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とある少女の物語【過去編】








「どんな時も笑顔で、強く生きて」

 その言葉は私の心の支えであり、呪いでもあった。
 私が6歳の頃亡くなった母が、息を引き取る直前私に残した言葉である。
 母は聡明で美しい女性だった。父親は私が生まれる前に他界しており、母は女手一人で私を育ててくれていた。辛かったはずなのに、弱音を吐く事なく私に精一杯の愛情を注いでくれていた。だから私は母が大好きで、母と一緒ならどんなことでも乗り越えられると思っていた。
 しかし神様という者は残酷で、あっさりとその日常を奪っていったのである。私が小学校に入学して間も無く、母は突然職場で倒れ、そのまま病院へと運ばれた。病名は癌であり、かなり前から母の体を蝕んでいたらしい。母が酷く痩せていたことに、私はその日まで全く気付かなかった。


「大丈夫よ冴ちゃん。お母さん、すぐ良くなるから。」


 不安そうな顔をしていた私に、母はそう言って微笑みかけた。でも本当は分かっていたはずだ。自分はもう助からないと。
 しかし、まだ幼かった私は純粋に母の言葉を信じていた。だから母が倒れてから涙を流すことは無かったし、学校帰りには必ず病院に寄って母の様子を見に行った。


「冴ちゃんは良い子ねぇ…。いつもありがとう」


 母が少しでも元気になるよう、私は毎日学校であった出来事を面白おかしく語っていた。そんな私を、母は優しく包み込んでくれるのだった。
 しかし、母の体調が良くなることはなく、それどころか悪化する一方だった。日に日に痩せ細っていく母を目にしても、私には何も出来なかった。ただ、毎日近くの神社で手を合わせ、きっと良くなると信じることしか出来なかった。



「冴ちゃんごめんねぇ…。お母さん、もう長くないの。」

 だから、その言葉を聞いた時は意味が分からなかった。いや、本当は分かっていた。言われるまでもなく、母が良くなることはないと子供ながらに感じていた。

「何言ってるの、お母さんは生きるのよ!」

 すっかり痩せ細った、青白い母の手を握りしめながら、私は涙を流した。きっと、物心ついてから初めて流した涙だったと思う。


「冴ちゃん、泣かないで…。お母さん、いつも貴方の側にいるから…。」


 泣きじゃくる私の頬に手を当て、母は優しく微笑んだ。頬の肉が落ちているにも関わらず、母は美しいままだった。


「どんな時も笑顔で、強く生きて…。」


 私の頬に触れていた母の手が虚しくベッドに滑り落ちる。私が握りしめていた母の細い手も、急に重く冷たくなった。


「あ…、う…あぁ…!お母さん!…嫌だ、嫌だ!…逝かないで、私を置いて逝かないでよ!!」


 幼かった私は、そうすればまた母が目覚めてくれるかもしれないとどこかで期待していた。でもそんな奇跡は起きるはずもなくて、病室には私の泣き声だけが虚しく響いていた。





 それからはあっという間で、母の葬儀では涙も枯れ果て、四角い箱に収まった美しい母の写真をぼーっと眺めていた。
そして、火葬場に運ばれていく母の亡骸を見つめながら、静かに誓ったのだ。


「…強く生きるよ。何があっても負けないから」






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