第一章
★★★ 第1話 ★★★
マレウス・ドラコニアがオーバブロットし、賢者の島は彼の魔法によって住民全員が眠りにつき夢を見ている。彼のお目付け役であり、ディアソムニア寮副寮長のリリア・ヴァンルージュも例外ではなく、彼の魔法によって400年前の夢を見ていた。
リリアがまだ右大将をしていた400年前の時代では、茨の国も大国で、マレウスの母であるマレノアも存命だった。そしてマレウスの父であり、リリアの親友だったレヴァーンが任務の途中に行方知れずとなり、結果として妻と子(卵)を置いていってしまった時代でもある。
この頃のリリアは300歳になったばかりで、最強の右大将として敵から恐れられ、自国の民からは慕われていた。そして彼と共にこの時代で名を知らしめていた戦士はもう一人おり、当時はマレノアの側近として前線から離れていたものの、竜の懐刀として恐れられたリリアが認める優秀な戦士だった。
「グラティエラ・フェルム──。かつてこの国の重臣だった戦闘民族の末裔。単純な戦闘能力で言えばこの俺よりも上だ。マレノア様とあの娘がいる限り、野ばら城は安泰さ」
シルバーのユニーク魔法によってリリアの夢の中に迷い込んだNRC生の4人。シルバー、セベク、グリム、そして監督生は、焚火を囲って右大将リリアの語りに耳を傾けていた。
監督生たちの前にいるリリアは、彼らが知っている姿とは少し違う。顔は現代と全く同じだが、現代では肩にも付いていなかった短髪が、この時代では頭の高い位置で結えるほど長髪だ。そしてNRC生であるリリア・ヴァンルージュの特徴とも言える老人口調は一切なく、ぶっきら棒で口が悪いとすら取られかねない少々がさつな話し方をする男だった。
「戦闘民族…強そうですね」
現代のリリアと目の前にいるリリアの違いを改めて認識しながら、監督生は静かに相槌を打つ。リリアたちの故郷である茨の国では、どうやら女性が力を持っているようで、マレウスの母であるマレノアといい、先ほどリリアが言っていたグラティエラといい、戦闘力の大部分を女性が担っているのだろう。
「戦闘民族って、何か怖えんだぞ…。バケモンみたいな見た目してんじゃねえのか?」
それまで珍しく黙って話を聞いていたグリムが、いかにも恐ろしそうな顔をして口を開いた。勝手に想像して怖くなったのか、グリムは監督生に擦り寄るとギュッと服の裾を握った。
それを聞いたリリアは、小馬鹿にしたように目を細めて微笑んだ。
「そいつは残念だったな。奴はこの国でも一二を争う美形だぞ。奴の父親も相当美しかったから、あれは恐らく血筋だな」
「本当か〜??全然想像できねぇんだぞ…」
グリムはジト目でリリアを見上げる。小さな魔獣である彼は、相変わらず監督の裾をギュッと握ったままだ。監督生はそっと彼の小さな手を握ると、「怖い見た目の方が戦場では有利そうだよね」と呟いた。
「ふん!!浅いな!!戦士に見た目など関係ない!必要なのは強さのみ!」
そう言って大声を出したのは、監督生やグリムと同じ1年生のセベク・ジグボルトだ。静かに話すという概念が存在しない彼は、他の近衛兵たちが既に寝ていることも忘れて普段通りの大声を出す。監督生は咄嗟に「ボリューム落として」と彼を小突く。
「はっ…!!」
もう寝ているとはいえ、若かりし頃の祖父が近くにいるからか、いつもなら反論してきそうな彼も珍しく監督生の言うことを聞いて黙る。シルバーはそんな彼を見て、少し安心したように眉を下げるのだった。
「さて、お喋りはここまでだ。俺もそろそろ寝る」
リリアはそう言って立ち上がった。当初は警戒心故か監督生たちに対して冷ややかな態度を取っていた彼も、行動を共にするうちに少しずつ柔らかくなってきていた。現代のリリアとはまた違う感じではあるものの、彼は昔から面倒見の良い性格なのだろう。
リリアがテントに向かおうとしたその時、シルバーが彼を呼び止めた。
「ヴァンルージュ殿!!」
「あ?どうした?」
リリアが振り向く。闇夜の中で輝く真紅の瞳は、ヴァンルージュという名によく似合う。
怪訝そうな顔で返事をしたリリアに、シルバーは少しだけ戸惑うような表情を浮かべたが、すぐに真っ直ぐ彼を見つめると言葉を続けた。
「グラティエラ殿のお父上は今、ご存命なのですか?」
その瞬間、リリアの眉がピクリと動いた。監督生とグリムはポカンとした表情でシルバーを見つめ、セベクは大声を出したいのを堪えているのか形容しがたい表情を浮かべている。
沈黙はほんの数秒だったが、監督生たちの体感は60秒だった。
「もういねぇよ。100年前の戦争で命を落とした」
シルバーの顔に驚きの色が浮かぶ。目を見開き、何も言わずリリアを見つめている。しかし即座にハッとした表情を浮かべると、「そうですか」と悲しそうに目を伏せた。
そんなシルバーの反応を不思議に思ったのか、リリアはシルバーに向き直ると低い声で彼に問いかけた。
「何故そんなことを聞く?」
「…いえ、気になったもので」
「…お前はグラティエラを知ってんのか?」
「いえ…話で聞いたことがある程度です」
シルバーはリリアから目を逸らすと、早口にそう答えた。自分から言い出したとはいえど、勘繰られるのは少々まずい。これ以上は誤魔化しにくい──シルバーはそう思っていたが、リリアがそれ以上詮索してくることはなかった。
「まあ良い。お前らもさっさと寝ろよ。…夜の祝福あれ」
それだけ言うと、シルバーたちに背を向けてテントの中へと姿を消した。
リリアの姿が完全に消えたことを確認した監督生は、不思議そうな顔でシルバーを見つめる。
「どうしたんですか?急にあんなこと」
「…いや、すまない」
「…もしかして知り合いだったりします?」
「知り合いも何も、グラティエラ様は茨の谷の現左大将だ。少なくとも茨の谷の者なら全員知っている」
「え、そうなの?」
イマイチはっきりしないシルバーの代わりにセベクが答えた。監督生は驚いてセベクを見るが、彼は相変わらずスカした態度で続けるのだった。
「貴様は本当に世間知らずだな、人間」
「だって異世界人だもん…。茨の谷のことなんて知らない」
「ふん!!己の無知を開き直るとは呆れた奴だな」
「酷い…。何か言ってくださいよ、シルバー先輩」
「え?ああ、すまない。何だったか?」
直ぐ側で揉めている監督生とセベクを他所に、ボーッとしていたシルバーは驚いて顔を上げた。他の人とは似ても似つかないオーロラ色の瞳が、監督生をジッと見つめる。
「シルバー先輩…。どうかしましたか?」
監督生の問いかけを聞いたシルバーは、ハッとした表情を浮かべて彼らを見る。何も知らずに400年前の世界に紛れ込んだ彼らを、これ以上巻き込むわけにはいかないと思いつつ、シルバーは心の奥底にしまい込んだ思いを吐露せずにはいられなかった。
「グラティエラ殿は俺が幼い頃、リリア先輩と共に面倒を見て下さっていたお方だ。…あの方はリリア先輩以上に自分の話をしない。だから気になったんだ、すまない」
シルバーの記憶の中の彼女は、左大将でありながら日中はほぼ毎日家にやって来てリリアの苦手な家事をしてくれていた。幼いシルバーが、自分はリリアとグラティエラの間に生まれた子だと思い込んでいたくらいには、シルバーにとってかけがえの無い存在だった。
監督生は、シルバーの発言を聞いて目を丸くした。そして小首を傾げて考える素振りを見せたが、やがてこんなことを口にした。
「リリア先輩と共に、幼いシルバー先輩を育てた人ってことですよね?もしかしてリリア先輩、そのグラティエラさんと結婚してたりします?」
「いや、二人はそういった関係じゃない。リリア先輩もグラティエラ殿も独り身だ」
「へぇ…。他人同士なのに一緒に子どもを育てるって、仲良いんですね」
「そうだな。二人は近衛兵時代からの付き合いだとリリア先輩が言っていた。詳しい話は俺も知らないのだが…」
シルバーは答えながら、自分が二人について何も知らなかったことを改めて思い知り、密かに落ち込んでいた。少なくとも17年は側にいたはずなのに、彼らの過去を何一つ知らないという事実がもどかしかった。
マレウス・ドラコニアがオーバブロットし、賢者の島は彼の魔法によって住民全員が眠りにつき夢を見ている。彼のお目付け役であり、ディアソムニア寮副寮長のリリア・ヴァンルージュも例外ではなく、彼の魔法によって400年前の夢を見ていた。
リリアがまだ右大将をしていた400年前の時代では、茨の国も大国で、マレウスの母であるマレノアも存命だった。そしてマレウスの父であり、リリアの親友だったレヴァーンが任務の途中に行方知れずとなり、結果として妻と子(卵)を置いていってしまった時代でもある。
この頃のリリアは300歳になったばかりで、最強の右大将として敵から恐れられ、自国の民からは慕われていた。そして彼と共にこの時代で名を知らしめていた戦士はもう一人おり、当時はマレノアの側近として前線から離れていたものの、竜の懐刀として恐れられたリリアが認める優秀な戦士だった。
「グラティエラ・フェルム──。かつてこの国の重臣だった戦闘民族の末裔。単純な戦闘能力で言えばこの俺よりも上だ。マレノア様とあの娘がいる限り、野ばら城は安泰さ」
シルバーのユニーク魔法によってリリアの夢の中に迷い込んだNRC生の4人。シルバー、セベク、グリム、そして監督生は、焚火を囲って右大将リリアの語りに耳を傾けていた。
監督生たちの前にいるリリアは、彼らが知っている姿とは少し違う。顔は現代と全く同じだが、現代では肩にも付いていなかった短髪が、この時代では頭の高い位置で結えるほど長髪だ。そしてNRC生であるリリア・ヴァンルージュの特徴とも言える老人口調は一切なく、ぶっきら棒で口が悪いとすら取られかねない少々がさつな話し方をする男だった。
「戦闘民族…強そうですね」
現代のリリアと目の前にいるリリアの違いを改めて認識しながら、監督生は静かに相槌を打つ。リリアたちの故郷である茨の国では、どうやら女性が力を持っているようで、マレウスの母であるマレノアといい、先ほどリリアが言っていたグラティエラといい、戦闘力の大部分を女性が担っているのだろう。
「戦闘民族って、何か怖えんだぞ…。バケモンみたいな見た目してんじゃねえのか?」
それまで珍しく黙って話を聞いていたグリムが、いかにも恐ろしそうな顔をして口を開いた。勝手に想像して怖くなったのか、グリムは監督生に擦り寄るとギュッと服の裾を握った。
それを聞いたリリアは、小馬鹿にしたように目を細めて微笑んだ。
「そいつは残念だったな。奴はこの国でも一二を争う美形だぞ。奴の父親も相当美しかったから、あれは恐らく血筋だな」
「本当か〜??全然想像できねぇんだぞ…」
グリムはジト目でリリアを見上げる。小さな魔獣である彼は、相変わらず監督の裾をギュッと握ったままだ。監督生はそっと彼の小さな手を握ると、「怖い見た目の方が戦場では有利そうだよね」と呟いた。
「ふん!!浅いな!!戦士に見た目など関係ない!必要なのは強さのみ!」
そう言って大声を出したのは、監督生やグリムと同じ1年生のセベク・ジグボルトだ。静かに話すという概念が存在しない彼は、他の近衛兵たちが既に寝ていることも忘れて普段通りの大声を出す。監督生は咄嗟に「ボリューム落として」と彼を小突く。
「はっ…!!」
もう寝ているとはいえ、若かりし頃の祖父が近くにいるからか、いつもなら反論してきそうな彼も珍しく監督生の言うことを聞いて黙る。シルバーはそんな彼を見て、少し安心したように眉を下げるのだった。
「さて、お喋りはここまでだ。俺もそろそろ寝る」
リリアはそう言って立ち上がった。当初は警戒心故か監督生たちに対して冷ややかな態度を取っていた彼も、行動を共にするうちに少しずつ柔らかくなってきていた。現代のリリアとはまた違う感じではあるものの、彼は昔から面倒見の良い性格なのだろう。
リリアがテントに向かおうとしたその時、シルバーが彼を呼び止めた。
「ヴァンルージュ殿!!」
「あ?どうした?」
リリアが振り向く。闇夜の中で輝く真紅の瞳は、ヴァンルージュという名によく似合う。
怪訝そうな顔で返事をしたリリアに、シルバーは少しだけ戸惑うような表情を浮かべたが、すぐに真っ直ぐ彼を見つめると言葉を続けた。
「グラティエラ殿のお父上は今、ご存命なのですか?」
その瞬間、リリアの眉がピクリと動いた。監督生とグリムはポカンとした表情でシルバーを見つめ、セベクは大声を出したいのを堪えているのか形容しがたい表情を浮かべている。
沈黙はほんの数秒だったが、監督生たちの体感は60秒だった。
「もういねぇよ。100年前の戦争で命を落とした」
シルバーの顔に驚きの色が浮かぶ。目を見開き、何も言わずリリアを見つめている。しかし即座にハッとした表情を浮かべると、「そうですか」と悲しそうに目を伏せた。
そんなシルバーの反応を不思議に思ったのか、リリアはシルバーに向き直ると低い声で彼に問いかけた。
「何故そんなことを聞く?」
「…いえ、気になったもので」
「…お前はグラティエラを知ってんのか?」
「いえ…話で聞いたことがある程度です」
シルバーはリリアから目を逸らすと、早口にそう答えた。自分から言い出したとはいえど、勘繰られるのは少々まずい。これ以上は誤魔化しにくい──シルバーはそう思っていたが、リリアがそれ以上詮索してくることはなかった。
「まあ良い。お前らもさっさと寝ろよ。…夜の祝福あれ」
それだけ言うと、シルバーたちに背を向けてテントの中へと姿を消した。
リリアの姿が完全に消えたことを確認した監督生は、不思議そうな顔でシルバーを見つめる。
「どうしたんですか?急にあんなこと」
「…いや、すまない」
「…もしかして知り合いだったりします?」
「知り合いも何も、グラティエラ様は茨の谷の現左大将だ。少なくとも茨の谷の者なら全員知っている」
「え、そうなの?」
イマイチはっきりしないシルバーの代わりにセベクが答えた。監督生は驚いてセベクを見るが、彼は相変わらずスカした態度で続けるのだった。
「貴様は本当に世間知らずだな、人間」
「だって異世界人だもん…。茨の谷のことなんて知らない」
「ふん!!己の無知を開き直るとは呆れた奴だな」
「酷い…。何か言ってくださいよ、シルバー先輩」
「え?ああ、すまない。何だったか?」
直ぐ側で揉めている監督生とセベクを他所に、ボーッとしていたシルバーは驚いて顔を上げた。他の人とは似ても似つかないオーロラ色の瞳が、監督生をジッと見つめる。
「シルバー先輩…。どうかしましたか?」
監督生の問いかけを聞いたシルバーは、ハッとした表情を浮かべて彼らを見る。何も知らずに400年前の世界に紛れ込んだ彼らを、これ以上巻き込むわけにはいかないと思いつつ、シルバーは心の奥底にしまい込んだ思いを吐露せずにはいられなかった。
「グラティエラ殿は俺が幼い頃、リリア先輩と共に面倒を見て下さっていたお方だ。…あの方はリリア先輩以上に自分の話をしない。だから気になったんだ、すまない」
シルバーの記憶の中の彼女は、左大将でありながら日中はほぼ毎日家にやって来てリリアの苦手な家事をしてくれていた。幼いシルバーが、自分はリリアとグラティエラの間に生まれた子だと思い込んでいたくらいには、シルバーにとってかけがえの無い存在だった。
監督生は、シルバーの発言を聞いて目を丸くした。そして小首を傾げて考える素振りを見せたが、やがてこんなことを口にした。
「リリア先輩と共に、幼いシルバー先輩を育てた人ってことですよね?もしかしてリリア先輩、そのグラティエラさんと結婚してたりします?」
「いや、二人はそういった関係じゃない。リリア先輩もグラティエラ殿も独り身だ」
「へぇ…。他人同士なのに一緒に子どもを育てるって、仲良いんですね」
「そうだな。二人は近衛兵時代からの付き合いだとリリア先輩が言っていた。詳しい話は俺も知らないのだが…」
シルバーは答えながら、自分が二人について何も知らなかったことを改めて思い知り、密かに落ち込んでいた。少なくとも17年は側にいたはずなのに、彼らの過去を何一つ知らないという事実がもどかしかった。
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