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第3話

❀ 場地水都 ❀




 頭が痛い。物理的にではなくて精神的に、かなりのダメージを負っている気がする。それもそのはず、今私が置かれている状況は地獄以外の何でもない。無駄に図体だけデカい野郎共に囲まれて、気分が悪いったらありゃしない。


「だからぁ、お前さっきぶつかったよなぁ?俺に肩ぶつけてきたよなぁ?」
「…はぁ」


 いやいや、そっちがぶつかって来たよな?思いっ切りわざとらしくぶつかって来たよな?デカいのは図体だけで脳みそはミニマムか?いやそもそも入ってないのか?
 言いたい事は山ほどあるけど、無駄に喧嘩はしたくない。なんせここは人目が多い。私が謝って事が済むならそれで良い。


「すみませんでした」


 頭の悪そうな男たちに深々と頭を下げる。何で私がこんな奴らに謝ってやらなければならないのか、非常に不可解で不快だけど面倒事を避けるためと思えばまだ耐えられる。


「謝って済んだら警察いらねぇんだよ!悪いと思ってんなら慰謝料が必要だよなぁ?」
「…慰謝料」


 なるほど、カツアゲか。随分とチンケなやり方をする奴らだ。しかも私が一人でいる時を狙ってくるあたり、弱者を虐げようとする姿勢が見受けられて腹が立つ。というか、そもそも私がコイツらに舐められているという事実が物凄く不快だ。私絶対コイツらより強いのに。


「いくらいります?」


 まぁでも、ここで挑発に乗ったら私の負け。正直言って秒で片付けてしまえるけど、これ以上渋谷を治安の悪い街にしたくない。


「そうだなぁ…10万!!」
「冗談。無理に決まってるでしょう」
「無理だぁ?…なら、他にやることがあんだろ?」


 その時、偉そうに喋っていた男の目付きが分かりやすく変わった。なんというか、急に気持ち悪くなったのだ。いや、それまでも十分過ぎるくらい気持ち悪かったのだが、比べ物にならないくらいの不快感を感じた。


「身体で払えよ女ぁ」


 あ、無理だ殺そう。そう思って拳を握りしめた瞬間、目の前の男が2メートルほど吹っ飛んだ。まだ手を出していないのに不思議なこともあるものだ。まぁ、私が手を出してないだけで別の奴が手を出したというのが正しいのだが。


「おい、何やってんだテメェら」
「…おい圭介。よせ、ここは目立ち過ぎる」
「あ?知らねぇよそんなの。…ぶっ殺す!!」


 待て待て、お前がキレることじゃない。そう言おうと口を開いた時には既に遅く、気が付けば私に絡んでいた不良は全員地面に伸びていた。


「えええ…。お前マジかよ、ここ通りのど真ん中…」
「お前さぁ、馬鹿なんじゃねぇの?こんな所で良い子ちゃんしてても何の得にもなんねぇだろうが」
「どこにいても人の迷惑は考えるべきだろ」


 こいつが来なくても結局同じことになっていたからあまり強くは言えないけど。そして元はと言えば私が絡まれていたのが悪いから尚更強くは言えないけど。


「口よりも先に手が出る癖、直したほうが良いぞ?」
「そりゃあ無理だ。絶対ぜってぇ無理」
「 あ、いたいた!おーい、みーちゃん!…あれ、なんか伸びてる奴がいんじゃん。どーしたのこれ?」


 新たな火種が散る前にタイミング良くやって来たマイキーは、しゃがみ込むと伸びている不良たちをマジマジと見つめた。そして彼の後ろに付いていたドラケンも、怪訝そうに眉をしかめていた。


「何、喧嘩してたのお前ら」
「こいつがやった」
「こいつがやり返さねぇから代わりにやってやった」
「え〜。みーちゃん絡まれてたんだ?」


 マイキーと目が合う。常に光のないその瞳は虚ろだが、決して魂が無いわけではない。むしろこの男は誰よりも強い魂を持っている。だから私はこの男を嫌いになり切れなくて、彼と出会ってからの10年足らずの日々を密かに疎んでいた。


「何されたの?」
「新手のカツアゲ」
「…ふぅん」


 そう、例えば彼のこういうところが苦手だ。全てを見透かしたような虚ろなる瞳が大嫌い。きっと私の本心なんて昔から分かっているはずなのに、今もこうして変わらず接してくるところが苦手だ。


「ま、場地がやっちまったみたいだし良っか。もうはぐれんなよ、みーちゃん」
「え、私が迷子ってことになってんの?違うよな、お前らが先にどっか行ったんだよな?」
「何言ってんだ水都。3対1なんだからお前が迷子に決まってんだろ」
「ドラケンまでそういうこと言うんだー。水都悲しー」
「めっちゃ棒読みじゃねぇかよ。怖えわ」


 でもやっぱり、マイキーってカッコいいんだ。単に喧嘩が強いだけじゃない、仲間のために心から怒れる人なんだ。だから私は彼から離れることができない。きっと圭介がいなくても、私は彼に着いていったはず。それくらい、強い敬意と憧れを抱いているんだ。




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