第3話
❀ 場地水都 ❀
月日が経つのはあっという間だ。一虎のことやマイキーのこと、色々考えることがあり過ぎて、気が付けばが中学一年生が終わろうとしていた。
一時私に棘のある視線を向けていた連中もいつの間にか元に戻り、人間って本当に単純で勝手な生き物だと思いながら日々を過ごしていた。
「おい水都…」
「ん?なんだ、どうした圭介」
「 やべぇ」
「何が?」
あと少しで春休みに入ろうとしていたある日、廊下を歩いていた私に圭介が声をかけてきた。いつも腹が立つほど活き活きしている表情が珍しく死んでおり、またテストで悪い点でも取ったのかと内心嘲笑っていた。この後想像を遥かに超えたヤバいことを言われるのも知らずに面白がっていた。
「留年しちまった」
「…なんて??」
「留年しちまった」
「 …つまんねぇ冗談だなオイ。一瞬本気にしちまったじゃねぇかよ」
「いや、だから本当なんだって」
あれ、留年って何だっけ?確か同じ学年もう一回やることだったよな?あれ、でも中学って義務教育だよな?いくらコイツが馬鹿でもさすがにあり得ないと思うのだが…。
「アホか、そんなわけあるかよ。嘘付くならもっとマシな嘘付け。すぐバレる嘘なんて誰も得しねぇぞ」
「 だから本当だっつってんだろうが!!嘘ならこんなに狼狽えてねぇわ!!」
突然大声を張り上げた圭介に、周りが一気に反応する。集中的に大勢の視線を受けた私は咄嗟に笑顔を作ると、圭介の腕を引っ張ってその場を離れた。「場地さん大丈夫?」と声をかけてきたクラスメイトにひらっと手を振ると、そのまま弟を屋上まで連れて行った。
「…おい、頼むから学校での目立つ言動はやめてくれ。私まで変な目で見られるんだよ」
「いや、それは悪い。…でもな、そもそもと言えばお前がしつけぇのが悪いんじゃねぇの?」
「…中学で留年なんて普通信じねぇぞ」
大きなため息と共にその場に座り込んだ私は、目の前に立つ弟の顔を見上げた。何だかこの短時間で一ヶ月分くらいの疲労を感じているような気がする。
「お前さぁ、どうすんだよマジで…。今回ばかりは母さんも黙ってねぇぞ」
「そんなん俺が一番分かってるわ!!…やべぇよマジで」
弟はそう言いながら崩れ落ちるようにして私の隣に腰を落とした。伸びた髪を乱暴に掻きむしりながら、やばいやばいと呟いている。
「…あのな圭介。お前馬鹿だから知らないだろうけど、中学で留年なんて有り得ねぇんだよ。いくら馬鹿でも、強制的にさせられるようなもんじゃない」
ここまで言えば分かるだろう。留年の理由は単に彼が馬鹿だったからじゃない。もちろんそれもあるだろうが、親が頷くまでは有り得ないはず。きっとまだ脅された段階で済んでいるはず。
「 嫌ならはっきりそう言いな。…多分母さんも、お前の意思を尊重するから」
「 …」
「私は別にどっちでも良い。お前の好きにしろ」
「…止めねぇのか?」
「 止めたらお前は聞いてくれるのか?」
圭介は何も言わない。言わなくともコイツの考えなんて分かるけど、ひとことでも良いから何か答えてくれないものかと思ってしまう。
「聞かないだろ、知ってるよ」
「…水都」
「良い、それで良い。…頑張りな」
知っている。お前は馬鹿だけど、誰よりも義理堅いんだ。きっと一虎のことを思っての行動なんだろう。例の事件、一虎が庇ったおかげで少年院入を免れた圭介だが、彼の真っ直ぐな心が己の罪を許さなかった。これは彼なりの償いなのだろう。
「それじゃ、私は教室戻るわ」
「…水都」
「お前もさっさと戻れよ」
「ありがとうな」
「…何がだよ。やめてくれ気持ち悪い」
後ろから抱き締めてくる圭介の頭を軽くど突く。少し前までは私の方が背が高かったのに、いつの間にか追い付かれていた。そのことに寂しさと悔しさを感じるが、静かに涙を流す弟を放り出すことはできなかった。
仕方ないから午後の授業はサボろう。そう決意して微かに顔を上げた私の瞳に映ったのは、どこまでも澄み渡った雲一つない青空だった。
月日が経つのはあっという間だ。一虎のことやマイキーのこと、色々考えることがあり過ぎて、気が付けばが中学一年生が終わろうとしていた。
一時私に棘のある視線を向けていた連中もいつの間にか元に戻り、人間って本当に単純で勝手な生き物だと思いながら日々を過ごしていた。
「おい水都…」
「ん?なんだ、どうした圭介」
「 やべぇ」
「何が?」
あと少しで春休みに入ろうとしていたある日、廊下を歩いていた私に圭介が声をかけてきた。いつも腹が立つほど活き活きしている表情が珍しく死んでおり、またテストで悪い点でも取ったのかと内心嘲笑っていた。この後想像を遥かに超えたヤバいことを言われるのも知らずに面白がっていた。
「留年しちまった」
「…なんて??」
「留年しちまった」
「 …つまんねぇ冗談だなオイ。一瞬本気にしちまったじゃねぇかよ」
「いや、だから本当なんだって」
あれ、留年って何だっけ?確か同じ学年もう一回やることだったよな?あれ、でも中学って義務教育だよな?いくらコイツが馬鹿でもさすがにあり得ないと思うのだが…。
「アホか、そんなわけあるかよ。嘘付くならもっとマシな嘘付け。すぐバレる嘘なんて誰も得しねぇぞ」
「 だから本当だっつってんだろうが!!嘘ならこんなに狼狽えてねぇわ!!」
突然大声を張り上げた圭介に、周りが一気に反応する。集中的に大勢の視線を受けた私は咄嗟に笑顔を作ると、圭介の腕を引っ張ってその場を離れた。「場地さん大丈夫?」と声をかけてきたクラスメイトにひらっと手を振ると、そのまま弟を屋上まで連れて行った。
「…おい、頼むから学校での目立つ言動はやめてくれ。私まで変な目で見られるんだよ」
「いや、それは悪い。…でもな、そもそもと言えばお前がしつけぇのが悪いんじゃねぇの?」
「…中学で留年なんて普通信じねぇぞ」
大きなため息と共にその場に座り込んだ私は、目の前に立つ弟の顔を見上げた。何だかこの短時間で一ヶ月分くらいの疲労を感じているような気がする。
「お前さぁ、どうすんだよマジで…。今回ばかりは母さんも黙ってねぇぞ」
「そんなん俺が一番分かってるわ!!…やべぇよマジで」
弟はそう言いながら崩れ落ちるようにして私の隣に腰を落とした。伸びた髪を乱暴に掻きむしりながら、やばいやばいと呟いている。
「…あのな圭介。お前馬鹿だから知らないだろうけど、中学で留年なんて有り得ねぇんだよ。いくら馬鹿でも、強制的にさせられるようなもんじゃない」
ここまで言えば分かるだろう。留年の理由は単に彼が馬鹿だったからじゃない。もちろんそれもあるだろうが、親が頷くまでは有り得ないはず。きっとまだ脅された段階で済んでいるはず。
「 嫌ならはっきりそう言いな。…多分母さんも、お前の意思を尊重するから」
「 …」
「私は別にどっちでも良い。お前の好きにしろ」
「…止めねぇのか?」
「 止めたらお前は聞いてくれるのか?」
圭介は何も言わない。言わなくともコイツの考えなんて分かるけど、ひとことでも良いから何か答えてくれないものかと思ってしまう。
「聞かないだろ、知ってるよ」
「…水都」
「良い、それで良い。…頑張りな」
知っている。お前は馬鹿だけど、誰よりも義理堅いんだ。きっと一虎のことを思っての行動なんだろう。例の事件、一虎が庇ったおかげで少年院入を免れた圭介だが、彼の真っ直ぐな心が己の罪を許さなかった。これは彼なりの償いなのだろう。
「それじゃ、私は教室戻るわ」
「…水都」
「お前もさっさと戻れよ」
「ありがとうな」
「…何がだよ。やめてくれ気持ち悪い」
後ろから抱き締めてくる圭介の頭を軽くど突く。少し前までは私の方が背が高かったのに、いつの間にか追い付かれていた。そのことに寂しさと悔しさを感じるが、静かに涙を流す弟を放り出すことはできなかった。
仕方ないから午後の授業はサボろう。そう決意して微かに顔を上げた私の瞳に映ったのは、どこまでも澄み渡った雲一つない青空だった。