第12話



 私が最期を迎える日は予想よりも早くに来た。失敗した時のことも考えていたからいつでも準備はできていたものの、もう少し時間があったとするなら最後に千冬に会いたかった。私が人生で唯一惚れたあの男に会ってから死にたかった。


『ワカ君、今までありがとう。やっと私の元を離れられるんだ、これからは真っ当に生きてね』
『…お前も一緒に来い水都。俺が絶対守ってやるから、どっか遠くに逃げよう』
『どこに逃げても必ず見つかる。稀咲鉄太は抜かりが無いんだ』


 数日前のワカ君との会話を思い出しながら煙を吹かす。再会してからというもの、これ以上にないくらい仕えてくれた彼に心から感謝している。幼い頃はこんな未来になるなんて思ってもいなかったけど、昔馴染みの彼と一緒に闇の世界を生きれたことは不幸中の幸いだったかもしれない。


『…千冬はどうする。アイツはお前に惚れてんだぞ。だからお前に従った』
『それは違う。東卍を変えたかったから手を組んだんだよ』
『それだけじゃねぇ。男の気持ちは男の俺の方がよく分かる』


 その時、全てが腑に落ちた気がした。千冬が私を見つめる瞳は常に温かかったこと、何かと私を心配する素振りを見せること、昔のように接している時はものすごく幸せそうな顔をすること──全ては彼の純粋な好意からくるものだったんだ。


『なんだ、じゃあ私たち両想いだったんだ』
『そうだよ、今更気付いてんなよ』


 ワカ君が眉をひそめて笑っている。
 いつからか分からないけど、私も千冬に惚れていた。どんなに心細い時も千冬が側にいると安心した。子どもの頃から常に真っ直ぐで眩しかったあの男は、私の人生で初めて現れたヒーローだった。私も圭介も、松野千冬に惚れていたのだ。
 でも、気付いたところで私の気持ちは変わらない。気付いてしまったからこそ、私の決意はより固いものになってしまった。
 私はワカ君を真っ直ぐに見つめると、ゆっくり彼に近付き抱き締めた。男性の割に小柄な彼は私の腕にもギリギリ収まってくれるからありがたい。


『ならさ、千冬に伝えてよ。私と圭介のことは忘れて、遠い場所で幸せになれって』
『…自分で伝えろよ』
『うん。でも無理かもしれないから、その時は頼むよワカ君』


 こういう風に甘えればワカ君が断れないのは昔から知っている。彼は基本的に歳下に甘くて、相手が女となれば尚更優しくなるから。例え嫌だと思っていても絶対に断れないから。


『千冬に会えて幸せだった、ありがとうって伝えてよ』


 その言葉だけは直接伝えたいと思っていた。でもきっと私に残された時間は長くないから、悪人に猶予なんて与えられないから、ワカ君に全てを託すのが最善だと思った。
 ワカ君は何も言わず私を抱き締めていたけど、やがて小さな声で「分かった」と頷いた。
 最後の最後まで手を掛けて申し訳なかったけど、やはり私の選択は間違っていなかったと目の前に現れた人物を見て確信した。


「久しぶりだな。会いたかったよ、稀咲」


 本当に懐かしい、何年ぶりだろう。私が東卍を去って以来だから10年近く経っている。当時と全く変わらない憎たらしい顔は健在だが、その表情からは焦燥に近いものが感じられた。


「ああ、俺も会いたかったよ水都。…随分と派手にやってくれたもんだ」
「その顔が見れただけでもやった甲斐があったよ」


 望んだ結果にはならなかったけど、常に余裕を噛ましていた薄ら笑いを打ち消すことができたと思えば決して無意味なんかじゃない。今回の件で間違いなく一矢は報いたと、そう確信できたのだから悔いはない。
 私の満足気な表情に苛立ったのか、稀咲は眉間にシワを寄せて私を睨んだ。彼のこんな表情を見るのは初めてで、今までに感じたことのない高揚感が込み上げてくる私はやはり長く生きるべき人間じゃない。


「お前は今日ここで死ぬ。命乞いでもしてみろよ」
「命など惜しくない、くれてやるよ」


 眉間にシワを寄せたまま口角を上げ、銃を突き付けてきた稀咲を見ても恐怖なんて感じない。むしろ私を殺すのが稀咲本人で良かったとすら思っている。
 私は拳銃を握る稀咲の手に自分の手を置くと、彼の目を真っ直ぐに見つめた。野心と悪意に満ちて濁ったその瞳は禍々しいけど、死を前にした私は自分でも引くくらい冷静だった。


「でもな稀咲、これだけは言っておくよ。…悪事を働けば必ず報いを受ける時がくる。お前の天下も長くは続かない」


 こんなに親切に伝えてやる義理はない。でも、ずる賢くて臆病な稀咲鉄太という男は私の生きる意味そのものだった。この男から全てを奪いたい、弟の仇を取りたい、それだけのために私はここまで堕ちたのだ。
 そう考えると私は彼に感謝すべきで、今まで廃人にならず己の持ち得る全てをかけて強く生きてこれたのは紛れもないこの男のおかげだ。


「お前の運勢が尽きて全てを失った時…地獄の底で出迎えてやろう。その日までせいぜい足掻くが良いさ。私の亡霊に怯えながら、腐った世界を生き続けろ」


 彼の手を強く握る。すぐにでも引き金を引くかと思ったが、彼は微かに目を見開いたまま私を見つめていた。その表情が何を意味するのか知らないし知りたいとも思わないけど、少なくともこの男は私に恐怖を覚えている。
 きっと彼のこの行動は完全なる独断で、マイキーからの命令も許可も受けてない。私を始末した後の言い訳は考えているだろうが、この件を受けてマイキーと稀咲の間に溝ができるのは確かだ。


「私を殺したお前を…マイキーは決して許さない。あれはお前の手に負える代物じゃない、お前が思っているよりもずっと複雑で難しい人間だよ」


 幼馴染の私ですらアイツのことは最後まで分からなかった。圭介もドラケンも三ツ谷も、きっと誰も分かってない。そんな彼の本心をお前ごときが理解できるはずない。お前は一生苦しんで、この上なく酷い死に方で最期を迎える。今の私と同じように、心から憎んだ相手に看取られて死ぬことになるだろう。


「地獄の底でお前を待つ。せいぜい苦しめよ、稀咲鉄太」


 その瞬間、銃声が辺りに響き渡った。撃ち抜かれたのは私の頭だと理解はしていたけど、痛みも恐怖も少しもなくて一瞬のうちに意識が遠のいた。
 最後、私の視界に写った稀咲は何故か泣いていた。








to be continued………
3/3ページ
スキ