独白シリーズ



ぼんやりしてそうな、世間知らずのお坊ちゃん。

それが初めて監察官と会った時の印象だった。
01という無礼な案内役に、HANOI全員と挨拶してこいとでも言われたのだろう。まずは一番近い部屋からと考えたのか、俺を含めた数人のHANOIのいる空間へと監察官が入ってきた。
入り口そばに座る愛玩用との初めての挨拶から、戸惑う監察官の声が聞こえた。わざとらしい。あんたくらいの年なら愛玩用がなんの用途で作られたのかくらい知ってるだろうに。
世間のHANOIの扱いなどにろくに目を向けたこともなさそうな、温室育ち特有の温厚さ。殴られた時の熱い痛みも、一秒ごとに尊厳を削られていく苦しみも知らないのだろう。脳天気にも感じられるやわらかい声と顔立ち。順番の回ってきた自分との挨拶の端々からもそれが伝わってきた。

きっと、こいつもどうせ今までのやつらと同じだろうと思っていた。

そもそもここに来る前から、人間という存在に対して期待なんて感情ははなから無かった。人間にとって俺らは便利で使い捨て可能な道具でしかない。それは今までの人間の態度や接し方から見て明白だったからだ。
でもそんなのはなにも俺らが特別ってわけじゃない。俺らHANOIが作り出される前の人間の歴史だってそうだろう。世界という広い視野で見ずとも、人間社会の学校や職場といった狭い空間であってもそれは変わらないはずだ。弱者は強者に目ざとく見つけられ、強者の鬱憤のはけ口としていとも簡単に尊厳を奪われる。
だがそれも奴らにとっちゃ他の動物と同じ、弱肉強食からなる自然の摂理ってやつで仕方のないことなんだろう。同じ種なのだから平等と対等の中に生きたところで、取って食われやしないだろうに。難儀なことだ。たとえ生命を脅かされない保証があっても、自分より下がいることで立ち位置を安定させたいのか。どちらにせよ悪趣味なことに変わりはない。     

 そこで俺たちHANOIってちょうどいいもんが生まれた。姿かたちは人間を模していて、その上人間と同じように複雑な仕事も処理できる。
そしてなにより重要なのは、HANOIが「人間に絶対に逆らわない」ということだ。本能として絶対服従を誓わされている俺たちは、言葉の通り殴られようがぶっ壊されようが絶対に人間に反撃したりしない。したくても出来ないようプログラムされている。
人間というやつは、自身と対等でないと判断した者には容赦ない。今までもスクラップにされていった奴らを何体も見てきた。だが、どんな極悪非道なご主人様だろうが、俺たちが本能的に奴隷の身に落とされている以上、逆らうことは不可能なのだ。

 だが、厄介なのはそこじゃない。俺たちが送られてくる信号で反応するだけの機械であれば、奴らがどれだけ血も涙もない人間であろうとなんの問題もなかった。問題なのは俺たちには「感情と痛覚」があるってことだ。俺自身も勿論そうだが、HANOIは殴られたり蹴られたりすれば当然痛みが生じる。人工知能により思考能力や感情を備えているから、たとえ暴力を振るわれなくとも、罵られたり暴言を吐かれたりすれば必ず精神的苦痛を伴う。
だが虐げる者、つまり人間が見たいのはそこだ。ただの機械を殴ったって面白くもなんともない。俺たちに向けられる暴力は、本来であれば自分たちと同じ人間相手にぶつけられるはずだった。人間の中に存在する弱者に。
奴らは感情や痛覚のある生き物を虐げている実感がほしいのだ。それなら対象は動物でも構わないだろうが、どうせなら本当にぶちまけたいヤツと近い存在を選ぶだろう。憂さ晴らしに人間を殴って殺したら罪になるが、HANOIを殴って再起不能にしたところでせいぜい所有者に弁償するくらいだろう。
どういう理屈かは知らないが、倫理観の狂っているらしいやつらは同じ種である人間に暴力を向けるのはだめでも、人間を模した思考する人形なら怒りや衝動をぶつけてもいいと考えたらしい。
心を持っていたところで所詮つくりもの。人間様から与えられた有難い命で、スクラップにされるまで精一杯奴隷として仕えることで恩に報いろということだ。
たとえ壊しても、壊されてもまた新しいHANOIを購入すればいい。壊されたHANOIはそのままスクラップ行き。金属として溶けてリサイクルされ、また人間に奉仕する別の機械や部品として生きる。そして壊れたらまた。その繰り返しだ。そのループが俺らの人生。義務付けられた奉仕と消費されるだけの存在。機械として生まれるとはそういうことらしい。
俺が壊れてもばらばらに散らばった俺の一部が、違う部品に使われてまた人間にこき使われるために生まれ変わる。自分の宿命を考えると時おり頭がおかしくなりそうになる。俺たちは自分で自分の人生を終わらせることすらできない。俺らはあくまで人間を模した「機械」でしかなく、決して人間ではないからだ。人間の奴隷の代替として俺らが生まれただけ。
いつの時代も、どこの場所にいたってそうだ。奴隷に人権なんてものは存在しない。


──だのに、このぼんやりは、


(親密度F〜E)

1/1ページ
    スキ