラーに変えて、薬研のグッズで懐を潤す気なのか?

 というか、これ、すごく、あの感じに似ている。夜の、本丸では私しか知らない彼の姿に。

 唾を飲む。すると膝の上の手に、手袋に包まれた指が触れてくる。びっくりして手の主を見れば、画面そっちのけで私を見つめ、そのまま指を絡めてきた。アニメの薬研のせいもあって、すっかり平常心とは言いがたい顔になっている私へ顔を寄せ、薬研が囁く。

「大将、いま、やらしいこと考えただろ」

 大勢の中で、秘密を打ち明けるような仕草だった。落ち着いた口調で吐息は熱く、着火されたように一気に顔が熱くなる。その間も指は私の手を撫でている。それを止める意味も含めてぎゅっと手を握ってしまうと、薬研は意味深に笑う。
 からかわないで。言わずとも伝わっている気がするので、口をきゅっと結んで少し睨むが、薬研のほうは、完全にそういう気分になっているようだった。少し目を細めて、唇を寄せてくる。頬か唇に、口付けられそうだった。


「……ちょっと、目の前でいちゃつくのやめてよね。部屋でやってくれる?」

 可愛らしい声に棘を立てて、真後ろで乱ちゃんが頬を膨らませている。最前から二列目、考えてみれば後ろに人はたくさんいるのだ。
 うわ、ごめ、と慌てふためく私と、悪ぃの一言で済ませる薬研。画面を見よう、の意味で薬研の浴衣の袖を引けば、彼は私の腰を抱いて立ち上がらせてしまった。

「それじゃあ、俺達は先に失礼させてもらう。適当に観ててくれや」

 多少困惑の声はあげたが、もう立ち上がっているし、薬研に引かれるまま皆の間を抜けていく。廊下だって黙って手を引かれてしまったのは、やっぱり、私もそういう気分になってしまったからかもしれない。
 薬研が向かった先は、私の私室だった。

 勝手知ったる私の部屋、まだ本丸のほぼ全員が起きているのに配慮してか、薬研は防音の結界札を勝手に出して襖へ貼る。振り向いて私にさっさと近寄り、立っている状態から抱えて寝かせることなど慣れたものだ。
 手袋を外してその辺に放り、きれいに微笑んでから、私の腰にしっかりと跨る。さっきの、戦闘のシーンを彷彿とさせる。ドキドキとして見上げると、微笑みに色気が帯びてきたように感じた。仰向けの私を見下ろして、視線は顔からお腹のほうへ、ゆっくりと下りていく。

「あんた、本当に俺のことが好きだな。……いつも隣で小さく声は上げるわ、震えるわ、いじらしくてたまらん」

 そんな風に思って、今まであの花丸視聴会で隣にいたの!? と羞恥にかられるが、薬研が覆いかぶさってきたために、考えていたことは頭から吹き飛んだ。
 やはり意識しているのか、わざわざ喉の辺りへ、言葉をぶつけてくる。

「大将の期待通り、優しく、柄まで通してやるよ……」

 誰でも安心して見られるほのぼのアニメだと聞いてたんですが、花丸。
 少なくとも柄ラーは無事ではなかったですよ。
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