第12話
❀ 第12話 ❀
稀咲を地獄に落とすための計画は至って単純なものだ。稀咲が今まで私腹を肥やすためにやってきた行いを大っぴらにすれば良いだけの話。東卍ではなく稀咲個人に責任を負わせる、それができれば全て丸く収まるのだ。
でもやはりあの男は手強くて、自分の手を汚すことは決してせず、必ず誰かを動かして事を成し遂げるのだ。あの心優しいドラケンが死刑囚になったのも、稀咲が仕組んだことに決まっている。あんなに芯のある男までも駒として使うのだから恐ろしいものだ。
そんな愚かで憎らしい男を引きずり落とす準備が、長年の末にようやく整った。稀咲が悪事を働いた明確な証拠、つまり駒にはっきりと命令している記録を手に入れたのだ。
「さすが千冬。お前は昔から頼りになる男だよ」
1年ほど前から私に協力してくれていた千冬は、私の考え通りに動き見事に成果を出してくれた。駒にされそうな人物を特定し、その人物の持ち物に小型の盗聴器やカメラを仕掛け決定的瞬間を捉える。遠隔で操作が可能だから、仕込みと運さえ整えば成功する自信があった。
「簡単そうに思えることだけどね、結構難しいんだよ。今まで成功させた奴はいなかった」
千冬と再会する前、信用できる何人かに同じ任務を任せたことがある。しかし内部事情をほとんど知らない者にとってそれはかなり難易度の高い任務で、盗聴器の仕込みには成功しても思惑通りの記録が得られることはなかった。
「この議員殺害事件はね、警察も苦労している案件だよ。実行者は犯行後即自害、おまけに東卍の人間じゃない。証拠が出てこないからな、お蔵入りするしかないと言われてた」
千冬は、新聞の一面にでかでかと書かれた記事を神妙な面持ちで見つめている。驚きなのか不安なのか、その瞳は小刻みに震えていた。
「昨日証拠をサツに届けた。素早く対応してくれたようで何よりだよ。無能集団だと思ってたが使える奴もいるんだな」
普段は滅多に表へ出ない私だが、今回ばかりは直接警察に出向いた。マイキーにも会ったんだ、恐らく大丈夫だとは思うが、情報の出処がバレた時のことを考えると他の者を巻き込むことだけは避けたかった。
警察で私を出迎えたのは若い男の警官で、名は橘直人といった。昔、私がまだ東卍にいた頃、花垣武道の彼女に橘日向という女の子がいたが、その弟にあたる人物だった。
「タケミっちは元気か?」
「…ええ、元気っすよ」
「それは何より。ヒナちゃんとはもう別れてるんだっけ?」
「…はい、かなり前に」
「まあそうだよな。それが良いよ」
私の記憶の中にいる花垣武道は、喧嘩は弱いしよく泣くし、贔屓目に見てもカッコいいとは言えない男だった。
でも、忘れもしない血のハロウィン、私はあの男に救われた。そして一虎もあの男に救われ、圭介も死に際彼に希望を見ていた。カッコいいとは言えないけど、強い心を持った優しい男だった。
「あのタケミっちが腐った悪党に成り果てるなんてな。人間て怖いよな、みんな漏れなく愚かだよ」
「それは違いますよ。アイツはまだ腐り切ったわけじゃねぇ。…ずっと近くにいるから分かるんです、根は昔のままだって」
そう言って微笑む千冬を見ていると胸が痛む。この男は場地圭介に人生を狂わされた哀れな奴で、圭介が花垣武道に「東卍を託す」なんて言ったばかりに今でもその呪いに縛られている。
「…私はお前のそういう所が眩しくて好きだった。一度信じると決めたら最後まで信じる、本当にカッコいい男だと思ってた」
もちろん今でも思ってる。でも、その真っ直ぐさ故に苦しんでいるのかと思うと哀れでならない。私が彼なら早々に見切りを付けているのに、天と地がひっくり返ってもそんなことしない千冬が眩しくも哀れだった。
「私は今まで稀咲への復讐だけを考えていた。復讐だけが生きる意味だった。…でもね、毎晩圭介が私の前に現れるんだ。俺のことは忘れろ、幸せになれって繰り返すんだ」
きっと千冬にも同じ経験があるはずだ。弟は馬鹿だけど誰よりも義理堅い男だったから。心の底から自分を慕ってくれていた千冬に会いに行かないはずがない。
「お前もさ、いい加減自由になりなよ。お前の愛した場地圭介は、誰よりもお前の幸せを願ってるはずだよ。…だからもう、これからは自分のために生きて欲しい」
思い返せば、千冬はいつも誰かのために必死になっていた。生まれつきそういう性格なんだろう、見返りなしで人に尽くせる選ばれた人間なんだ。
それは千冬の良さだから否定する気はないが、心優しい善良な人間は長く生きれないということを私は知っている。
「切り捨てる勇気を持て。この世は悪意に満ちていて、裏切りの方が多いんだ」
切り捨てる側の私が言えたことじゃないけど、多くの者を切り捨てて裏切ってきた悪人だからこそ言えることかもしれない。稀咲に追いつくため同じ所まで堕ち、本懐が遂げられたとしても私の行き着く先は地獄だろう。復讐という私腹を肥やすため多くの人間を手に掛けた私は、これ以上にない酷い死に方で最期を迎えることだろう。
それでも私は後悔なんてしてないし、最期は笑って死ねるはず。自分のために精一杯生きた、命懸けで戦ったと胸を張って言える。周りは私を悪人だと罵るだろうが、そんなことは心の底からどうでも良い。
「これからは悪意も裏切りもなくなりますよ。アンタが変えてくれたんだ」
そうだね、そうだと良いね。彼のような心さやしい人間が一人でも救われるよう願いながら今後の動向を見守ろう。私にできることは全てやった、あとは東卍がどう動くかに掛かっている。
稀咲を地獄に落とすための計画は至って単純なものだ。稀咲が今まで私腹を肥やすためにやってきた行いを大っぴらにすれば良いだけの話。東卍ではなく稀咲個人に責任を負わせる、それができれば全て丸く収まるのだ。
でもやはりあの男は手強くて、自分の手を汚すことは決してせず、必ず誰かを動かして事を成し遂げるのだ。あの心優しいドラケンが死刑囚になったのも、稀咲が仕組んだことに決まっている。あんなに芯のある男までも駒として使うのだから恐ろしいものだ。
そんな愚かで憎らしい男を引きずり落とす準備が、長年の末にようやく整った。稀咲が悪事を働いた明確な証拠、つまり駒にはっきりと命令している記録を手に入れたのだ。
「さすが千冬。お前は昔から頼りになる男だよ」
1年ほど前から私に協力してくれていた千冬は、私の考え通りに動き見事に成果を出してくれた。駒にされそうな人物を特定し、その人物の持ち物に小型の盗聴器やカメラを仕掛け決定的瞬間を捉える。遠隔で操作が可能だから、仕込みと運さえ整えば成功する自信があった。
「簡単そうに思えることだけどね、結構難しいんだよ。今まで成功させた奴はいなかった」
千冬と再会する前、信用できる何人かに同じ任務を任せたことがある。しかし内部事情をほとんど知らない者にとってそれはかなり難易度の高い任務で、盗聴器の仕込みには成功しても思惑通りの記録が得られることはなかった。
「この議員殺害事件はね、警察も苦労している案件だよ。実行者は犯行後即自害、おまけに東卍の人間じゃない。証拠が出てこないからな、お蔵入りするしかないと言われてた」
千冬は、新聞の一面にでかでかと書かれた記事を神妙な面持ちで見つめている。驚きなのか不安なのか、その瞳は小刻みに震えていた。
「昨日証拠をサツに届けた。素早く対応してくれたようで何よりだよ。無能集団だと思ってたが使える奴もいるんだな」
普段は滅多に表へ出ない私だが、今回ばかりは直接警察に出向いた。マイキーにも会ったんだ、恐らく大丈夫だとは思うが、情報の出処がバレた時のことを考えると他の者を巻き込むことだけは避けたかった。
警察で私を出迎えたのは若い男の警官で、名は橘直人といった。昔、私がまだ東卍にいた頃、花垣武道の彼女に橘日向という女の子がいたが、その弟にあたる人物だった。
「タケミっちは元気か?」
「…ええ、元気っすよ」
「それは何より。ヒナちゃんとはもう別れてるんだっけ?」
「…はい、かなり前に」
「まあそうだよな。それが良いよ」
私の記憶の中にいる花垣武道は、喧嘩は弱いしよく泣くし、贔屓目に見てもカッコいいとは言えない男だった。
でも、忘れもしない血のハロウィン、私はあの男に救われた。そして一虎もあの男に救われ、圭介も死に際彼に希望を見ていた。カッコいいとは言えないけど、強い心を持った優しい男だった。
「あのタケミっちが腐った悪党に成り果てるなんてな。人間て怖いよな、みんな漏れなく愚かだよ」
「それは違いますよ。アイツはまだ腐り切ったわけじゃねぇ。…ずっと近くにいるから分かるんです、根は昔のままだって」
そう言って微笑む千冬を見ていると胸が痛む。この男は場地圭介に人生を狂わされた哀れな奴で、圭介が花垣武道に「東卍を託す」なんて言ったばかりに今でもその呪いに縛られている。
「…私はお前のそういう所が眩しくて好きだった。一度信じると決めたら最後まで信じる、本当にカッコいい男だと思ってた」
もちろん今でも思ってる。でも、その真っ直ぐさ故に苦しんでいるのかと思うと哀れでならない。私が彼なら早々に見切りを付けているのに、天と地がひっくり返ってもそんなことしない千冬が眩しくも哀れだった。
「私は今まで稀咲への復讐だけを考えていた。復讐だけが生きる意味だった。…でもね、毎晩圭介が私の前に現れるんだ。俺のことは忘れろ、幸せになれって繰り返すんだ」
きっと千冬にも同じ経験があるはずだ。弟は馬鹿だけど誰よりも義理堅い男だったから。心の底から自分を慕ってくれていた千冬に会いに行かないはずがない。
「お前もさ、いい加減自由になりなよ。お前の愛した場地圭介は、誰よりもお前の幸せを願ってるはずだよ。…だからもう、これからは自分のために生きて欲しい」
思い返せば、千冬はいつも誰かのために必死になっていた。生まれつきそういう性格なんだろう、見返りなしで人に尽くせる選ばれた人間なんだ。
それは千冬の良さだから否定する気はないが、心優しい善良な人間は長く生きれないということを私は知っている。
「切り捨てる勇気を持て。この世は悪意に満ちていて、裏切りの方が多いんだ」
切り捨てる側の私が言えたことじゃないけど、多くの者を切り捨てて裏切ってきた悪人だからこそ言えることかもしれない。稀咲に追いつくため同じ所まで堕ち、本懐が遂げられたとしても私の行き着く先は地獄だろう。復讐という私腹を肥やすため多くの人間を手に掛けた私は、これ以上にない酷い死に方で最期を迎えることだろう。
それでも私は後悔なんてしてないし、最期は笑って死ねるはず。自分のために精一杯生きた、命懸けで戦ったと胸を張って言える。周りは私を悪人だと罵るだろうが、そんなことは心の底からどうでも良い。
「これからは悪意も裏切りもなくなりますよ。アンタが変えてくれたんだ」
そうだね、そうだと良いね。彼のような心さやしい人間が一人でも救われるよう願いながら今後の動向を見守ろう。私にできることは全てやった、あとは東卍がどう動くかに掛かっている。