第一章

★★★ 第2話 ★★★




 敵国に要求書を届けた矢先、待っていたのは罠だった。敵国の長であるヘンリク卿も、主戦力である夜明けの騎士も、野ばら城へと赴いていたのだ。リリアたちは敵の城で巨大な戦車と対戦し何とか勝利するも、不意打ちの攻撃を受けたシルバーを庇ったリリアが重傷を負い、転移魔法を使って野ばら城に移動することが叶わなくなった。
 平気だから一刻も早く野ばら城に帰ろうと言うリリアを、彼の右腕であるバウルが止めた。


「その怪我で転移魔法を使うのは危険です。野ばら城にはグラティエラ殿がいらっしゃる。あの方ならきっと、持ち堪えて下さる」


 そう言ったバウルの声は、グラティエラへの信頼と祈り両方が込められているように聞こえた。リリアはギリっと歯を食いしばって目を伏せたが、やがて小さな声で「分かっている…分かっているが…」と呟いた。
 その声を拾ったシルバーは、罪悪感と驚きの混ざった表情でリリアを見つめた。シルバーのよく知る現代のリリアは、グラティエラに全幅の信頼を寄せていた。でもこの時代のリリアは、シルバーの知らない表情を浮かべている。


「すまねぇグラティエラ…。持ち堪えてくれ」

 
 リリアは小さな声でそう言うと、バウルに頷き指揮を任せた。バウルは、負傷していない兵士だけ野ばら城に転移魔法で向かうよう指示すると、監督生たちに向き直った。


「お前たちは降伏しろ。人間であるお前たちが我々妖精に味方する義理はないはず。外に行って降伏しろ」
「人間も妖精も関係ありません。俺たちも戦います!」
「そうです!!戦わせて下さい!!」

  
 シルバーとセベクは、大きく首を横に振ってバウルに反論する。そしてバウルに、「足手まといにはなりません。俺たちにできることをします」と告げ、戸惑う彼に背を向けて駆け出した。移転魔法が使えない以上、自力で飛んで帰るしかない。空を飛ぶための箒を探しに行くのだ。


「おい…!!待てっ…!!」


 バウルは慌てて彼らを呼び止めようとしたが、その声が届くことはない。彼らはれっきとしたNRC生で、一度決めたことを簡単に曲げることはしないのだ。


「ああ…行ってしまった」


 バウルは呆気に取られた顔で子どもたちの消えた廊下を見つめる。彼は人間を良く思っていないが、「人間も妖精も関係ない」と言い切った銀髪の少年の言葉に心が揺さぶられており、そのことに気付いてしまった今、少し複雑そうに視線を落とすのだった。

 その後の展開は早かった。城の外では敵が待ち構えていて脱出が難しいと思われていたが、シルバーとセベクの計らいにより、動物たちの力を借りて強行突破し、リリア、バウル、シルバー、セベク、監督生そしてグリムは箒に乗って空を飛び、敵の拠点から少し離れた森の中へと降り立った。
 彼らは追ってきた敵を倒しながら森の中を進み、とうとう野ばら城を見渡せる崖の上までたどり着いた。


「何てことだ…。敵があんなに沢山」


 野ばら城を取り巻く敵の数はあまりにも多い。絶望的な状況を目にしたシルバーは、思わず口元を手で覆ってしまった。


「いくら何でも分が悪過ぎる。急がねぇと…」


 リリアが苦々しい表情で吐き捨てる。不幸中の幸いか、野ばら城自体はまだ攻撃は受けていないように見えるが、この数で総攻撃されたならただでは済まない。
 その時、敵国の長であるヘンリク卿が魔法で声を拡張してこんなことを言い始めた。


「觀念して魔法石『プリンセス・グロウ』と野ばら城を明け渡すが良い!」


 騒々しい声が森の中まで響いてくる。リリアとバウルは、ヘンリク卿の傲慢な要求に言葉を失うが、彼の発言はまだまだ止まらなかった。


「だが、我々も鬼ではない。貴様らと違ってな!ゆえに…貴様らにチャンスを与えてやろう。姫よ、我らが警備隊隊長、夜明けの騎士と一対一の『決闘』を行うのだ!!貴様が名誉をかけて『決闘』にのぞみ、勝利を掴んだなら…我々は城の包囲を解くと誓おう。30分だけ考える時間をやる。よ〜く考えることだな!」


 ヘンリク卿の笑い声が辺りに響き渡る。余りにも嫌味な物言いに、完全なる部外者の監督生ですら顔をしかめる始末だ。
 籠城しているマレノア姫もグラティエラも、きっと耳を塞いでいるに違いない──監督生はそう思ったが、城の中から姿を現した一人の少女を見て思わず目を見開いた。遠くからでも目立つ濃い紫色の長い髪は、おとぎ話に出てくる魔女のようだが、顔立ちは美しく心優しい少女のよう。漢服というのだろうか、薄い紫色の生地をベースにした優雅な衣装は、戦闘服ではないはずなのに戦場によく似合っている。


「…綺麗」


 監督生は思わずそう零していた。そして聞かなくとも分かった。あの少女のような見た目の女性こそ、この国で一二の美貌を持つ戦闘民族の末裔で、後にシルバーの母親代わりになるグラティエラ・フェルムだと。


「母上…」


 監督生の横で、シルバーが小さな声でそう言った。その声はリリアやバウルには届いていないようだが、彼女を見つめるシルバーの目は、これから起こることへの恐怖と不安で大きく揺らいでいた。
 グラティエラは、氷のように冷たい表情でヘンリク卿の前に立ちはだかると、低い声でこう言った。


「随分と騒々しいことをしてくれる。よほど死にたいらしい」


 ヘンリク卿の横に立っていた夜明けの騎士は、初めて見る美しい妖精に目を奪われた。しかしヘンリク卿は、蔑むような目で彼女を見ると夜明けの騎士に囁いた。


「出たぞ、あの野蛮なカルディア族の生き残りだ。奴は厄介だ、すぐに殺せ。どんな手を使っても構わない」
「呆れたものだな。言った端から契約破棄か」


 夜明けの騎士たちとグラティエラの間にはそれなりに距離があり、ヘンリク卿の声もかなり小さかったはずなのに、彼女はその発言を聞き逃さなかった。妖精族は人間よりも聴覚が優れているため、多少距離が離れていても音として拾えてしまうのだ。
 ヘンリク卿は忌々しそうに舌打ちをしたが、開き直ったのか卑しい笑みを浮かべると再び口を開いた。


「さすがは妖精。地獄耳というレベルではないな。…だが、契約破棄とは人聞きが悪いぞ。そもそも、こちらは姫に『決闘』を申し込んだのだ。貴様ではない」


 それを聞いたグラティエラは、わずかに口角を上げた。ヘンリク卿はその変化に気付けなかったが、夜明けの騎士は兜越しに表情を引き締めるのだった。


「なるほど…。であれば、私はお前たちを攻撃して良いということだな」


 彼女はそう言うと、袂から小刀を取り出し鞘を抜いた。そして手の甲で小刀を半回転させれば、その小刀は彼女よりも背の高い槍へと姿を変えた。
 グラティエラは槍の先をヘンリクに向けると、低く静かな声で言葉を続けた。


「貴様という欲の亡者にこき使われる部下は気の毒だな。…星に還して差し上げよう」


 最後、彼女は分かりやすく口角を上げた。彼女の発した言葉は、まるで夜明けの騎士の心情を察して慰めているかのようにも聞こえたが、紫色の閃光を放つ鋭い瞳は、この場に集まった全ての人間に殺気を感じさせていた。
 ヘンリク卿は「ふん!」と不貞腐れたような声を上げると、後ろに控えていた別の兵士に命令を下した。


「殺れ!!」
「…!!待って下さい…!!」


 夜明けの騎士の叫びと、後ろの兵士たちが一斉に矢を放ったのは同時だった。
 無数の矢が迫ってくるにも関わらず、グラティエラは顔色一つ変えない。それもそのはずだ、彼女が槍を一振りした次の瞬間、飛んできていた矢が全て燃え落ちて地面に落ちていったのだから。
 グラティエラはヘンリクを睨みつけると、静かな、されど圧のある声でこう言った。


「最後の忠告だ、人間。血の海を見たくなければ直ちに去れ」


 しかし、忠告を素直に聞くヘンリク卿ではない。彼は再び卑しい笑みを浮かべると、周囲の兵士たちに向かって叫んだ。


「一斉攻撃だ!!今こそ積年の屈辱を晴らす時!!あの怪物を討ち取るのだ!!」
「「おおー!!」」


 大きな歓声と共に、再びグラティエラに向って矢の雨が降り注ぐ。今度は前方だけでなく、左右からも降ってくる。グラティエラは小さくため息をつくと、持っていた槍を地面に立て、巨大な魔法障壁を完成させた。
 魔法障壁に触れた矢は、光の粒となって消えていく。何度も何度も連続で矢が降り注ぐが、彼女の魔法障壁はそう簡単に崩れない。
 彼女は勝ち誇ったように口角を上げると、ヘンリクたちに背を向けた。そして、少し後ろの方に構えていた数人の近衛兵に小声で指示を出した。


「この程度の攻撃であれば30分ほどは保つはず。貴方たちは中から反撃して下さい。私はその隙にマレノア様を逃がします。…ただし、万が一の時は貴方たちも逃げるのですよ」


 近衛兵たちは頷くと、妖精語で「任せて下さい」と答え、城の中に引き返していく彼女を守るかのように前へ出るのだった。
 
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