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第3話

✾ 場地圭介 ✾




 時々、水都が何を考えているのか本気で分からないことがある。例えば今日がまさにそれだった。明らかにヤバい状況なのに反撃の一つもしない、それどころか助けに入った俺を止めようとする。
 昔からやけに周囲の目を気にする奴だとは思っていたが、まさかこんなにも馬鹿だとは思っていなかった。


「お前にだけは言われたくねんだよなぁ」
「今日は絶対お前の方が馬鹿だった」


 ベッドに寝そべってオフモードになっている水都の頬を軽く摘む。正直姉の顔はめちゃくちゃタイプなのだが、それを言うと調子に乗るから絶対に言わない。


「本来の目的忘れて喧嘩に明け暮れてた脳筋が何言ってんだ?」
「お前だって忘れてただろうが」
「忘れてねぇよ。どうでも良くなってきたから言わなかっただけ」


 あの後、例の連中にもう一度絡まれた。俺が殴り飛ばしたから動くのがやっとな感じだったが、どうやら仲間を呼び出して喧嘩させるつもりだったらしい。
 確かにあの時、水都だけは心底面倒臭そうな顔をしていた。


「楽しそうで何より。おかげで私は大層疲れたよ」
「お前何もしてねぇだろうが」
「馬鹿三人の子守で疲れた。馬鹿は一人で十分なんだわ」
「おいテメェいい加減にしろや」


 今度は少し強めに頬をつねる。さすがに痛かったのか、水都は眉間に皺を寄せると俺の腕を乱暴に振り払った。


「痛えだろうが。顔に傷付いたらどうしてくれんだ」
「アホ。そんくらいの力加減できてるわ」
「お前が私に手加減するなんざ100年早ぇんだよ!」
「いってえな!!何すんだこのゴリラ!!」


 突然起き上がって俺の腹に拳を入れてきた水都を怒鳴り付ける。恐らく手加減はしているのだろうが普通に痛い。
 昔からそうだ、この女は何故か異様に力が強い。それだけじゃない、俺と同じくマイキーの家の道場に通っていたから体幹も技も出来上がっている。


「私の方が強いんだから、お前に心配されるようなことなんて何もないの!」
「…あ?俺の方が強えに決まってんだろうが!!」
「は?私に決まってんだろうがバァカ!」


 最後に水都とタイマンを張ったのはいつだったか。記憶にある限り、悔しいが俺はいつも姉に負けていた気がする。決して手を抜いていたわけじゃない、単純に水都が強かったのだ。
 でもいつの日か、俺は彼女に手を上げることができなくなった。それは確か中学に上がる前、おふくろから言われたある言葉がきっかけだったと思う。


『圭介、よく覚えておきなさい。水都は女の子だからね。今はあんたより強いかもしれないけど、近いうちにきっとあんたの方が強くなる。それは決してあの子が弱いわけじゃなくて、男女という性別の違いがあるからなんだよ。あんたは男の子で水都は女の子。だから、男のあんたが水都を守ってやるんだよ』


 ずっと、その言葉を体感できずにいた。水都は変わらず強いままだし、特に俺との違いがあるようにも思えなかった。
 でも時々、ふと思うことがある。何気なく触れた先が異様に柔らかかったり、服から覗く手足が異様に細かったり。それがきっと、おふくろの言う男女の違いなのだろう。ずっと一緒にいたから気にしたことはなかったが、最近になってようやくそのことに気付き出した。


「お前も女なんだよな」
「あ?今更何言ってんだお前。こちとら生まれた時から歴とした女だわ」
「ゴリラの間違いだろ」
「殺すぞテメェ」


 分かっている。こいつは歴とした女だ。いつまで経っても強いままだから忘れそうになるが、紛れもなく俺とは違う。
 きっとこれから先、東卍にいれば必ず俺よりも危険な目に遭う。だからその時は、俺がこいつを守るんだ。今まで守られてきた分、側で守ってやるんだ。




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