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とある少女の物語【過去編】






 その日も、良く晴れていた。しかし、不安定な気候だったのだろう。帰宅している途中に突然の雷雨に見舞われ、私は近くの公園で雨宿りをすることにした。服と髪はびしょ濡れで、なぜ今日に限って傘を持ってこなかったのかと過去の自分を呪った。
 その時、背後から物音がした。私が振り返ると、そこには青色の髪をした少年が驚いた顔で立っていた。どうやら彼も傘を持っていなかった様で、私よりも先に雨宿りをしていたらしい。彼はベンチの影に座り込んでいたため、私は全く気付かなかった。もし気付いていたら、雨宿りなどするはずがなかった。
 少年はあの日と同じ様に、驚愕した表情で私を見ていた。そして次の瞬間、彼の表情の本当の理由を知ることになる。


「…お前、どうしたんだその傷」


 その時初めて気付いたのだが、私はその日、白い長袖シャツを着ていた。そしてその白いシャツは、雨に濡れて透けていたのだ。


「見ないで!!」


 自分でも驚く程、鋭い声でそう叫んだ。恥ずかしいなんて、そんな生温い感情じゃなかった。私はその場にしゃがみ込み、自分の肩を抱いて地面を睨みつけた。駄目だ、これだけは知られてはいけないと、バレてしまえば全てが台無しになると、そんなことばかり考えていた。
 そして、彼が今私に向けているであろう視線を思うと、あの日の彼の言葉が蘇り、私の中でプツンと何かが切れる音がした。


「ああ、そうだよ!私は可哀想な奴だよ!他人の顔色を窺うことでしか生きていけない哀れな奴さ!あんたの言う通りだよ!」


 気がつくと、そんなことを口走っていた。駄目だと、それ以上は喋るなと、頭では理解しているはずなのに止まらなかった。


「でも、仕方ないじゃない!それしか方法を知らないの!例え嘘つきでも、自分の居場所を作ろうと必死になることの何がいけないの!」


 その時、私は母が亡くなって以来初めて涙を流した。どんなに暴力を振るわれても、酷いことをされても、一度たりとも泣いたことは無かった。涙は弱者が流す物だと、自分は強いのだから泣くものかと、毎日歯を食いしばって耐えていた。それがこの日一気に爆発して、雨と共に流れ落ちていった。


 そんな私を、彼はどんな顔で、どんな思いで見ていたのだろう。うずくまって泣いている私に、パサっと何かが被せられた。


「…風邪引くといけないから、使えよ。」


 そして彼はごそごそと自分の鞄の中を探ると、薄手のパーカーを取り出して私に差し出した。


「俺、よく服汚すから予備持ってるんだ。見張っといてやるから着替えろよ。」


 そう言って微笑む彼を、私は暫く呆然と眺めていた。彼は、私の話を聞いていなかったのだろうか。そんなことを考えていると、彼は少し困った様な顔をすると再び口を開いた。


「あのことは、悪かったよ。お前の気持ち考えずに無神経なこと言ってごめん。…でも、今回だけは言うこと聞いてくれ。風邪引くし、そんな格好じゃ帰れないだろ?」


 今思うと彼はかなり出来た人間だった。訳の分からない怒りを受け、きっと不快だったろう。でも彼はそんな素振り一つも見せず、それどころか謝罪までしてくれたのだから_。


「…何も聞かないの?」


 私はやっとの思いでそう言った。彼は再び微笑むと、こう答えた。


「…聞かれたくないんだろ?」


 彼のその言葉で、あの時の私は正気を取り戻すことが出来た。私はその後、彼の言う通り着替え、先程のことを詫びた。いつの間にか、雨は上がっていた。


「気にするなよ。…俺、一星充っていうんだ。」


 彼はその時初めて名乗った。そして私も、彼に自分の名前を教えた。


「私は、早峯冴花。…冴花って呼んで下さい。」


 引き取られてから、私の姓は新妻から早峯に変わった。私は早峯という苗字が嫌いだったから、学校では極力下の名前で呼ばせる様にしていた。
彼が頷いたのと同時に、遠くから誰かの声がした。


「兄ちゃーん!!」


 元気にこちらへ掛けてくる人物は、彼と同じ青色の髪をした男の子だった。

「光!」

 光と呼ばれた少年は私を見ると、パッと目を輝かせた。


「あっ!!兄ちゃんが女の子といる!彼女さん!?」
「馬鹿言うなよ!さっき知り合ったばっかだ!」
「え、そうなの?でもこれ兄ちゃんの服じゃん。」
「濡れてたから貸してやったんだよ、余計なこと言うなバカ!」


 突然始まった兄弟のやり取りに、何故だか心が温かくなった。そして私は、無意識のうちに声を出して笑っていた。その日私は、本当に、本当に心から笑えたと思う。
 別れ際、充が私に言ってくれた言葉が、その後の私の人生を変える大きなきっかけになった。


「余計なお世話かもしれないけど、俺は今のお前の方が人間味があって良いと思う。」






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